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風変わりな道化師(4)

「あぁ、貴女様は! 団長がご招待されたお客様なのですね! 公演が終わり次第、こちらのチケットをキャストに渡して頂ければ舞台裏へとご案内致します。どうぞ楽しい時間をお過ごし下さい!」


 他の人とは違うらしいそのチケットを見て、カウンターにいたキャストはそう私に説明してくる。そこから流されるままに辿り着いた客席に座った私に、そのまま隣の席へと座らされた彼は訝しげな視線を送ってくる。



「……なんだ、招待客だと?」


「え、ええ……少し縁があって、ここの団長さんにチケットを頂きまして……殿下はどうしてここに?」


「……私が仕事以外でこんな場所に来ると思うか?」


 やはりと言うべきか、彼はここにも仕事をしに来たのだという。少し疲れた様子で小さくため息をついた彼は、ステージへと視線を向けたまま口を開く。



「……舞台裏に行くのは止めておけ」


「それはどういう……」


 私がそう問いかけた途端、テント内の照明が落ちて辺りが真っ暗になる。開演のブザーが鳴り響き、そのステージの中央がライトで照らしだされた。



「ようこそおいで下さいました。我がアネモスの舞台へ。私(わたくし)、団長を務めますクラウンと申します。今宵は皆様に素晴らしき夢の世界をお見せ致しましょう!」


 団長服に身を包み、その灰色の鱗と道化師のようなペイントを施したその男性は、確かに先日出会ったあの彼だった。サングラスで隠れていたその瞳は、まるで闇のように真っ黒で、だがその衣装やこの舞台と相まってなかなかに舞台映のする容姿となっていた。


 そしてなんと言ってもやはり、出会った時と全く違うのはその性格だろう。あの時の彼は人目を恐れ隠れるような仕草が多かったが、今の彼はそれこそ舞台の上だからか、その堂々とした様子は本当に本人なのだろうかと思うほどだった。



「……なるほど、あの容姿、確かに彼がそうなんだろうな」


 何故か、隣でその姿を眺めていたリアンがふとそう呟いた。そういえば彼は仕事で来ていると言っていたが、一体どんな仕事なのだろうか。だが開演したばかりで声をかける訳にもいかない私は、突然の花火の音にまたステージへと目線を移す。




「……流石と言うべきか。彼らも……人間ではないんだろうな」


 私は彼らの圧倒的なパフォーマンスに目を奪われた。それもそのはずで、本当に人間業ではないその演目の数々に、私はそう無意識に呟く。これは確かにチケットが直ぐに売り切れるはずだった。


 そんな目を見張る演目が続く中、ふと隣に目線を移すと、そこに座っている彼はその表情を変えることなく、気付けば膝に置かれた資料にペンを走らせていた。暗くてよく見えないその資料には、何やら顔写真が張られていて、きっと何かの名簿なのだということが分かる。



「……そういえば、何故ケニスには何も言わなかったんでしょうか」


 私はふと、港町での旅行のことについて思い出して、そう無意識に呟いた。彼はペンを動かしている手を止めこちらを見てくる。だがその視線を直ぐに逸らして小さく呟いた。



「それは、君があまりにも……放っておくと危険な目に遭いそうだからなど……」


 だがそんな彼の言葉は、ステージから響いてくる爆音にかき消される。私が首を傾げていると、軽く睨むようにこちらを見て、彼は小さくため息をついた。



「君が居ることを知ったら、あいつは妙に勘繰りそうだからな。言わない方が面倒がないと思っただけだ」


「そう、でしたか……あの、私はもしかして……殿下に何か不快な思いをさせてしまったのでしょうか?」


「なに?」


 私はここ数日、彼に避けられているような気がしていた。そもそも私のこの呪いに関する進捗を見るために研究室に来ているらしい彼は、それでも私がいる時間帯を尽(ことごと)く避けて、資料だけが机に置かれていることが多々あった。そして何よりも、港町でのケニスのあの言葉。



「最近、私を避けているようでしたから。それと……ケニスが、あまり貴方に会わない方がいいかも知れないと、そう言っていたので」


「それは……あいつ、君にも言っていたのか……理由は聞いたのか?」


「いえ、それについては何も……」


 彼は考え込むようようにして、今日何度目かのため息をついた。そしてこちらを見て、諦めたように口を開く。



「別に、君が悪い訳では無い。私の個人的な事情のせいだ……だが、そのせいで君を避けていることは確かだ。それは詫びよう……だが暫くは、理解して欲しい」


 個人的な事情で私を避けるとは、一体どういうことだろう。だが彼が意味もなくそんなことをするはずがないと、疑問は拭えないままに彼へと言葉を返す。



「……分かりました、事情についても無理に聞こうとは思いません。その、私は嫌われているわけでは……ないんでしょうか?」


 流石に、上司であり王家の人間に嫌われるのは、些か胃が痛くなりそうだ。せめてそれだけでも聞いておきたいと私は彼に問いかける。私の罰の悪そうな表情に、彼はすこし呆気に取られたらしい。そして呆れたように私を見る。



「嫌ってなどいない……むしろ逆だから困っているんだが……」


「それは結局困らせてしまっているのでは……?」


「君は……はぁ、いやいい。いずれ解決する問題だ、その時には避けることも無くなる。君は何も気にしなくていい」


 嫌いじゃないと困ることなどあるのだろうか。だがいずれ解決するというのだから、私はあまり気にしないことにしようと思った。だがそれでも、やはり私が原因で困っていることがあるのなら、なるべく人間の身である彼に無理はさせたくないと言うのも本音だった。



「私に出来ることがあれば言ってください。善処しますので」


「……あぁ、わかった」


 そのまま私達はステージへと目を向け直した。今はマジックショーの最中のようで、その仕掛けを考えながら私は演目へと意識を集中した。







 無事公演が終わり、私達はテントの外へと出ていた。相変わらず賑やかなそこで、私は素直に感嘆の言葉を口にした。



「凄かったですね……サーカスなんて、子供の頃見たきりでしたが。この歳になっても中々楽しめました」


「……そうか、君が楽しめたのならそれでいい。私は連絡をしてくる……少し、気を付けておけ」


 何を気をつければいいんだろうかと、私が問いかけるより先に彼は喧騒から少し離れた場所へと歩いていった。こういう時は待っていた方がいいのかと悩んでいるその時、ふとある人物に話しかけられた。



「イヴさん、来てくださったのですね」


「クラウンさん、お疲れ様です。……こんな所にいて大丈夫なんですか? 公演も終わったばかりで、団長の貴方は目立つでしょうに」


 突然に広場に現れたその姿に、先程まで上演を見ていた観客達が沸き立った。そんな観衆にクラウンは笑顔でお辞儀をすると、女性達の黄色い歓声が上がる。



「……こ(・)こ(・)で(・)は(・)こうなんです。……私の姿に怯える者は誰もいませんから」


 彼は笑顔を崩さないままで、それでも少し寂しそうな表情になる。彼はこちらに丁寧に向き直ると、その手を差し出してきた。



「……チケットはお持ちでしょうかお客様? 我がサーカスの秘密を知る為のその証を、どうぞ確認させて下さい」


 そんな演技じみた大袈裟な彼の言葉に、私はつられてチケットを差出した。それを手に取って確認すると、彼は嬉しそうに笑ってその手で後ろを指し示した。



「確かに。我が団員に案内させますので、どうぞお楽しみください……私も後からご挨拶に向かいます」


 彼の指した先には、一人のキャストが案内をするように立っている。私はそのまま後に続いた。つい流されて舞台裏へと足を向けることになったが、ふとリアンに言われた言葉を思い出した。



「舞台裏に行くのはやめておけ、か……今更断る訳にも行かないしな……」




 並大抵の事では危険な目にも遭わないだろうし、少し見ていくだけだと私は諦めてキャストの後を追った。公演用のテントの横を通り抜け、少しずつ喧騒から離れていく中で、私はふとその視線を感じた。だがこの人混みの中、その主も分からないまま。私はそのサーカスの舞台裏へと足を踏み入れたのだった。

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