【閑話】大好きな人と
「可愛いです、凄ーく。なんで私じゃないんですか……」
「えっと……? フィーはいつも可愛いじゃないか……?」
不思議そうにこちらを見てくるその人は、平気でそんなことを言ってくる。私の大好きな人は、黒いクラシカルなワンピースに身を包んでいた。白いコートに映える黒い綺麗な髪を揺らして、慣れないその服の裾を掴み鏡を確認している。そんな姿が随分と可愛らしくて、その姿を一番に見れた嬉しさと、それが私の為ではないのだという現実に板挟みになってしまう。
「それにしましょう。折角ですから髪も弄ってみましょうか、ほら、行きましょう先生!」
素直に私の手を取ってくれるその人を連れて、服屋での会計を終えた私たちはそのまま美容室へと向かった。
「流石に……髪はいつも通りでいいと思うんだが……これはちょっと、恥ずかしい……」
「……ふふ、ふふふ。先生、こんなのまだまだ序の口ですよ。ハーフアップ程度で恥ずかしがっていては、これからまとめ髪も編み込みも全部試しますからね」
「フィーがいつも以上に元気だ……その、程々で頼むぞ……?」
普段下ろしたままにしている彼女の髪は、今はいつも以上に綺麗に柔らかく輝いていた。普段はただ梳かしているその髪も、今では綺麗にまとめられ、毛先も軽く巻かれており、元からの素材の良さをより引き立てていた。
「こんな姿を……あの人に見せるなんて……っ」
「……やっぱり似合わないんじゃ」
そんなことを言うこの人の鈍感さと来たら、とても不安になるばかりだった。あの人に限って先生によからぬ事をすることはないだろうと思っているが、放っておくとふらふらとどこかへついて行ってしまいそうなきがしてくる。だがそれでも、あの人に返事をすると決めている彼女は、なんだか本当に人らしくなってきたと私は思う。
「先生は感情豊かになりましたよね。最近は表情もころころ変わりますし……本当にあの人と出掛けるんですか……?」
美容室を出て、途中で見つけた喫茶店に入った私たちは、テラス席で紅茶とデザートを食べながらそう話していた。彼女はぽかんとした表情で、それでも少し恥ずかしそうに目線を逸らした。
「その、誘われたからな……多分もう、下手な理由を付けて誘う必要も無くなっただろうから。それに二人きりと言われてしまったし……」
「……返事は、もう決めているんですよね」
「あぁ……私は、あの子が居なくなるのは嫌だと気付いてしまった。どうかあの子に、これからも傍にいて欲しいと思う」
そんな、彼のことを思い出して静かに笑った彼女に、私は少しだけ泣きそうになった。きっと、彼女はあの人と同じ時間は生きていけないけれど。それでも、今を大事にすると決めた彼女は。そんな優しい心は、いつかの別れに耐えられるのだろうか。
「私だって! ずっと先生の傍にいますからね、忘れちゃ駄目ですよっ!」
私はいつものようにそう言うと、彼女は少し可笑しそうに笑ってくれる。その笑顔がずっと続いていってくれるように、私はただ傍で手伝うことしか出来ない。それでも、私にも傍にいて欲しいと言ってくれる彼女の隣に、いずれ来る別れの時までずっと一緒に居られるように、これからもついて行くだけだ。
「フィー、そろそろ行こうか。今日は行きたい場所があったんだろう?」
「はい! やるならとことんと決めているので! 明日、あの人きっと驚きますよ……!」
本当は、その隣に居るのは私が良かったけれど。それでも、私の大好きな人が笑っていられる事だけしか願えない私は、ただこの人に笑いかけることしか出来なかった。あの人のように、私は一から十までの全てを、彼女を好きでいられる人では居られなかったから。
「フィー? どうした?」
「いえ、今行きます! その格好、本当に可愛いですね先生」
それでも今は。こうして私に笑いかけてくれるこの人が大切で、大好きな事実は変わらない。だからこそ、私は彼女が死ぬその時まで。傍に居続けると決めたのだ。
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