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【閑話】兄と弟

リアン視点、残された傷跡の数日後のお話です。

 国内最大の受刑者収容施設。その中でも特に厳重に警備されているその別棟は、まるで化け物でも飼われているのではないかという空気を纏っている。私はその鉄扉を潜り、何重もの扉をくぐり抜けた先へと向かっていた。そしてその監獄の最奥、通常の牢獄とは違い比較的作りもよく住み心地の良さそうなその部屋には。私の捕らえた囚人が一人、ベッドへと座っている。



「……やぁリアン、お前が来るなんて珍しいね。何かあったのかい?」


 手に持っている本から目を上げたその男は私の姿に気付くと、そう言って静かに微笑んだ。



「単刀直入に聞こう。ソフィーというあの落(・)と(・)し(・)子(・)は、お前が操っているのか?」


「操っているだなんて。彼女は私を信頼して、自らの意思で付いてきてくれていただけだよ。……彼女に、何かあったようだね」


 相変わらず、何を考えているかを一切悟らせることの無いその表情に。私はそこから情報を得ることを諦めて大人しく質問を続けた。



「お前が匿っていた青年、エドワード・アクロイドが彼女によって攫われた。催眠薬を投与され、この収容施設を襲うようにと仕組んでいたようだ……これはお前の計画か?」


 私の言葉に、少しだけ呆気に取られた表情になる彼は、そのまま目を閉じると何か考えるように無言になる。そして少しすると、再び目を開けこちらを向くと、その口を開いた。



「私はそのような指示は出していない。私が捕まった時、彼女に最後に出した指示はただ、逃げろというものだけだ。元より失敗した場合は、今後の計画を含め全て破棄するように言ってある。……これは、彼女の単独行動だろうね」


「その言葉の根拠は?」


「お前なら分かるだろう? そんなことは無意味だ。そもそも罪状が明確でない私を捕まえておける理由は、お前の過去の情報の提示と、父上の進言があってこそだ。私を脱獄させるよりも、刑期を待つ事が最善だというのは明確だよ」


 笑顔を崩さぬままそう言う彼は、だが突然に真面目な表情へと変わった。そして私の目を見て、静かに言葉を続けた。



「……私が捕まったことによって、きっとあの子は冷静さを欠いているんだろう。それが正しくない事も、私が望んでいないことにも気付けないままに。リアン……私の代わりに彼女を止めて欲しい。私が自らの意思で捕まったことも、それを望んでいないことも。どうか彼女に伝えてくれ」


 私は、そんな彼の言葉に息が詰まった。今彼は、なんと言ったのだろう。私にそんな事を頼んでくることも、自らの意思で捕まったなどと言ったことも。それはあまりにも信じられない言葉ばかりだった。



「……大人しく捕まったこと自体、おかしいと思っていた。だが、まさか自らの意思でここに入っただと? お前は一体何を企んでいる」


「……それは、まだ言えないな。お前が悩む姿を見ているのは中々楽しいからね。……そうだ、彼女は元気かな? イヴ・ハーヴァーさん……君のことだ、きっと罪悪感でも感じて彼女に支援でもしているんだろう?」


「……何が言いたい」


「研究は順調かな? 彼女はその身体を治したがっているだろうからね。資料が燃えてしまった今、手探りに方法を探すのは大変だろう」


 まるで世間話でもするような彼の態度に、私は少し不快感を覚える。まさか、ただ本当に気になっただけでそれを事を口にするはずがないだろう。そんな彼の様子に、私は少し苛立ちを感じた。



「……あぁ、そう怒らないでくれ。別にお前を苛立たせたい訳じゃないんだ。ただ……少しだけ気になっただけだよ。一体その身体はいつ治せるんだろうかとね」


「何を考えている。お前が理由もなくそんなことを言う訳がない。……何か企んでいるのは明確だろう」


「さぁ、どうだろうね。……リアン、彼女のことはよく見張っておくといい。……私の居なくなった今、ソフィーが一体何を仕出かすかは、私にもわからない。……だが、注意すべきことくらいは分かるはずだ」


 彼は当然のようにそう言ってのける。だが、そのソフィーという女性が考えていることなど、今まで傍にいた彼とは違って、その思考回路からの予測など立てられるはずもない。前回のアクロイドを攫った事件からは、その冷静さが失われていることくらいは理解出来ていた。そのため、この場所の警備の強化、そして考えうる限りの対策は練っている筈だった。



「……そうだ。リアン、私の代わりに継承権を引き継いたんだろう? 上手くやっているかい……その血とは」


「私は……兄さんのようには決してならない。貴方なら、呪いに抗う事が出来たはずだ。それなのに……どうして」


「お前は昔から、私を慕ってくれていたからね……だからこそ余計に、私の考えなど分からないだろう……お前は、間違えることが出来ないからね」


 それは、あまりにもおかしな言葉だった。間違うことがなければ、こうして悩むことも、誰かを巻き込むこともなかっただろうに。私は彼とは違い、完璧からは程遠い人間だった。それなのに、どうして彼はそんなことを言うのだろうか。何故か、彼の言葉にはいつも心が乱されてしまう。これ以上は、私の精神的にも危険だろう。



「……進展があり次第また来る。私は必ず、お前の悪事を証明してみせる」


「楽しみにしているよリアン……私の大事な弟」


 その弟さえも、平然と殺そうとした彼は。その笑顔を崩さぬままそう言ってのけた。私は逃げるようにこの監獄を後にする。こんなにも簡単に、自分の感情を乱されることに対して私は嫌気がさした。



 そういえば、彼女は今どうしているだろうか。兄はよく見張っておくといい等と言っていた。それは、彼女のその体質ゆえか、放っておくと何かしらに巻き込まれてしまいそうなその不安定さか。結局彼の意図が分からないまま車に乗り込むと、私はいつものように仕事を再開した。

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