風変わりな道化師(9)
「……先生。つまり今回のことは、例のサーカス団の団長さんのせいじゃなくて、あの人のせいで怪我をしたってことかな」
ケニスが私に返事をするよりも前に、話を聞いていたアンブローズがそう口を開いた。そういえば彼は、私が怪我をした理由は教えて貰っていなかったらしい。
「それは……私が自分で剣を掴んだんだ。あの人も、呪いの影響が出ていた。クラウン……その団長に彼が剣を向けたから、私がそれを止めたんだよ」
「それだけ聞いたら、あの人は何も悪くないように聞こえるよ。先生を襲った相手に剣を向けたんだろう?」
「抵抗の意思がない、大人しく座り込んでいた彼に、あの人は剣を向けたんだ。それも……殺す為に。そもそも自分を殺そうとした兄のことさえ捕まえただけだったあの人が、そんなことをする訳がないだろう……?」
私の説明に、彼は考え込むように腕を組んだ。そんな様子を見ていた私に、ケニスが声をかけてくる。
「そうだ、ハーヴァーさん。サーカス団の件についてだが、彼らは一度病院へ搬送されることになった。その毒の効果も不明瞭で、効果が切れた者の中には暴れ始める者もいてね。……過去の犯罪で、人に被害を加えた者も数人居るようだ。だがその精神の不安定さと過去に起きた彼らへの差別など、上場酌量の余地があると判断されたらしい。流石に無罪とはいかないが、刑も軽くなるようだよ」
「そうか……だが、あのサーカス団は有名だっただろう? 新聞にも既に載っているらしいが、その、他種族や混血への偏見が強まるんじゃないか……?」
「それについてはリアンが上手くやっているようだよ。……ここだけの話だが、メディアを上手く使って印象操作をしたようだ。もちろん、嘘にならない程度にね」
なかなか恐ろしいことを平然と暴露する彼に、私は唖然としてしまう。確かにそれはありがたい事だったが、それを私達に話してしまって良かったのだろうか。
「あぁ、それと。あの団長さんが君を襲った理由だが。リアンが君を探すように言っていたのを聞いたんだそうだ。それで、彼の部下である君も自分たちを捕まえに来た仲間なのではないかと思ったらしい。だが、君は何も知らなかった。……だから君に真実を知られる前に、どうにかしたかったようだ」
「そう……だったのか。だから、私に一人で来たかどうかなんて聞いてきたんだな。……彼は、今後どうなるんだ?」
「犯罪者を庇ったことや、君たちを襲ったこと。それを含めても、入監は避けられないだろうな。だが……彼の毒の効果や、匿われていた彼らへの影響によってはその刑も軽くなるだろう。……それと、その効果について調べる役割は君たちに回されると思う。また会うことになるかもしれないな」
きっと、その毒の対策に関してはこちらに回される可能性があるのだろう。もし毒の効果に種族としての魔力的な要因があるとすれば、検査自体もこちらの仕事になることも有り得る。その為私たちが駆り出された際は、また会うこともあるだろう。
「さて、俺はそろそろお暇するよ」
「ちょっと待て、私を避ける理由についてまだ聞いていないんだが……」
「それに関しては……やはり今はいいだろう。流石に俺の口から伝えるのもな……リアンが怒りそうだ。きっと俺の説明だけでは不十分だと言われるのが目に見えている……これはいつか本人から聞いてくれ」
そう言われると余計に気になってしまうだろうと、私がそう目で訴えると、彼は小さくため息をついた。
「……仕方ない、今度時間を取らせよう。確かに君には少し不便な思いをさせているだろうからな……俺が居れば、あいつも下手なことは出来ないだろう」
そう言って彼はソファから立ち上がった。そして私たちを見てまた小さくため息をつくと、そのままこの家を出ていってしまう。また二人になったリビングで、考え込んだ様子のままだったアンブローズが小さく呟いた。
「……まさか俺のためなのかな。呪いなのか本心なのか分からないのなら、流石に少し同情するよ」
「どういうことだ……?」
「いや、ただあの人は……少し自分を殺し過ぎる所があるなと思ってね。俺としてはありがたいけど、いずれあの人が……そうなる可能性だってあるだろうに」
よく分からない事を呟く彼に、私はよく分からないまま首を傾げた。彼は複雑そうな表情でこちらを見てくると、小さくため息をつく。
「先生は、その身体が治ったらどうするつもりなんだい?」
「どうするって……そうだな。あまり、考えていなかった。考えるのも、今では少し……怖いかもしれない……」
「怖い……?」
私は、隣に座る彼を見て。いつになるか分からないその未来に、彼は居ないのではないかという恐怖を抱いてしまう。私よりもずっと若かった教え子が、いつの間にか私を追い越して、そしていずれ死んでいくのを見るかもしれないその恐怖に。見ないふりをしていたその事実に、気がついてしまった。
「……いや、なんでもないよ。ただ少し、中途半端に生きるのは嫌だと……そう思っただけだ」
あの時資料を燃やさなければ、私が一人にならなければ。彼が生きている間に、人間に戻れたのではないかと。今ではもういつ治るかも分からないこの身体で、中途半端な時間を生きることは。とても、辛い事だった。
「せめて、大切な人と同じ時間を生きれたら良かったのにな……」
「……先生は、その大切な人が死んでしまった後でも。また普通の身体に戻りたいと……そう思うかい?」
「……そうだな。一人で生き続けるのも、誰かと死に別れるのも……私は嫌だ。それはきっとこの身体で居続ける限り……終わらないだろうから」
生きる理由と同じように、死ぬのにも理由は必要だろう。それが、その先存在しなくなってしまったら。私は、どうすればいいんだろうか。大切な人達と生きて、いずれ同じように終わりたいというその願いは。どの道叶えられそうにないなと、そう思った。
「本当は……皆と一緒に、同じ時間を生きたかったんだ。今の私は、それくらいお前達が大事で、この時間を大切に思っている。けれど、それが無くなってしまったら。私は生きる意味も、死ぬ意味も……この先見つけられるんだろうか……」
「っ……先生、今の……今の俺なら、貴女と……」
私を見て、辛そうな表情になる彼に。同じように、同じ時間を生きたがってくれていた彼を苦しめる言葉を口にしていたことに私は気が付いた。きっと、私の思いなんて聞きたくなかっただろう。耐えきれなくなったと言って想いを打ち明けてきた彼に。私は何とか言葉を探して口を開いた。
「アンブローズ、その、すまない……私はそれでも今、幸せなんだ。だから……お前達と生きている今を、大切だと。絶対に後悔しないと、そう思っているから……」
「違うんだ、先生……俺はただ、貴女を」
彼はその言いかけた言葉を止め、悲しそうにこちらを見て、静かに微笑んだ。
「……分かってる。俺も、後悔したくないから。だから今はまだ、どうか貴女の傍にいさせて欲しい」
「ああ……そんなの、当たり前だ。私も、お前に傍にいて欲しいと……そう思うよ」
気付けば、傍に居るのが当たり前になっているその教え子に。気付けば私自身が離れ難さを感じてしまっているこの事実に。その思いを、私はそう言葉にして伝えた。彼はまだ少し辛そうな表情で、それでも私の目を見て、口を開いた。
「先生……お願いがあるんだ」
「……なんだ?」
「……最近、仕事が少なくなってきたから。来週も休みが取れそうなんだ。だから……俺と一緒に出掛けよう。二人きりで」
突然のその言葉に呆気に取られた私を見て、彼は優しくそう微笑んだ。




