風変わりな道化師(7)
「……それで、君はなんでこうも事件に巻き込まれるんだ。ハーヴァーさん」
「それは……まさかこんなことになるだなんて思ってなかったんだ。ただサーカスを見に来ただけでここまでの事態を予想出来ると思うか……?」
いつの間に呼ばれたのか、港町の時とは違い、最初に出会った時のような真っ黒なスーツ姿のケニスに私は呆れ顔でそう言われてしまう。彼の言うとおり、行く先々でこうも事件に巻き込まれるとは私も確かに運がないなと内心ため息をついた。
「……リアンは何をやらかしたんだ」
「いや、あの人は何も……」
「あいつが居たのに君にそんな血痕が出来るか。全てを簡潔に話せ」
そういえば、服が血で汚れたままだった事を私は思い出す。なかなか難しい事を言ってくる彼にどう説明したものかと言葉を探していると、先程まで対応に追われていたリアンがこちらへと戻ってくる。そしていつの間に聞いていたのか、ケニスの質問へと答えを返した。
「私が今回の重要参考人を殺そうとした。そして代わりに彼女が刺された。以上だ」
「それは簡潔過ぎでは……元はと言えば私が貴方の持っていた剣を掴んだんだ。その説明は正しくないでしょう」
「君達は……何を言っているんだ。他に目撃者は……いや、俺が直接聞いてくる。二人とも少し頭を冷やせ」
私は冷静だとそう言うよりも前に、彼は歩いて隊員たちへと声をかけ始める。これはいくら言っても話を聞いては貰えないのだろうと、私はそうそうに諦めた。
「……私は、舞台裏には行かない方がいいと言ったはずだが?」
罰が悪そうにケニスから顔を逸らしていたリアンがふとそう呟いた。やはり少なからず罪悪感を感じているらしく、普段の口調の割にその声には覇気がない。
「チケットを持っているか聞かれてしまったので……もう少し詳細を教えて下さっても良かったのではないですか?」
「それは……まさか君が彼とそこまで仲が良いとは思わなかったからだ。君は一体何をしでかしたんだ?」
「特別に何かをしたつもりはなかったのですが……」
私はクラウンとの出会いや、お礼にチケットを貰ったこと。そして舞台裏での出来事を簡潔に説明した。すると彼は、呆れてものも言えないかのように私を見てくると、そのまま小さくため息をついた。
「貴方にため息をつかれた回数がもう数え切れないのですが……」
「本当に……君は放っておくと直ぐにふらふらと……」
「そんなことを言われても……」
今回の件は、本当にどうにもならなかったと言える。偶然出会った男性が、まさか混血や多種族の犯罪者を匿っているだなんて一体誰が予想出来ただろうか。そして、私をそこに引き入れようとしたことも。だが、怪我をしていた私に駆け寄ってきた彼からは、きっと好意以外の理由などなかったのだろうと思えた。
「別に彼に悪意があった訳でもなかったですし……毒は、流石に少し驚きましたが。きっと貴方達をここから遠ざけたかったんでしょうね。何事も無かったように、この市からも出て行きたかっただけでしょう」
「……君は少し、他人に甘過ぎないか? 私にとっての彼は、犯罪者達を匿い、私の部下を毒で操った危険人物でしかない。確かに彼らに事情があったとしても、君を使って私を襲わせたのも事実だ。それなのに君はそんな彼に同情すらしてしまう。その考え方は、少し危険だ」
「それは……本当に申し訳のしようもないです……確かに、私は少し甘いかも知れません」
そんな彼の正論に、私は何も言い返せなかった。操られた私は確かに、自分の上司を襲ってしまった。もし一度でも蹴りが当たっていたらどうなっていたか。それでも首や鳩尾などを狙わず少し急所を外した脇腹辺りを狙っていたあの蹴りから、殺す気はなかった事がわかる。それでも、彼を危険に晒してしまったことは事実だった。
彼の言う通り、少しクラウンへと入れ込みすぎだったと思う。きっと良いとは言えないような人生を送ってきたのだろう彼が、同じような彼らを庇って何とか生きてきたのだろうと、私は完全に同情してしまっていた。だが、犯罪者を庇う行為も、毒の件も、犯罪行為であることに間違いはない。
「だろうな。私の事さえ……彼を殺そうとした挙句、君が死にかける寸前まで剣を下ろさなかったというのに。それで被害が無かったから良かったなどと言うのは……流石に看過できない」
「……ですが、私は彼を庇ったことも、貴方の剣を受けたことも間違いではないと思っています。私は私の出来る事を、正しいと思ってやりました。……彼らを同情してしまうことも、貴方が悪くないと思う事も。私にとって曲げられない本心です。……少し、自重するべきだとは思いますが」
「……っ、そんなことを言っていたら、いつか取り返しのつかない事になる。私は……君を普通の人間に戻そうと、そう思っているというのに。君は出来てしまうからと、これからもそうやって人を助けるんだろう。そんなことは……許されない」
普段の様子からは想像もつかないその苦しげな吐露に、私は言葉を失った。彼は以前から随分と、私を助けようとしてくれていた。資料が燃えてしまったあの事件以来、私を研究所に誘ったことも、私のこの呪いについての研究でも。多忙な身でなお気にかけてくれていたことは分かっていた。だがそれは、ただの罪悪感や使命感と言うよりも、今では強迫観念に近いものを感じる。
「……話している途中で悪いが、事情聴取中の彼から話を聞いてきた。リアン、一度帰るぞ。詳しい話を聞いてから対応を考える。しばらくは俺と行動してもらうことになるだろうな」
「……わかった。ハーヴァー、部下に服を用意させる。着替えたら君も一度帰れ。私の……この呪いについては、ケニスから伝えさせる」
「……はい、分かりました……どうかご自愛ください、殿下」
その言葉に頷くことなく、私を一瞥した彼はそのまま隊員に指示を出してこの場を後にした。私はただ立ち尽くすことしか出来ず、後から彼の部下が持ってきた服に着替えた後、一度家へと戻った。
「……まさかこんな事になるなんて。彼らや……殿下のことも。……明日が休みで良かった。流石に少し、疲れたな」
ソファに座って、紅茶を手に一息ついた私は今日のことを思い出す。だが直ぐに考えるのをやめて、大人しく休もうと立ち上がる。そのまま二階の寝室へと向かう途中で、ふと彼の赤い瞳を思い出した。
「……あの人格、そして呪いという言葉。人を殺すことを躊躇わないあの様子は……まるでグレイ殿下のような。……国のためとは、どういうことだ」
彼に呪いがかけられているのは明白だった。自身の魔力が変質していて、更に自分でも理解しているということは。きっとずっと昔からのものなのだろう。そしてその呪いは、グレイにもかかっていたのだろうと予測出来る。
「どうせ明日にでもケニスが来るだろう……今日はもう寝よう……」
また始まった思考を止めて、私はベッドに横になる。思った以上に疲れていたのか、そのまま私は眠りに落ちた。
「おはよう先生、起きてるかい?」
ふと、一階から聞こえてくるその声に私は目を覚ました。その聞き慣れた声にとりあえず起き上がった私は、働かない頭のまま一階の玄関へ向かい、その鍵を開ける。そして扉を開けた先に立っていた教え子へと声を掛けた。
「…………おはよう」
「今日は一段と眠そうだね、先生。……やっぱり昨日何かあったんだね?」
心配そうに見つめてくる彼の手を引いて、私はそのままふらふらとリビングへと向かう。そしてソファに座ると、傍に置いてあるクッションを取って膝に置き、二度寝を始めかける。
「そんなに眠いのか……本当に昨日は何があったんだ?」
「色々とな……お前と居ると落ち着くよ……」
私はいつも通りこの家で、大切な教え子もいるこの平和な時間に居心地の良さを感じた。色々と起こりすぎて、今日は少しゆっくりしたい気分だった。
「それは……その。……そうだ、お茶を入れてくるよ、少し待ってて」
手を引かれるままに私の隣に座っていたアンブローズは、立ち上がってキッチンへと向かった。沸騰するお湯や、カップを準備する際の小さな音を聞いて、私は余計に眠くなってしまう。
「……寝ちゃったのかい先生。目が覚めそうな茶葉にしたんだけど。どうしようか」
「……眠い」
「先生、ほら。……せ、先生!? ちょっと待って、お茶を持ったままなんだけど……!?」
気付けば私は、お茶を持って戻ってきていた彼の肩に寄りかかっていた。そのまま意識を手放しかけていたその時、玄関の戸が叩かれる音が聞こえてくる。そのまま誰かが入ってきたらしく、後ろから声をかけられる。
「……お邪魔だったかな」
「せ、先生、お客さんだよ。起きてくれ……その、ケニスさんだったかな? 良ければ手を貸してほしい……」
「あぁ……別に彼女は起こさなくてもいい。きっと血を流しすぎたんだ。その魔力で補えると言ってもやはり身体に影響が出ているんだろう」
そんな会話がぼんやりと聞こえてくる。だが眠気は消えぬまま、私はゆっくりと自分の意識を手放した。




