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風変わりな道化師(8)

「……先生? おはよう、よく眠れたかい?」


「……アンブローズ? お前……子供じゃないな」


「何を言ってるんだい先生……俺はもう子供じゃないよ。寝惚けてる?」


 目を覚ました私は、彼の肩に寄りかかって寝てしまっていたことに気が付く。何故か眠気が取れないまま、こんなリビングのソファで寝てしまうなんて、今まではなかった事だった。



「……一度医療機関で調べただろう。君の身体の構造は一応人間の物だが、身体を占める魔力量が人間の比ではないからこそ、その尋常じゃない回復力と精霊種寄りの魔力の影響で死なないだけだ。怪我をすれば失われた血液等の再生のため眠くもなるさ」


「……ケニス? 来てたのか」


「君が眠り込む寸前にね。だがまだ一時間程度しか経っていない。眠気が残っているようなら寝てくるといい」


「いや、大丈夫だ……起きた時よりは、眠くない」


 私は一度身支度をしてくると言って二階へ向かった。彼がここに来たのは三度目だが、何故か家に馴染んでいるその様子を思い出して小さくため息をついた。いずれノアでも連れてきそうだとそんな予感が頭をよぎったが、私はわざと冷たい水で顔を洗って思考を切り替えると、私服に着替え直して一階へと戻る。




「おかえり先生、朝食はいるかい? 多分回復も早くなると思うし。俺が作ってくるよ」


「いや、彼も来ているしいいよ。昨日の事を伝えに来てくれたんだろう?」


 私がそう言いながら反対側のソファに座ろうとするのを、アンブローズが私の腕を引いてそのまま隣に座らせてくる。そして何故か笑顔を向けてくると、そのまま口を開いた。



「……それで、先生? なんで怪我なんてしたのかな?」


「え、あぁ……いや、ちょっと待て……そうかケニスに聞いたのか……その、不可抗力だ、別に望んで巻き込まれた訳じゃ」


「新聞でサーカス団の記事を読んでね? 心配になって来てみたら、普段より随分と眠そうにしてたし、彼は貴女が血を流しすぎただなんて言ってくるから。話を聞こうにも、貴女は俺の肩で幸せそうに寝始めて……」


 これは、どう見ても怒っているのだろう。笑顔を崩さぬまま言葉を続ける彼に、私はただ大人しく隣で座っていることしか出来なかった。ケニスの方に助けを求めても、あからさまに視線を逸らして紅茶を手に無言を貫かれてしまう。



「まぁいいよ。どうせ今回も巻き込まれただけみたいだし。ケニスさんも、貴女が怪我をした理由だけは頑なに教えてくれなかったからね。……男の人に簡単について行っちゃ駄目だって教わらなかった?」


「お前……なんで私を子供扱いするんだ。そもそもあれは本当にどうにもならなかった……というか……」


 そう言いかけて、舞台裏に行く前のことを私は思い出した。行かない方がいい、少し気を付けておけとリアンに言われていたにも関わらず、結局流されるまま舞台裏へと向かってしまったことを考えると、どうにもならなかった等とあまり強く言えなくなってしまう。



「子供扱いしてるんじゃない、一人の女性として見てるからそう言ってるんだ。男は怖いんだよ、本当に……今まで俺がどれだけ貴女を隠してきたと……」


「……お前も怖いのか?」


「怖くないよ、俺は怖くないから。その、大丈夫、先生を酷い目になんて絶対に遭わせないから」


 私のふとした疑問に、彼は素早くそう答えた。男性という括りはあまりにも広すぎるのではないかと思いつつも、そんな会話をしている私たちに黙り込んでいたケニスが話しかけてくる。





「仲良く話しているところ悪いが、俺も一応仕事があるんでね。午前のうちに全て話しておきたい。昨日の事件の事と……王家の呪いについてだ」


「……さっき話を聞いた時は、王家の呪いなんて言葉は出てこなかった。……なるほどね、それが原因だから言わなかったのか」


「彼女が起きるまでは言えなかったんだ。森棲種の彼女も然り、君たちは直ぐに噛み付いてこようとするからな。本当はハーヴァーさんだけに伝えておきたかったんだが……君にも関係がないとは言えないし仕方ない」


 彼は空になったカップをテーブルに置き、小さくため息をついた。こちらを見て一呼吸置くと、その口を開いた。




「メティスの祝福……本来はそう呼ばれていたものだ。実際どうだったかは分からないが……建国当時、この国の王家の血にかけられた術。それがリアンを蝕む呪いの正体だ」



 数百年も前の事。この国が出来た当時、王家はこの国が栄え、民が豊かに暮らしていけるようにと。メティス――当時は女神と呼ばれていたらしいが、本来は魔術に長けた種なのではないかと言われている女性に、その祝福を受けたのだという。その代償として、王家は必ず国のため、そして民のために生きていくことを約束した。


 当時まだ小さかったこの国は、その祝福と王家の尽力によって栄えていったのだという。その祝福によって王家は必ず民のために動くと分かっていた国民たちも、安心して王家を信頼し付いてきた。――だがしかし、この祝福には欠点があった。



「そもそも国のため、なんていう括りは不明瞭過ぎたんだ。当時は豊かさを求めた結果の術だったが、この国は少々大(・)き(・)く(・)な(・)り(・)す(・)ぎ(・)た(・)。民が増え、領土が広がるにつれて、その国のためになるという意味が変わってきてしまった」


「……つまり、その国のためになるとされる行動が、必ずしも正しい行為ではなくなってしまった。という訳か」


「その通りだハーヴァーさん。だからこそ、今では呪いだなんて呼ばれているんだよ。……皮肉なことにね」


 彼の言うとおり、当時祝福と呼ばれていたそれは。それによって栄えていった国と共に、呪いへと変わっていった。そして、グレイ・アルストロのような犯罪に手を染める者さえも出てきてしまったのだろう。



「だが、殿下は今まで大丈夫だったんだろう? なんなら自分の兄を追っていた側だったんだ。人によって呪いの影響は出ないこともあるんじゃないのか?」


「……いや、あれはきっかけさえあれば必ず出るものだ。ただ、王位を継ぐ人間に色濃く出る傾向はある。だからこそ、継承権のないリアンは今まで一度しかその影響が出たことはなかった」


 つまり嫡男だったグレイは、その呪いの影響が強かったために犯罪に手を染めてきたのだろう。そして、その兄の凶行を止めるために、リアンは動いてきたのだという。



「……グレイの場合は、呪いを理解した上で自らその行為に手を染めていた節があった。……末恐ろしい奴だよ。呪いに操られるくらいなら、自らの意思で動こうと思っていたらしい。それが、正しくない事だと分かっていても」


「……だが、そのグレイ殿下が捕まり、その王位継承権が彼へと移った。そのせいで、呪いの影響が出始めたという訳か」


「そうだ……だがそれが全てだとは言えない。リアンはグレイが捕まった後も、呪いによる凶行に走ることは無かった。だが、今回のあれは……君がきっかけだったんだ」


 こちら見てそういう彼に、私は困惑した。どうして私がきっかけで呪いが発症するのだろうか。確かに、クラウンを殺そうとした彼の行動は、その言葉の端々から私が襲われたからなのだろうと予想が出来た。私の物に手を出したと、それは彼自身が襲われたからというよりも、その他の物に手を出したからという意味だったのだろう。



「あまり考えたくはないが……きっと私が、国のためになると判断されていたから。その私が襲われた事がきっかけになって、呪いが発症したんだろう……だからこそ、私が自ら剣を受けたことによって治まったんじゃないか?」


「そこまで分かっているならもう詳しい説明はなくても良さそうだな。流石に、君がまた目の前で事件に巻き込まれるようなことがなければ……あいつの呪いも出ないだろう」


 私が国の為になるだなんて、随分と皮肉な話だと思った。私より優秀な研究者など、他にも多く居るだろうに。だがあの状況から察するに本当にそう捉えられていたのだろうと思うと、私は内心苦笑してしまった。



「……だが、なんで私を避けることになったんだ? もし呪いが原因だったとしても、既に研究所に所属していて、なんなら放っておいても死なない私を避ける理由なんてあるのか?」


 私のそんな疑問に、ケニスは少しバツが悪そうな表情になる。そして彼はふとアンブローズを見ると、小さくため息をついた。

同日次話投稿します

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