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すれ違う時間(3)

「これは、少し怖いな……」



 都市を一望出来ると言われている市内で一番高いビルの最上階の展望スペースへと来ていた私は、壁の一面がガラス張りのそこから下を覗き込んでそう呟いた。こんな高い建物に来ること自体なかった為、足元が竦むような感覚に襲われる。確かに景色は綺麗だが、これは少し怖いと感じてしまう。



「先生、あまりガラスには近付かないでこっちに座るといいよ。少し離れたところから眺めるくらいが丁度いい」


「あぁ……お前は慣れているみたいだな」


「一応、ここが建設された時に補強用の術式開発に関わってたから。ここまで高い建物自体建てられたことが今までなかったからね。オープンセレモニーにも呼ばれたんだよ……それで慣れたというか」


「そういえば、国で使われている基礎の術式はお前が作ったんだったな……あぁ、ありがとう」


 観光客用のテーブル席の椅子を引いてくれる彼に礼を言って、私はそれに座った。少し待っているように言われ、私はしばらく座ったまま外の景色を眺めた。この百数十年程で、この国は大きく変わったなと私は思う。


 戦争後、隣国を合併してからは特にその技術の進歩は著しかったといえる。車はもちろん、情報のやり取りさえ仕事のみならず個人で使用出来る魔術機器が普及した今。こうしてそんな新しい技術の溢れた国を見下ろして、自分が余計に歳をとったのだと思わされる。



「……もう歳を数えるのもやめてしまった。いや、二十辺りから既に数えてなかったような」


「ちなみに先生は実際今何歳くらいなんだい? 流石に女性に年齢を聞くのは駄目だと思って、知らないままだったけど……」


 ふと、私の後ろから飲み物をもったアンブローズがそう声を掛けてくる。私はそれを受け取って、隣に座った彼に口を開いた。



「そうだな……確か、私の記憶が正しければ……百八十……くらいだろうか。戦争の時はこの国には居なかったから、いまいち正確な年齢は覚えてないな」


「となると……俺が貴女に出会った時は、百五、六十……? くらいだったのか。そう考えると、俺が先生を好きになったのもおかしくはないかな?」


「どういう理屈だ……」


「ほら、例えば貴女が千年くらい生きていたら、そもそも俺の事なんて見向きもしなかったと思うんだ。だからこう、まだ現実的な年齢な気がしないかい?」


「なるほど……? 確かに、森棲種やクラウディアみたいに、私より余程長く生きている人は幾らでもいるだろうしな。そう考えると、まだ若いと言えなくも……ないか……」


 以前エルフィムに歳を聞いた時は、確か六十年生きているかいないかと言っていた気がする。きっとまだ森棲種の中では若い方なのだろう彼女も、少し子供らしいところはあれど、その精神性はそれなりに達観したものだと感じた。種族に関わらず、やはり同じ年月だけその思考も成長するものなのだろう。



「クラウディアさんね……あの人は随分と子供っぽい気がするんだけど、多分何百年どころじゃない時間を生きてきたんだろうな」


「そうだな。私の事を日が浅いだなんて言っていたくらいだ……なぁアンブローズ。お前、彼女に会いに行っているのか? お前が研究所の人間だと知っていたようだが」


 ふと私は、土産を持っていった時のクラウディアとの会話を思い出した。私と二人で会った時には彼の仕事先の話はしていなかった筈だが、アーサーの所属を聞いて彼女はアンブローズと同じ場所だと知っていたようだった。その為、それ以降彼はクラウディアに会いに行った事があるのではないかと私は気が付いた。



「それは……そうだね。図書館に行く用事もあるから、その時に少し話したかな。先生がお土産を持ってきてくれたって話は聞いたよ。随分と喜んでいたみたいだし、あの人は甘い物が好きみたいだ」


「あぁ、そうらしいな。また今度、適当にお菓子でも持って会いに行くよ」


 彼女が名残惜しそうにお菓子の袋を持っていたことを思い出して、また会いに行こうかなどと考え始めた私を、アンブローズが複雑そうな表情で見ていることに気付く。



「どうした?」


「いや……次に会いに行く時は俺も誘って欲しい。一応、相手は魔女だろう? あの人と貴女を、あまり二人きりにしたくない」


「それはこっちの台詞なんだけどな。お前も、出来ればあまり一人で会いに行くのは……」


 そう言いかけた私は。ふと、嫌な予感に襲われた。そういえば、最近クラウディアが行ったのではないかと予想していた術。その時期としても、あの時の会話からしても。随分と、丁度いいタイミングに彼の存在が居るのではと、そう思ってしまった。


 彼女に土産を持っていったあの日、アーサーが随分とアンブローズの事を聞いてきていたことも引っかかる。彼も、もしかしてそんな予想へと行き着いていたのではないかと。だが、それでもやはり確証がある訳でもなく、ただただ漠然とした不安を感じてしまった私に、彼は不思議そうに口を開く。



「どうしたんだい先生?」


「あ……いや、なんでもない。ただ……」


 お前が、もしかして恐ろしい事に手を出してしまったんじゃないかと。そんな突拍子もない不安に襲われたなどと、そんな事は言えなかった。だが、今思い返すと気になることばかりだったと思う。初めてクラウディアに会った時に彼女が彼に言った、教えてあげるとは一体なんの事だったんだろうか。それに最近狩りに行ったと言っていた竜種の件も、それを誰に使ったんだろうか。



 ――もし、もしも。彼がその術に手を出していたとして、何故そんなことをするのだろう。それは、私(・)の(・)せ(・)い(・)な(・)の(・)で(・)は(・)な(・)い(・)か(・)と、そこまで考えて、まるで身体が冷えていくような感覚を覚えた。確証なんてないのに、どうしてここまで不安になるのだろう。



「……アンブローズ」


「どうしたんだ、先生……大丈夫?」


 聞かなくてはならないと、そう思った私は。もしそれが予想通りだったとしたら、一体どうするんだろうか。もし、彼が人間ではなくなっていたとしたら。そう考え始めて、気付けば私は彼の目を見てその言葉を口にしていた。





「……私は、お前が好きだよ。だからずっと傍にいて欲しいと……そう思ってる。けれど、そのずっとというのは、どれくらいなんだろうか。もしそれが」



 永遠だったとしても、彼が人間に戻れなかったとしても。私は、お前の傍に居たいと。永遠という時間がどれほど怖いものなのか、想像でしか分からない今でも。もしお前が一人残されるくらいなら、ずっと傍にいようと。そんな覚悟を決めた私は、予定よりもずっと早く彼にその想いを告げていた。




「先、生……それは、どういう……貴女の言うそれは、どんな意味で……」


 少しだけ、怯えたように。それがどういう意味が分からないといった、困ったような表情でそう問いかけてくる彼に。私は、その気持ちを言葉にした。



「そのままの意味だ。私はお前が傍にいて、笑ってくれるのも、怒ってくれるのもとても嬉しいと思う。私を好きでいてくれたのも、私が倒れた時に言ってくれた言葉も……凄く、嬉しかったんだ。これだけ一緒に居たのに、ずっと気付けなかった。それでも、ようやく分かったよ。私は……お前が好きなんだ」


 だからこそ、私は彼に聞かなくてはならない。もし彼が人間でも、人間でなくなってしまっていたとしても。私は彼の傍に居ると決めたのだから。私の言葉に驚いたように固まってしまった彼は、その意味をようやく理解したらしくその口元を手で覆って目線を逸らした。



「っ……それは、先生が……俺を好きだなんて。本当に……俺はずっと、ただの教え子だと思われてるんだって、そう思って」


「……もしただの教え子だったら、膝なんて貸さないよ。ネックレスだってそうだ。今日お前に言ったことだって、ただの教え子に言うことじゃない……伝わったか?」


 それを聞いた彼はゆっくりと、小さく頷いた。無事伝わってほっとしたように笑う私を見て、彼は少し苦しそうに、ほんの少し紅く染った顔で困惑した表情のままゆっくりと口を開いた。



「……夢でも、見てるんじゃないかって。貴女は、俺の想いにはきっと、応えてはくれないと……そう思っていたから。でも、なんで今言ってくれたんだい……? 夕食の後に言いたい事って、きっとこれの事だったんだろう?」


「あぁ……それは。そう、だな……お前に、聞かないといけない事があるんだ。ここではなんだ、出来れば二人きりになりたい」


 私がそう言うと、彼はその表情を一瞬凍らせた。だが少し考え込むようにしてから頷いて、椅子から立ち上がった。



「わかった。えっと、何処がいいとかはあるかな?」


「とりあえず、人の少ない場所に……私の家にするか?」


「えっ……と、それは、うん。先生がいいならそれで……結局、夕食はいつも通りになりそうだね」



 そう話ながら、今日何度目だろうか。最初とは違って、少しだけ恥ずかしそうに差し出される彼の手を取って、私達は一度私の家へと帰ることになった。

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