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【閑話】所長と特別顧問

「これを。貴方に渡された資料を元に、幾つか案を出しました。予算的にも可能なものを選んだので、まだ未出の物もありますが」


 随分と朝早くに来た彼に、俺は複数の資料を渡す。それを一枚ずつ確認しながら、彼はその口を開いた。



「予算はいい。いつまた彼女が現れるか分かったものでは無いからな。グレイの警備は強化しているが、アクロイドのようなことがいつ起きてもおかしくない状況だ。案は全て出してくれ。私が確認し次第開発に移ってもらう」


 彼は随分と焦っているようだった。それもそうだろう。彼の兄の連れがまだ逃亡中のままだからだ。俺も見ていたから分かるが、彼女のような人物を野放しにしておくのは危険すぎるだろう。せめてグレイが連れ出されないように。すぐにでも対策を立てておきたいのは理解出来る。



「例の探偵さんには協力してもらうことが大前提となります。その件に関しては、貴方の采配で研究員を選んで下されば」


「それはあの部署に任せれば……いや、考えておく。……それにしても君は、この全ての案をこの一週間で打ち出したのか。……少し休むべきだろう、休暇を取らせようか」


「いえ、問題ありません。適度に休息は取っていますから……殿下こそ、どうかご自愛ください。まだその他の引き継ぎも終わっていないのでしょう?」


「それは……今は仕方ない。どうせ春になれば人員も増える。それまでは何とかするさ」


 いつも通り、完璧に仕事をこなす彼はそれでも、以前の倍以上の仕事を請け負っていたはずだった。グレイが手をつけていた仕事の内容を知っている人間は少なく、他の管理の人間に引き継ぎをするのも一苦労だろう。それなのに、それを一人で全てこなしているのだと言うものだから、彼のその能力は計り知れないものだった。



「……君に心配されることなど何も無い。どの道今の私の仕事も、いずれ君に引き継いでもらうつもりだからな。上の人間も仕事が増えるだろう、その点は理解していてくれ」


「それは勿論です。貴方の時間さえ合えばいつでも。資料など送ってくだされば、全て把握しておきますので、どうか一人で無理しないでください」


「あぁ……君も、少しは休みを取れ。彼女を悲しませたくないだろう?」


 彼にそんなことを言われるとは。確かに彼女の前で眠ってしまったことも含めて、彼の言うことは正しかった。だからこそ余計に、この人のことは好きになれないなと思う。



「……善処します」


「あぁ……私事なんだが、君のその机の上の物は、その彼女から貰ったのか」


 あまりにも突然のその言葉に、俺は呆気に取られた。確かに、先生から貰った砂時計や本、栞など。せっかくだからここに飾っておこうと机の上に置いていたままだった。



「これは……そうですね。お土産だといってくれたものです。随分と多かったので、少し不思議に思っていたのですが……」


「……なるほどな、そのネックレスもそうか。上手くやっているようだな、君たちは」


 彼は笑って首を指さす仕草をする。俺は貰ったその日から、このネックレスを着けるようにしてきた。流石目敏(めざと)いというか、それが彼女からのプレゼントだということに気付いた彼は、からかうようにして言葉を続ける。



「実は私も先程土産を貰ってね。……君のように沢山の物ではなかったが」


「……何を貰ったんですか?」


 その小さい袋を彼はふと不思議そうに覗いた。きっと貰ったまま、帰ってから確認しようとしていたのだろう。だが、覗き込んだその表情が一瞬固まった。そして悩んだようにして口を開く。



「……これは、彼女らしいな。ペンにインク……それにペーパーウェイトか。……本当に、君は大事に思われているんだな」


 確かに、その物の選び方は先生らしかった。きっと普段から仕事ばかりしている彼に、一番邪魔にならず実用的なものとして選んだのだろうことが分かる。だが、何故か彼は複雑そうな表情のままだった。



「……気に入らなかったんですか?」


「いや……むしろその逆だ。これは、どうしたものかな。……あまり彼女には会わないようにと決めていたんだが」


 彼は小さくそう呟いた。会わないようにと決めていた、とはどういう意味だろう。何か先生に会いたくない理由があるのだろうか。そしてふと、彼からそのおかしな匂(・)い(・)がすることに気付いた。その瞳と同じ色の、まるで血のような。



「……殿下、目が」


「……? 私の目がどうかしたのか?」


 だが、気付けばその瞳の色は元の灰色に戻っている。気のせい、だったのだろうか。



「私はそろそろ戻る。今日から忙しくなるだろう、後は頼んだぞ」


「はい、分かりました」


 そうして彼はこの部屋を出ていった。俺も仕事に戻らなければ。他種族の住民資料が届いていたはずだった。早めにテオドールに届けに行こうと、俺は所長室を後にした。

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