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風変わりな道化師(5)

「この方が初代の団長様です。今ではそのご子息のクラウン様が団長を務めてらっしゃいます」


 案内をしてくれているキャストが、待機用のテント内の肖像画を指してそう説明してくる。そこに描かれた女性はどう見ても人間ではなく、その特徴的な見た目から有鱗種なのだということが分かる。



「この方は、その宿命からあまり長くは生きられませんでした。ですが今はクラウン様がそれ以上にこのサーカス団を大きくしました。……私も、あの方に救われた一人なのです」


「救われた……ですか?」


 そのキャストの女性はにっこりと笑って、その真っ白な手袋を外した。するとその腕は、その真っ白な衣装とは正反対の真っ黒な肌で、それはどう見ても人間のものではないことが分かる。



「私は悪鬼(デーモン)と人間との混血なのです。この見た目から人々に疎まれて生きてきましたが、あの方がそんな私を拾ってくださったのです」


 悪鬼。その生態の醜悪さを私は耳にしたことがあった。魔獣と呼ばれるものの中で、その種は狩る相手の苦痛を好物にしているらしく、襲われた人間は口にするのも悍ましい末路を辿るらしい。被害に遭った人間が生き残った例など殆どなく、彼女のような混血は本当に稀と言えるだろう。


 だが、そういった経緯があってこのサーカス団には多種族が集まっているらしい。だがそれを初対面の私に話すなど、彼女のその様子は明らかにズレているように感じられた。



「……それを、私に話しても良かったんですか?」


「あの方が連れてきた方ですから。きっと貴女もあの方に救って頂く方なのかと。ですので何も問題はありません」


 彼女はそう言って微笑むが、その瞳からは生気が感じられない。その心に大きな傷を負っているのだろうか、クラウンへの尋常ではないその信頼は依存の裏返しなのではないかと私は考える。



「ここには私と同じような方が沢山います。そんな彼らも、ここならその姿を隠す事無く自由に生きることが出来る。貴女もきっと、ここを気に入ってくれると思います」


「私は……」


 救われたくて来た訳では無いと、そう言いかけて口を閉じる。それを聞いて、彼女がどのような反応をするのかは未知数だった。傷付けてしまう可能性もあれば、逆上される可能性も否めない。それほどまでに、その精神の不安定さが見て取れた。





「……あぁ、ここにいたのですね。案内ありがとう、もう戻っても大丈夫ですよ」


「はい、それでは失礼します」


 テントの入口から、そう呼びかける声が聞こえてきた。彼女と入れ違うようにして、クラウンが入ってくる。彼は私に軽くお辞儀をすると、ふとその肖像画を見て目を細めた。



「……彼女から、説明を聞きましたか?」


「ええ……貴方の母親のことや、ここの団員の話を……彼女は、貴方が私の事も救うのだろうと。そう言っていました」


 私の言葉に、彼は少し困ったように笑う。そのままこちらに向かって歩いてくると、私を少し見下ろしながら口を開いた。



「私は、誰かを救うことなど出来ません。確かに、私は彼らにこの手を差し出しました……ですがそれを取って、生きることを決めたのは彼ら自身です…………貴女も、救われたかったのですか?」


「私は、救われたいなどと……そんな事を、願う資格など……」


 とても優しい声でそう問いかけてくる彼の言葉に、私は息が詰まった。私は、どうなのだろうか。昔の研究員(なかま)達の最後を、忘れる日など一度もなかった。それが実験の失敗などではなかったとしても、元を辿れば私が殺したようなものだろうと。そんな思考は未だに消えることはなかった。



「貴女も……苦しんでいるのですね。せめてここにいる間は、貴女に幸せになって貰えればと……そう思います」


 彼はそう言うと、私の頬に手を伸ばしてくる。そしてその途端、耳元で小さな破裂音が響いた。



「な……これは……」


「プレゼントです……どうか、笑ってください。貴女のような方に、暗い顔は似合いませんから」


 彼のその手には、いつの間にか小さな花束が握られていた。それを私に差し出して、彼は優しく笑いかけてくる。



「手品、ですか。綺麗ですね……ありがとうございます」


 流石サーカス団の団長と言うべきか、客を喜ばせる術をよく知っているようだった。私はそれを受け取ると、少し申し訳なさそうに彼へと笑顔を返した。すると彼は、少し呆気に取られたような表情になる。そのまま思い出したように、焦った様子でその顔を逸らした。



「そ、その……忘れてしまっていて、今は顔を隠していませんでした……わ、私の顔は……怖く、ないでしょうか……」


 そう言って顔を背ける彼を見て、私は呆気に取られた。そして少し可笑しくなって笑っていると、彼は不安そうな表情をこちらに向けてくる。



「いえ、すみません……随分と今更だなと思ってしまって。怖いだなんて思いません、舞台での貴方も、今の貴方も」


 私は手元の花束を見てから、彼を見上げてそう告げた。慣れているからか、元々その見た目を怖いなどと思ったことはない。実際に話して分かるその優しい性格も、団員からの信頼も、決して彼を怖いと思う事などないだろうと私は思った。そんな答えに、彼は少し驚いた表情になる。そして何かを覚悟したように、花束を持った私の手を取った。



「イヴさん……初めてお会いした時の貴女は、見た目で全てを判断するのは軽率だと……そう仰っていました。貴女は本当に、誰かを見た目で判断することはなく、私達のような者が正しく生きれるようにと思って下さる優しい方です。だからそこ余計に……私は貴女に惹かれてしまう」


 これは、バートンの言う通りだったのだと私は気付く。まさか本当に私に気があるなどと思ってもみなかったが、それでも彼のその真剣な様子から、嘘でも何でもないのだろうと私は分かってしまう。そのまま、少し悲しそうに微笑む彼は言葉を続ける。



「……一目惚れ、と言うのでしょうか。助けてくださったその姿も、その言葉も。それだけで、どうしようもなく……私は貴女を好きになってしまった。ですからどうか」


 そう言いかけた彼の言葉は、外から聞こえてくる団員たちの騒がしい声に突然中断される。何かあったのだろうかと私が不思議に思っていると、彼は私の手を離して口を開く。



「すみません……続きはまた。少し様子を見てきます、どうかここで待っていて下さい」


 そう言って微笑む彼に、私はつられて頷き返した。そのままテントから出ていく姿を見送って、一人になった私は考え始める。彼の言葉を思い出して、私はどうしていいのか分からなくなってしまった。どうか、の続きの言葉は一体なんだったのだろうか。



 私はふと、自分の教え子のことを思い出した。悲しそうに笑った彼は、無理に返事はしなくてもいいと言っていた。だがそれでも、私はあの子の想いに答えたいと、そう思って。



「……私は、あの子の事が好きなんだ。ただ、傍にいたいだけじゃない……こんな時に思い出すなんて、私も随分と絆されてしまったみたいだ」


 クラウンへの答えは、もう既に決まっていた。私にも、譲れない想いがあったのだとそう気付いてしまったから。私はそのまま、彼が戻ってくるのを待った。


 するとそこまで時間も掛からずに、テントの入口から彼はその姿を覗かせる。少し複雑な表情でこちらに歩いてくると、悩んだようにその口を開いた。



「……イヴさんは、ここには一人で来られたのですか?」


「ええ……仕事帰りに一人で来ました。偶然上司と会いましたが……それがどうかされたんですか?」


 突然の質問に、私はそう返事をする。すると彼は少し驚いた顔で、それでも直ぐに真剣な様子でこちらを見てくる。そして、あの言葉の続きを彼は口にした。



「……イヴさん。どうか私と共に、来て頂けませんか? 私にも、この場所にも。貴女が必要なんです」


「……貴方の好意は、素直に嬉しいと思います。……ですが私には、もう心に決めた人がいるんです。だから私は、貴方と共には……行けません」


 私の返事に、彼は少しだけ驚いた表情になったかと思うと、そのまま悲しそうに微笑んだ。そして再度私の手を取ると、その手のひらにそっと、口付けをしてくる。そしてその指先へと、彼は噛(・)み(・)付(・)い(・)た(・)。



「なに、を……っ」


 その瞬間、私は急激な目眩に襲われる。そのまま立っていられなくなり、私はその場にへたりこんでしまった。これは毒(・)なのだろうと、気付いた時にはもう遅かった。彼は私の前に跪くと、その手を差し出してくる。



「大丈夫です、命に危険はありません。……私と共に、来て頂けますか?」


「……はい」


 私の口は勝手にそう言葉を返す。これはきっと精神毒の類だと、頭だけで理解したまま私は彼のその手を取った。私の手を引いて立ち上がると、彼は悲しそうに微笑んだまま呟いた。



「……すみません。ですが……どうか許して下さい。どの道、あなた方に知(・)ら(・)れ(・)る(・)訳(・)に(・)は(・)い(・)か(・)な(・)い(・)ん(・)で(・)す(・)」


 知られる訳にはいかないとは、一体なんの事だろうか。とにかく、この毒も私の身体には長く効かないだろうと、私はその効果が切れるのをただ待つことしか出来ない。






「知られる訳にはいかないとは、これのことか」


 突然、入口から聞きなれた声が響いてくる。そしてどさりと何かが倒れる音がした。クラウンが振り返り、そこに立っている人物が目に入る。



「……私の団員に何をしたんですか」


「襲(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)か(・)ら(・)気絶させただけだ。……お前こそ、私の部下に何をしている?」


 そう言って、リアンは彼を軽く睨みつけた。その足元には、彼の言うとおり団員だと思われる男性が転がっている。一体どういう状況なのか分からないまま、私は少しだけ自由になった思考でこの場をどう切り抜けるかを考え始めた。

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