風変わりな道化師(6)
「……私はただ誘っていただけですよ。このサーカス団へ来て下さらないかと……ですが、そちらがその気なら」
クラウンは私を引き寄せると、何処からか取り出した投げナイフを私の首元へと当ててきた。私は既に自由になった口で、何とか彼へと言葉をかける。
「それは……無駄、です……」
「なっ、確かに毒を…………いえ、元から貴女を傷付けるつもりはありません。……少しだけ、大人しくしていて下さい」
彼は私の耳元でそう呟くと、リアンへと向き直ってその口を開く。
「さて、どうしますか? ……大人しく彼を置いてこちらに来てくだされば、貴方の部下を傷付けはしません」
そんな彼の言葉に、リアンは小さくため息をついた。そしてその手元にある書類を掲げると、彼へと言葉を投げかけてくる。
「これは昨年、とある地域で数軒の家を燃やした放火魔の資料だ。その体格などの特徴や行方不明になった時期などと照らし合わせて、当時その地域に来ていたこのサーカス団に在籍する団員と類似しているという情報が入っていた。この足元に転がっているこいつがその犯人だ。その他にもここには犯罪者が居るようだな。お前が庇っているんだろう?」
「……そこまで分かっているようなら、仕方ありませんね」
「っ……殿下、彼は神経毒を使ってきます! どうか気を付けてください、使われた者は彼の……っ」
私がそう警告する前に、クラウンは私の首元へと噛み付いてくる。指先とは違い、先程よりも多く毒が回ったのだろう。私はそのまま体の自由を奪われる。そして彼は、私の耳元で小さく呟いた。
「少し我慢して下さい……仕方ない、ですか。……イヴさん、どうか彼を黙らせてくれませんか?」
「っ…………わかりました」
私はそのまま、自分の意思に関係なくリアンへと距離を詰めた。そしてその脇腹に躊躇うことなく蹴りを入れようとするが、彼は表情を変えることなくそれを避ける。そしてそのまま私の蹴りが当たった入口近くの柱が、軽くへし折れた。
「これは……無意識に制御されている力が出ているのか。避けて正解だったな」
冷静にそう呟く彼に、私は再度数発の蹴りを繰り出した。だがその全てを難なく躱す彼は、そのまま私の足を掴んで軽く捻り地面へと叩きつける。そして腕を掴んで背中に回し押さえつけると、私へと言葉を続けた。
「まだか? 戻ったら返事をしろ」
「……っ、殿下……すみ、ません……」
「分かっている、動けそうか?」
私はまだ若干自由の効かない身体を何とか動かそうとする。叩きつけられた反動か、少し毒の効果が薄れたらしい。
「なんとか……大丈夫です」
「そうか、もう少し頑張ってくれ」
彼はそう言って私の手を掴んで立ち上がらせる。そんな様子を見ていたクラウンが、表情を歪めて口を開いた。
「……どうして、確実に毒が効いている筈なのに」
「うちの部下は少し特殊でね、多少の毒は直ぐに切れる。……もう諦めろ、うちの部隊がリストにある者を捕まえている頃だ」
「ただの人間がうちの団員に敵うはずなど……」
「残念ながらただの人間じゃない。彼らはこの国の特殊部隊でね。君たちのような他種族相手にも決して引けを取らないよう訓練されている」
その言葉に、焦ったようにリアンを睨みつける彼は、だがそのまま諦めたように地面へと崩れ落ちた。
「……仕方、なかったんです。彼らは、誰かが助けなければ生きて行けなかった。その見た目や、混血だからという理由で虐げられていた彼らが捕まったら、一体どうなるか分かったものではありません……だからこそ、こうするしか無かった」
その悲痛な声に、私は言葉を失った。きっと、その犯罪を犯した彼らも、その見た目や生い立ちで差別を受けてきた被害者だったのだろう。だからこそ、その苦しみを知っていた彼はそんな彼らをこのサーカス団に引き入れ、匿ってきたのだ。
「……だから、知られる訳にはいかないと。そう言っていたんですね」
「……はい。彼らは、その特種な特性からも、人に被害を与えかねなかった。だからこそ、私のこの毒でその危険性を抑えてきたんです。……ですから、それ以上の罪を犯すことなく今までやってこれた……それなのに」
私は、なんと声を掛けていいのか分からなくなってしまった。そんな彼の思いも、辛さも。私が言葉に出来るほど軽いものではなかっただろう。ただ立ち尽くすしかない私の後ろから、ふと声が響いてくる。
「殿下! リストに記載された者の確保が完了しました。これから移送します」
そんな隊員の声に、リアンは振り返る。そしてその隊員の近くまで歩いていくと、下に転がっていた男性を指さして口を開く。
「こいつも連れて行け。あぁ、あとは……その剣をこちらに。直ぐに返す、先に行け」
「で、ですが……」
「聞こえなかったか? 何も問題は無い、早く連れて行け。私も後から向かう」
彼の言う通りその隊員は剣をこちらに渡すと、倒れていた男性を難なく持ち上げてこの場を去った。――何故、彼は剣を借りたのだろうか。嫌な予感に襲われた私は、少し後ずさりクラウンを庇う形でリアンに目を向けた。
「……なんだ、ハーヴァー。そこを退け」
「何をするつもりですか……?」
「君と私を襲った相手だ。それに、ここの団員はその毒を受けているらしいからな。彼を殺せば、その洗脳も解けるだろう?」
そのあまりの暴論に、私は言葉を失った。どう考えても、今の彼は正気ではない。私は後退りながら、彼へと言葉を返す。
「一体どうしたんです、普段の貴方ならそんなことは絶対に言わない筈だ。今の貴方は……まるでグレイ殿下のようだ」
「私が兄と同じだと? 君は随分とおかしな事を言うな……ここまで大勢の犯罪者を匿っていた彼を、生かしておく必要があるとでも?」
「それがそっくりだと言っているんです! ……どう考えても今の貴方は正気じゃない。そもそも彼の毒がどのような物かも分からないうちに殺してしまうのはあまりに軽率すぎる。捕まった者の中にはその毒で正気を保っている者もいたはずだ。貴方のそれは、ただの殺人行為でしかない」
私の言葉に、彼は表情を歪める。だが少しずつこちらへ近付いて来ると、その剣先をこちらに向けてくる。
「……確かに君の言い分は正しい。だが、彼は私のものに手を出した。この国の為には、ならないだろう?」
そう言う彼の目が、何故か薄らと赤く染まっている事に私は気付く。それは、魔力の変異によるものなのではないかと私は思い至った。何の魔道具も持っていない今、どうにか彼のその状態を止めなくてはならないと思考を巡らせる。
「……殿下。貴方の言うそれが私なら。それを傷付ける事は出来ないはずだ」
「なに……を、君は」
私は、彼がこちらへ向けているその剣をそのまま掴んだ。その手から流れる血を見て、彼は目を見開く。そのまま私が近付いて行くにつれて、その剣先が私の喉元へと刺さっていく。そろそろ私の頸動脈に到達するのではないかという所で、彼はその剣を地面へと落とした。
「イヴさん……!? なんて事を……!」
私の首から流れ出る血を見て、座り込んでいたクラウンが私に駆け寄ってくる。泣きそうな表情で、急いで私の首にハンカチを当ててくる彼に礼を言うと、地面に落ちた剣を拾ってそれを遠くへと投げた。頭を抱えたリアンが、ゆっくりとその口を開く。
「……私は……何をしていた」
「……貴方は正気ではなかった。それは……呪術の類なのではないですか、殿下」
彼は目を見開いてから、その表情を歪めた。そのまま小さいため息をついてこちらを見返す。だが彼がその口を開くよりも前に、入口から再度声が響いてくる。
「殿下、様子がおかしいと隊長から言われて……ハーヴァーさん!? その血はどうしたんですか!?」
「ジェフリー? あぁ、そうか。君達の隊だったんだな。怪我自体は大したことは無い、大丈夫だ」
急いで駆け寄ってくる彼は、この状況がどういう事なのか分からないと言った表情でそう問いかけてきた。私がどう説明しようか悩んでいると、リアンがその口を開いた。
「……サイラン、落ちている剣を拾って隊長に返せ。アクロイドもいるんだろう、ここにいる彼を連れて行かせろ……神経毒を使うらしい、その歯に気をつけろ。だが……重要参考人だ、出来る限り丁寧にな」
「わ、わかりました。エディ! こっちを頼む!」
そう指示を出す彼の瞳は、元の灰色へと戻っていた。私は安心したようにため息をつくと、不安そうに見てくるクラウンへと声を掛けた。
「……私は大丈夫です。彼らも、貴方達を悪いようにはしないはずだ。……きっとその立場からも、貴方達への援助の話も上がるはずですから、今は彼らの指示に従ってください」
「私は良いのです……ですが、貴女が」
「私はその……頑丈に出来ていますから。それよりも団員の彼らの様子を見てあげてください、大事な仲間なんでしょう?」
私の言葉に、辛そうに表情を歪めた彼は静かに頷いた。そしてそのまま待機していたエドワードに連れられてこのテントを後にする。ジェフリーがこちらを心配そうに見ながらも、その剣を返すために続けてテントから出ていき、二人になった私達はしばらく無言になる。
「……このことは、後で必ず説明する。今は……一度ここを出るぞ」
「わかりました……殿下、今回は誰も被害には遭わなかった。ですから……あまり、抱え込まないでください」
私の言葉に、彼は目を再度見開く。そして再度ため息をつくと、小さく頷いてから入口へと振り返る。私もその後に続いて、このテントを後にした。




