すれ違う時間(2)
「あれはなかなか見応えがあったな。まさか王妃がそこまで予想していただなんて……史実に基づいた話だとは信じ難いよ」
「……あの映画がうちの国の話だったとは。流石と言うべきか、昔から王家はああだったんだね」
少し早い昼食の後、私達は駅の近くにある映画館へと向かった。何か観たいものはないかと訊ねられて私が選んだのは、とある推理映画だった。なんでも実際に昔起きた事件を元に作られたその作品について話しながら、私達はまた街中を歩いていた。
「それにしても、最近の映画は凄いんだな……昔父に連れられて行ったきりだったが……あの技術はどうなってるんだろうか」
「そういえば、先生はこうして誰かと遊びに行くなんてことはなかったよね……少し申し訳なくなってくるな。こんな事なら俺がもっと貴女を連れ出してあげればよかった」
そんなことを言う彼は、何故か申し訳なさそうに微笑んだ。そういえば、エルフィムと事件を追って出掛けることはあれど、ただ遊びに行くということは今までほぼなかったように思う。それこそあまり人目につかないようにとそう生きてきた私は、気付けば家に引きこもりがちになっていた。
「それは……仕方ないだろう? 下手に目をつけられるのも困るし、今でこそ国からの支援を受けられるようになったが……」
「本当はそれだけじゃないんだけど……でも、またこうして遊びに来ようか。今度はエルフィムも連れてね」
「あぁ、そうだな。でもこうして二人で出掛けるのも悪くない。お前が良ければ、また一緒に出掛けよう」
私の言葉に、彼は驚いたようにこちらを見た。そして優しく微笑むと、そのままふと何かに気付いたように私の髪に手を伸ばしてきた。
「先生、少し髪が……長時間座ってたからかな。結び目が少し解けかけてるみたいだ」
「えっ……あ、あぁ。その、ちょっと待っていてくれ、直してくる」
私は少し焦ったようにハーフアップにした髪の結び目を手で覆うと、そのまま近くにあった店の化粧室へと向かった。鏡を見てその結び目を直し、私は小さくため息をついた。
「手を伸ばされて驚くなんて……早く戻ろう」
まさかこんなことで焦ってしまうとは。意識し始めた途端、急に恥ずかしさを覚えてしまった。随分と今更だと私は内心苦笑しながら、少し赤くなった頬を手で覆って急いで店を出る。すると、表で待っていたアンブローズが二人組の女性に話しかけられていることに私は気付いた。
「すみません、人を待っていますので」
「その、連絡先だけでも……」
これはなかなか凄い状況に鉢合わせてしまったと私は思う。彼は人よりも背が高く、一人だとやはり目立つのだろうか。その整った顔立ちや落ち着いた様子から、きっと声をかけられたんだろう。そういえば彼は女性に人気があるのだと、バートンがそう言っていたことを思い出す。この状況を見れば確かにそうなのだろうと私は納得してしまった。
「アンブローズ、待たせたな……そちらのお二人は?」
困ったように後ずさる彼に私がそう話しかけると、それに気付いた彼女達は焦ったようにどこかへ歩いていってしまった。私が呆れたようにその背中を見送ると、ほっとしたようにアンブローズが口を開いた。
「ありがとう先生、まさか話しかけてくる人がいるなんて」
「……お前は随分と女性に好かれるみたいだな」
そんな言葉に、彼は困ったように表情を歪めた。そして気付けば繋ぐのが当たり前になっていた私の手を取ってゆっくりと歩き始める。
「……あまり嬉しくないんだけどね。俺は、貴女さえ居てくれればそれでいいんだ……他の女性には、元から興味なんてない」
「っ、それは……今までずっと、そうだったのか?」
彼のその言葉は、何故かとても悲しいものに思えた。まるで本当に他人に興味がないかのような、そんな彼の口調に気付けばそう疑問を投げかけていた。私が不安そうにしていることに気付いたのか、少し焦ったように彼は口を開く。
「その、別に他人に一切興味が無い訳では無いよ? ……ただ、誰も好きになれなかっただけなんだ。貴女のことが、忘れられなくて。きっと俺は、貴女以外を好きになることなんて出来ないんだよ」
「それなら余計に……お前の傍を離れるべきじゃなかったな。そうすれば……」
お前を今以上に苦しめることも、こんなに遅くなってからこの想いを知ることもなかっただなんて。そう言いかけて私はやめた。それを言っても、もう過去は変えられない。今を生きると決めた私は、今の彼を大事にしなくてはならないのだと。そう気付いて、私は言葉を変えた。
「……いや、なんでもない。それなら私は、これから先ずっとお前の傍にいるよ。そうすればきっと、今みたいに話しかけられることもないだろう?」
「それは……嬉しいんだけど。今日の先生はなんだか俺が喜ぶことばかり言ってくれるね。こんなことを聞いたら、普通嫌になるだろうに」
何故嫌になるんだろうか。ずっと私だけを好きでいてくれた彼は、きっと今までも私を守ってきてくれていたのだろう。そして人との関わりを大切なものだと気付かせてくれた彼を、私は好きになったのに。
「何故嫌になるんだ? お前が好きでいてくれたことも、こうして傍にいてくれることだって。私は嬉しいと思う。……おかしいか?」
「っ……おかしくない、とはいえないかな……だって、俺が十六の時からだよ? だから、いや。なんでもない……」
私にそう言いかけて、彼は小さくため息をついた。彼は繋いだ手を少しだけ強く握り返してくると、耐えきれなくなったように立ち止まってこちらを振り向いてくる。そして私を見下ろして、困ったように口を開いた。
「本当に……どうしたんだい先生。レストランでも、今のだって。いや、貴女の事だからただ素直に思ったことを言っているだけかもしれないけど……俺は貴女を一人の女性として好きなんだ。そんなことを言われたら……どうしていいか分からなくなる」
辛そうな表情でこちらを見つめてくる彼に、私もお前のことが好きなのだと。そう言いそうになって今の状況を思い出す。こんな街中で、それも休日で人通りも多いこの場所で言うのは、流石の私も躊躇われた。
「それは……と、とりあえず。ここで話すのはやめよう。その……展望台に行くんだろう?」
「え? あっ、あぁ……うん、そうだね。い、行こうか……」
彼も今の状況に気付いたのか、直ぐにまた私の手を引いて歩き始めた。それでもやはり私に合わせてゆっくりと歩いてくれる彼へと声をかける。
「アンブローズ」
「なんだい先生……このやり取り、さっきもした気がするよ」
「展望台に行った後、夕食にするだろう? その後で……お前に伝えたいことがあるんだ」
私の言葉に、彼の手が小さく震える。こちらを見ず、歩くのを止めないまま彼は口を開いた。
「……わかった。先生、あまり気負わなくていいよ。俺は何を言われても、受け入れるから」
「言ったな? そんなことを言ったら、本当に受け入れてもらえるつもりでいるからな」
「えっ、それはちょっと、怖くなってきたんだけど……」
焦ったように振り向く彼に、私はおかしくなって笑ってしまう。からかわれたのだと分かった彼は、少し怒ったように顔を背けた。そんな姿が少し子供っぽく感じて、私は余計におかしくなってしまう。そのまま私達は、いつものように会話をしながら展望台へと向かったのだった。
体調不良の為更新が遅れています。しばらく二日に一本のペースになると思います、読んでくださっている皆様には申し訳ありません。しばらくお待ち下さると幸いです。




