風変わりな道化師(3)
「それって……どう考えてもほの字ですよ!」
研究所に戻ってきて、今日起きたことを話していた私はバートンにそう詰め寄られていた。
「……ほの字、ってなんだ?」
「知らないんですかハーヴァーさん! つまりはですね……その人、絶っ対気があると思うんですよ、貴女に!」
有鱗種の話をした時の彼女もとても元気が良かったが、それと同じくらい楽しそうにそう語る彼女に私は呆気に取られる。
「まさか……出会ったばかりだぞ? チケットだってお礼としてくれただけだろう」
「そんなことありません! だって、その容姿で苦労してきた人が、それを全く気にするどころか幸せを願ってくれる美人の女性とそんな運命的な出会いを果たしたらもう、好きになっちゃいますって!」
そんな彼女の勢いに気圧される私に、流石に止めに入ってきたテオドールまでもが、私が持っているチケットを見て会話に混ざってくる。
「あぁ、そのチケット。凄いですね、もう売り切れてしまって手に入らないのだそうですよ。その圧倒的なパフォーマンスと奇抜な衣装で有名なんだそうです。ですが、そうでしたか……奇抜な衣装、そもそも種族の容姿の事なんでしょうね」
彼は少し悲しそうな表情でそう呟いた。その言葉通りその奇抜な衣装というのは、装飾などではなくその見た目の事を言っているのかも知れないと少し複雑な気分になる。
「ですが、そういった観点からでも彼らが人間に受け入れられるようになって行ければ、ある意味悪い事ではないかも知れませんね」
「物は考えようですかねぇ……その秘密が知られれば、きっと見世物小屋のように捉える人も少なからず出てくるでしょう。だからこそ、サーカスという形で地域を転々としているのかも知れませんね」
彼の言うことは確かに正しかった。今では人間に受け入れられ、同じように生活している種族も少しずつ増えてきたが、それでもまだその容姿の違いによる差別などが無くなる訳では無い。それこそ、今日出会ったあの彼のように。
「とにかく、今は仕事ですよ。データのまとめと海成種の魔道具サンプルの詳細を詰めなくては。バートンさんも仕事に戻ってくださいね」
テオドールの言葉に、私達の話を聞いていた三人は一斉に仕事へと戻る。私も思考を切り替えて、今出来ることをするしかないと作業を再開した。
「それって、アネモスサーカス団ですよね? 今有名なんですよ。各地を回っていて公演を行っていて、その噂が広がって。ここでもチケットは完売しちゃってて……私も見に行きたかったんですが……同僚が記事を書きたいからと何とか一枚だけ手に入れてました」
「そういえば、室長もそんなことを言ってたな。そんなに有名なのか……何でそんなサーカス団の団長があんな場所にいたんだ?」
仕事が終わり、珍しく時間の合ったエルフィムとアンブローズと共に、私達は三人で夕食を取っていた。今日起きた事をチケットを見せながら説明すると、真っ先にエルフィムがそう説明してくれたのだ。
「先生……そのサーカス、やっぱり見に行く……んだよね?」
「そうだな、せっかくだし。そこまでチケットが手に入らないなら見に行かないのも勿体ないだろう」
確か公演は夜にも行われているらしい。仕事の帰りでも大丈夫だろうと、週末にでも行ってみようかと思っていた所だった。何でもイベント用の広場に大きなテントが張られていて、その姿だけでも今話題になっているようだ。
「当日券ってありましたよね、私も、でも週末は予定が……うーん……」
「俺も行きたいけど……多分研究で忙しい時期だから、駄目そうかなぁ……」
「書類仕事以外なんて久々じゃないか? 良かったな」
ここ数週間ほど、彼は基本書類仕事ばかりをしていたようだが、本来研究が本職の彼はようやくその手の仕事に手をつけられるらしい。
「まぁ、色々とあってね……俺個人に来た依頼……というか。今朝提出した案を元に、週末までには開発依頼が来るはずなんだ」
「そうか、なら一緒に観に行くのは流石に無理そうだな……二人には土産を買ってくるよ、港町でも買ってきたばかりだが……」
私がそう言うと、彼は複雑そうな表情になる。手元の珈琲をかき混ぜながら彼はその口を開いた。
「……その、気を付けてくれよ? その団長さん、聞いている分には少し……その、先生は自分で思っているより魅力的な人だから」
「なんだそれは……まるで彼女のような事を言うな」
「男の勘……って言うのは少し変かもしれないけど、何となく嫌な予感がするんだよなぁ……」
そんな彼の言葉に、デザートをつついていたエルフィムも悩んだような表情になる。そしてそれを一口私に差し出してきて、私が素直に受け取って食べていると、彼女は少し頬を膨らませて首を傾げた。
「最近、先生は特に事件に巻き込まれやすい気がするんです。こう、私も記者の勘が……一人にしていいものかと不安に」
「何でサーカスを観に行くだけでそこまで不安がられるんだ……? 大丈夫だ、もし何かあってもお前達には予定を伝えているからな。私もそうそう死にはしないさ」
私の言葉に、二人とも心配そうにこちらを見てくる。やはりというか、あまりにも過保護な気がする。私はつい目を逸らして、少しむっとしながら呟いた。
「まるで私の保護者みたいだな……私の方が歳上なのに……」
「先生が珍しく拗ねてる……先生はほら、あまり人と関わってこなかったから。なんならまだ少し人の感情に疎いところもあるし……」
お前の気持ちには気付けたのに、と私は思いながらも、ある意味彼は分かりやすかったと言えなくもないため少し自信が無くなってくる。
「とにかく、週末サーカスは見に行くからな。もし何かあっても、お前たちがいるから大丈夫だろう」
私の言葉に、二人は困ったように笑って頷く。何故週末の予定だけでここまで言われるのだろうと、今更ながら疑問に思いながらも、その日はそのまま解散となった。
そして仕事終わりの週末。私は家には帰らずにそのままイベント用の広場へと向かった。街路樹と街灯が並ぶ大きな通りは、日が落ちて尚多くの人々が歩いている。それもそのはずで、その道の先には大きく煌びやかなサーカス用のテントが張られていた。
まるで昼間のように明るいそこでは、客引きの団員達がそれぞれ芸を披露している。小さなテントでは綺麗に着飾った女性が子供にお菓子を手渡していた。公演を観れずとも随分楽しめそうだと、サーカス団が移動する前に二人を誘って遊びに来るのもいいかも知れないと私は思う。
「老若男女、紳士淑女の皆様! アネモスサーカス団本日夜の部が開場致します! チケットをお持ちの方はキャストの指示に従ってご入場ください!」
そんなアナウンスが流れる中、私はふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。絶対にプライベートではこういった場所に来ないだろう彼は、変装も兼ねているのか見慣れない眼鏡を掛けていた。喧騒を鬱陶しそうに眺めている彼に、私は声をかける。
「お疲れ様です、貴方もサーカスを観に来られたんですか?」
「……何故君がここにいるんだ、今日は週末だろう。帰って休まなくてもいいのか?」
あからさまに不機嫌そうな表情でそういう彼――リアンは、それでも部下を思いやる言葉を口にした。どう考えても好きでここに来た訳ではないのだろうことがその様子から伺える。
「私は、ご存知の通り疲れ知らずですから。実はチケットを頂いて、せっかくだからと仕事帰りに観に来たんです」
私はバッグからチケットを取り出しながら、彼と共に入場口へと歩いていく。やはり彼も公演を観るらしく、キャストに案内されながら私達はテントの中へと入っていった。




