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すれ違う時間(1)

 都市部の駅周辺、休日の待ち合わせ場所としてよく利用されるこの場所は、やはりと言うべきかとても人通りが多い。そんな中、私は何とか人の居ないベンチを見つけると、そこに座って小さくため息をついた。まさか約束の時間の三十分も前に着いてしまうとは。慣れていないなんてものではないなと、自分に呆れてしまった。



「これだけ長く生きてきたのに……まるで子供みたいじゃないか」


 普段は着ないような服を準備して、普段は下ろしたままの髪まで整えて。本当に、初めて好きな人と出掛ける若者のようだと私は思う。彼とは何度も食事に行って、家に来ることさえ当たり前のようになっていたというのに。二人きりで出掛けたいと言ってきた彼の微笑む顔が頭から離れず、いつの間にここまで惹かれてしまっていたのだろうと自分の顔を手で覆ってしまう。



「あの子を待たせたくないからじゃない。私が……」


 傍にいたいのだとそう呟きかけ、その言葉の意味を考えてまた恥ずかしくなってしまう。彼は返事をしなくていいと言っていた。今更私が彼に想いを伝えて、それを受け入れて貰えるのだろうか。また彼を苦しめてしまわないだろうかと。そんな不安に襲われて、だがもう決めたことなのだと私は気持ちを切り替える。



「せっかく二人で出掛けるんだ……躊躇うなんて、私らしくない」


 彼も、私に想いを伝えてきてくれた時はこんな気持ちだったのだろうか。覚悟を決めて私はようやく、その怖さや、臆病になってしまうその感情を理解した。私は自分が思っていた以上に、心は未熟なままなのだとそう気付いた。


 長い時間を生きてきたと言っても、この身体になる前からあまり人と深く関わろうとしたことも無く、結局そのまま一人で生きてきた私は。きっと彼よりも、このような状況に慣れていないのだという事実に嘆息してしまった。





「先生……先生? 聞こえてる?」


「……あ、アンブローズ? いつの間に」


 気付けば自分の思考に入り込んでしまっていた私は、いつの間にか目の前に立っていた彼にそう呼びかけられ、はっとしてその顔を上げる。



「今来たばかりだよ。まだ約束の時間まで二十分もあるんだけど……俺よりも早いだなんて」


「それは、その……普段はお前が家まで迎えに来るからな。こうして待ち合わせる事なんて、滅多にないから……」


 彼は何となく納得したような表情になって、そのまま困ったように笑い、そして私に手を差し出してきた。私はその手を取って立ち上がると、彼は少しだけ困ったような表情に変わる。



「その服……凄く似合ってるよ。その、どうしたんだい? 普段はワンピースなんて着ないだろう?」


「あぁ、これは……フィーに選んで貰ったんだ。その、少しはそれらしい服を着ていった方がいいのではないかと……思ったんだが……やはりらしくない、よな?」


「そんなこと、全然……むしろその。俺のために、着てきてくれたんだよね? 凄く嬉しい。その服も、その髪も……何よりも今の貴方は、とても綺麗だ」


 そう言って微笑む彼のそんな素直な感想に、私は余計に恥ずかしくなってしまう。何とか表情が歪んでしまわないようにと耐えながら、印象は悪くなかったようだと少しほっとした。だが何故か私以上に恥ずかしそうに口を抑えている彼を見て、私は口を開く。



「その、そろそろ行こうか……?」


「あ、ああ……うん、そうだね。ずっとここにいる訳にも行かないし……はい、先生」


 そう言って彼は私に腕を向けてくる。きっとエスコートのつもりなのだろう。私は言われるまま彼の腕に手を添えると、そのまま私たちは街へと向かって歩き出した。



「……先生、その、簡単に男の人の腕を掴んじゃ駄目だからね?」


「なんで今言うんだ……お前が差し出してきたんだろう?」


 そんなことを言う彼に私がそう言葉を返すと、彼は複雑そうな表情になる。そして少し困ったよう笑ってこちらを見下ろした。



「俺のことは一応、信頼してくれているんだろうけど……こういうことは、本当なら恋人やパートナーにするものなんだよ」


「お前、馬鹿にしてるな……? それくらい分かってる。こんなこと、私だってお前にしかしないよ」


「馬鹿にしてる訳じゃ……サーカス団の件もあったし、心配してるんだよ。こう、貴女はすぐふらふらと誰かについて行ってしまいそうで……って、え?」


 私の言葉の意味に気付いたのか、彼は少し焦ったような表情になる。そして彼が口を開くよりも前に、今日最初に行く予定だったレストランへと辿り着いた。困ったような表情で、それでも諦めたように彼は扉を開いてくれる。そして店内に入った私達は、既に予約してあった席へと座って料理を注文した。




「その……こんな時に聞くのもあれなんだが。仕事が少なくなってきたと言っていたよな? 例の研究はどうなったんだ?」


「あぁ、それは……上手く進んでるから。多分月末には実用試験も開始出来るし、それと殿下がその……休みをくれたんだ。言ってしまうとあの人からの発注だったから、進捗を確認しに来たあの人に休めって言われてしまって」


「まだ一週間しか経ってないよな……? そもそも何の研究だったんだ?」


 月末には実用試験が出来るということは、既に外部への試作品の発注にまで漕ぎ着けているのだろう。内容次第と言えなくもないが、確かにそのペースは早すぎると言えた。



「その……例の警備強化用の魔術式の開発なんだけど」


「……お前、大丈夫か? ちゃんと寝ているのか……? せっかくの休日なのに休まなくても大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫だよ!? その、一応前々から考えてきた案件だったから。個人的にも調べていたし、そのおかげで上手く進んでるだけだから、本当に大丈夫……その、ごめん先生、心配をかけて。でも今回は本当に大丈夫なんだ。別に疲れているようには見えないだろう?」


 確かに、今の彼の様子からは、あまり疲れは見えなかった。だがそれでも、彼の仕事ぶりはあまりにも普通ではないだろう。出来る限り無茶をさせないよう私も気にかけておかなくてはとそう強く思った。私が不安そうに見ている事に気付いた彼は、少し焦ったようにその話題を変える。



「ほら、そんなことよりも……先生はどう? 同じ研究所に居るからって、あまり会うこともないからね。彼らとは上手くやっているかい?」


「私か? そうだな……今のところ上手くやれていると思うよ。なるべく彼らの助力に専念しているし、下手なことにもならないだろう」


 また、昔のようにならない為に。今を生きている彼らを支える形で私は行動していた。きっとその成果ばかりを求めてしまったら、また大切な何かを落としてしまうのではないかと。未だにその不安が拭えない私には、それが一番だと思った。



「それは……そうか。特に先生が嫌な思いをしていないならいいんだ。でも、彼らだって優秀な研究者なんだ。先生が気にしなくても、どんどん新しい成果を上げていくだろう。だからもう少し気楽に考えても大丈夫だよ」


 そう言って優しく笑う彼に、私は少しだけ困ってしまった。それはきっとその通りなのだろう。だからこそ、少しずつでもそう思えるようにしていこうと。私はその言葉に小さく頷いた。そして私達は丁度届いた食事に手をつけながら、今日の予定についてを話し始める。



「そういえば、今日はどこに行くんだ?」


「先生が特に行きたいところがなければ、一応考えては来たんだけど。先生が喜んでくれるかどうか……」


「私は……お前が一緒なら、どこでも嬉しいよ」


 私はそれが家だろうと図書館だろうと。きっと研究所でも、今は一緒に居られればそれが嬉しいと。そう彼に伝えた。すると何故か少し怒ったように、彼はその口を開く。



「それは、俺だって先生と一緒ならどこだって幸せだ。でも、そんな簡単に言ったら駄目だよ。……勘違い……してしまいそうになる」


「勘違い?」


「っ……その、先生にとって俺は、ただの教え子かもしれないけれど。俺にとっては……誰よりも大切な女性(ひと)なんだ。だから……貴女もそうなんじゃないかって、そう思いたくなってしまう」


 その言葉に、私は少し呆気に取られてしまった。確かに今まで、私にとっての彼はただの大事な教え子だったかもしれない。それでも今は、それ以上の存在になっていた。けれど彼は、私がそう考えることはないのだと。そう思っているらしい。



「ただの教え子なんかじゃない……お前は私にとって、大切な相手なんだ。だから、その……そんな風に言うな」


 気付けば私は、彼に向かってそう言葉を口にしていた。そんなことを言われるのは思った以上に悲しいと、そう強く思ってしまった。自分でも驚く程に、彼がただの教え子でいることが嫌なのだと、そう気付いてしまった。咄嗟にでた私のそんな言葉に、彼は目を見開く。そして困惑した表情で、その口を開いた。



「それは、どういう意味で……いや、先生。言わないでくれ。それ以上聞いたら、冷静で居られなくなりそうだ……今日はまだ、これからだって言うのに。その、そろそろ行こう」


 彼は手元にあった珈琲を急いで飲み干すと、そのまま席を立ち上がった。それでも結局、困った表情のままその手を私に差し出してくる。そんな様子に、自分の言った言葉を冷静に考えてその意味に気づいてしまった私は、躊躇いながらもその手を取った。そのまま店を出た私達は、結局その手を離すことなくまた街中を歩き始める。





「……アンブローズ?」


 少し落ち着かないまま、それでも私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる彼に私はそう呼びかけた。こちらを見ることなく、彼は静かに口を開く。



「なんだい、先生……」


「……顔が赤い」


「っ、誰のせいだと……」


 そう言って黙り込んでしまう彼を見て、出掛ける前に感じていた不安が軽くなったように感じた。きっとこれが、彼と同じ気持ちなのではないかと。そんな想いに、ただただ嬉しくなってしまって。私はそのまま、そんな彼の隣をゆっくりと歩いていった。

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