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【閑話】お友達

連続で閑話になります。アンブローズ視点のお話です。

 年始だと言うのに研究所に入り浸っていた俺は、流石に一度は家に帰ろうと研究所を後にした。仕事自体は粗方片付けていたため、終業時間には出る事が出来る。ふと、今日の事を思い出して、俺は恥ずかしさに歪む顔を抑えながらため息をつく。



「……なんであの人は、俺なんかに」


 今日の先生は、いつもとだいぶ違っていたと思う。お土産だって、元々一つのものを確実に選んで買ってくるような人だった。それなのに、何故かあんなにも沢山の物を買ってきてくれた。


 何が欲しいか分からないなんていいながら、それでも確実に俺好みの物を選んでくるあたり彼女には本当に敵わないなと思う。そして、あのネックレスも。俺が以前彼女にプレゼントしたブローチに、そっくりだった。



「と言っても、先生は付けてくれてるのかな。あの人の事だから、落としたら怖いって飾ったままにしてそうなんだけど」


 以前彼女のベッドを借りた時、寝室の戸棚の上にあのブローチが飾られているのを俺は確かに見た。仕舞ったままではなく、大事そうに飾られていたことがとても嬉しかった記憶がある。なんだかんだあの人は、生徒である俺の事を大事に思ってくれているようだった。


 そして、彼女から貰ったネックレスを、俺は直接かけてもらった。一体どんな思いで、これを選んでくれたんだろうか。そんなあの人に、俺は罪悪感で胸がチクチクと刺されるような感覚になった。そして、彼女のその手に触れたまま俺は気付けば眠り込んでしまっていたのだ。



 もう何週間経っただろうか。この身体はなかなか便利で、食べることも、寝る必要も無くなっていた。その為あの日から、俺は一度も寝ていない。だからこそ、今回眠ってしまったことに自分でも驚いてしまった。きっと、あの人が傍にいてくれたからか、安心してしまったのだろう。



「それでも膝枕だなんて……心臓に悪い……あの人はどうしてそんなことをしてくれたんだ……」


 首を痛めたら悪いと彼女は言っていた。それでも、その後の言葉がどうしても引っかかったままだった。――私がしたかっただけとは、どう言う意味だったんだろうか。彼女はあの後逃げるように出ていってしまったが、その真意は分からないままだった。



「でも、あの人の事だからなぁ……疲れた生徒の為に、とかでもおかしくないし……」


 本当は、肉体は全く疲れてなどいないのだが。彼女にとってあれは、きっと善意からの行動なのだろう。あの人は基本的に、素直な人だ。きっと深い意味は無いはずだと、俺は少し期待しすぎてしまう気持ちを抑えた。いずれ、彼女は不死では無くなるのだろう。なら、今の俺がその想いに応えてもらう資格など、もうない。



 姿の変わらない彼女を見続けて、一人年老いて死んでいくかもしれないことに耐えきれなくなった俺は、自分でその権利を投げ出したのだから。








「……あまり寄っていきたくないんだけど、仕方ないか」


 俺はふと、とある建物の前で足を止める。定期的に通っているそこは、こんな時期だと言うのにいつも通り開いていた。この国の前国王が随分と本が好きだったようで、その人の代から閉まっていることのないこの図書館に、俺は足を踏み入れた。




「……あら、貴方も来てくれたのね。今日は仕事はないの?」


「仕事はいつも通りですよ……たまには家に帰ろうかと。その様子だと、あの人も来たんですね。何かお土産でも貰ったんですか?」


 いつものその席で本を読んでいるその人は、何故か紅茶のカップを机に置いていた。きっと先生がお土産を持ってきたのだろう、その時一緒にお茶を飲んだのだと俺は思う。



「そうなの! 実はお菓子を持ってきてくれてね、今の人間の作る食べ物って美味しいのね……! ずっと図書館に篭ってないで、食べ歩きにでも行こうかしら?」


「そうですね……でも貴女の姿は目を引きますから、少し変化(へんげ)でもしたほうが良さそうです」


「あら、大丈夫よ。イヴも誘うから、あの子も可愛く気飾れば元は美人なんだし、私もそこまで目立たないと思うわ」


 そんなクラウディアの言葉に、俺は複雑な気分になる。あの人をあまり表に連れ出さないで欲しいなんて言ったら、きっと笑われるのだろう。言いかけた言葉を飲み込んで、俺は彼女の前の席へと座る。



「俺にも注いでくれませんか?」


「あら、貴方から頼み事なんて珍しいわね。はい、イヴの使ったカップ……勿論洗ったけれど」


「っ……なんてこと言うんですか、今日は随分と機嫌がいいみたいですね……」


 彼女のそんな冗談に、俺は咳き込んでしまう。普段、そこまで冗談を言うような人ではない為、今日はきっといいことがあったのだと予想する。



「そうねぇ? イヴがお菓子を持ってきてくれたのも嬉しかったんだけど、今日はもう一人お客さんが来たのよ。可愛い男の子だったわ」


「男の子? 貴女が人前に姿を出すなんて珍しいですね」


 俺の言葉に、彼女は先生に貰ったお菓子の包み紙で作った花をくるくると指で回しながら言葉を続けた。



「違うわ。知らない人間の子の前に出るつもりはないもの。イヴと一緒に来たのよ……アーサーって名前の男の子。貴方の所の子でしょ?」


「アーサー……アーサー・プライス君の事か。彼が先生と一緒に、ここに?」


「えぇ、なんでも調べ物があったらしいんだけど、結局私の話だけ聞いて帰っちゃったわ」


 なるほど、そういえば彼が休日でも研究所へとやってきているのを俺は何度か見ていた。その特殊な体質からか、なるべく起きているうちに勉強がしたいのだと、うちの研究所の資料室などをよく利用しに来ていた事を思い出す。



「なるほど、研究所でばったりと先生に会って、一緒に図書館に来たのか……なんで貴女と話すような事になったんですか……」


 俺の質問に、彼女は少しそっぽを向きながら答えて来る。



「……イヴが来てくれたのが嬉しくて。つい、彼の前で変化しちゃって。でも全然驚いてなかったわ、肝が座ってるのね、あの子」


 あっけらかんとした様子で笑う彼女に、俺は小さくため息を着く。確かに彼は、その手の専門の部署に所属しているが、普通の人間の前でやったら大騒ぎになるだろう。変化などという術は、それこそ御伽噺のような魔術なのだ。当たり前のようにやってのける彼女こそ、普通とは違っているのだと。少しは自重して欲しい所だった。



「あぁ、それでね。あの子、私の話に興味を持ったみたいで。また来てくれるって言ってたわ……お友達になれるかしら?」


「……貴女の言うお友達が、俺と同じ意味だったら。それだけは許せません。彼には、手を出さないで下さいね……俺も先生もいるんだから、少し我慢してください」


 俺の言葉に、彼女は少し怒ったように頬を膨らませる。そしてそっぽを向いたままその口を開いた。



「あの子は耐性がなかったから、そもそも無理よ。それにイヴにも止められたからね、無駄死にするだけだからもう教えないようにって……あの子は人間のお友達よ、居たことないから分からないけど」


 その言葉に、俺は違和感を覚えた。彼女は先生に止められたと言ったが、つまりその術を、クラウディアは彼女たちに教えたのでは無いのだろうか。



「あの二人に、術を教えたんですか……?」


「えっ、あ、貴方のことは言ってないから大丈夫よ? その、私の種族のことを聞かれちゃった、というか、言っちゃったというか……それで。でも方法だけ分かっても、どうにも出来ないわ。人間では無理だもの」



 私みたいに、協力してくれる相手が居なくちゃね。



 彼女はそう言って、誤魔化すように本で顔を隠す。この様子だといつ口を滑らせてしまうか不安になってきた。せめて、俺はもう少しだけ先生の傍にいたかった。だからこそ、まだ知られる訳にはいかない。



「……本当に、気を付けてくださいね。ばれたらどうせ俺はここから出ていくんですから……貴女だって、あの人に嫌われるのは嫌でしょう?」


「そ、それは嫌ね……せっかく貴方ともお(・)友(・)達(・)になれたのに。その、魔術の話はもうしない事にするわ」


「是非そうして下さい……でも、アーサー君も聞いてしまったのか……彼は少し、心配だな」


 彼がこの研究所に入ってくる時、確かに俺は彼の自己紹介と、その名簿を確認した。中々に波乱万丈な人生を送ってきたようだったが、特にその能力の高さには驚いた記憶がある。過去にも何度かこの研究所には、国立大学の首席卒業生が入ってきたことはあった。彼もその一人で、少し人間関係での難点があること以外は全てが天才的と言えるだろう。



「……そんなに凄い子だったのね? 私が名前を出さなくても、貴方が私の知り合いだって直ぐに見抜いたから……聡い子なんだとは気付いてたけど」


「早速ばれてるじゃないですか……あとは確か、一度記憶したものは絶対に忘れないとか。その情報を上手く引き出せるかはまた別ですが……今までどの試験も満点以外取ったことがないらしくて、流石に最初は驚いた記憶が……本当に、下手なことは言ってないですよね?」


「…………大丈夫よ」


 なかなか不安になる間があった。とにかく、直接的な事を言っていなければ、明確な情報がない限り下手なことを言う子ではないだろう。それに、あの子は聡い子だ。クラウディアに直接聞くような怖い事はしないだろうし、何かに勘づいてもきっと事実が分からない限りその不安を言いふらす子ではない。



「……いざとなったら俺が何とかしますよ。でも、きっと大丈夫でしょう……あぁ、少し話し過ぎましたね。俺もそろそろ帰らないと、研究所を出た意味がなくなってしまう」


 気付けば、夕食の時間などとっくに過ぎかけていた。俺は急いで荷物をまとめると、その席を立つ。そして思い出したように彼女に振り返って、それを渡した。



「貰い物ですが、随分と名残惜しそうでしたから。お茶と一緒に良ければ」


 俺はエルフィムに貰ったお土産のお菓子の半分を彼女に渡した。流石に一人で食べるには多いし甘いしで、それでも俺なんかに買ってきてくれた彼女にも悪い為、なんとか半分は自分で食べたものだった。個包装になっているそれをクラウディアは受け取ると、何故かキリッとした表情になってこちらを向いてくる。



「……お菓子ね!」


「そうですよ……次来る時からは何か買ってきましょうか」



 俺がそう言うと、彼女は目を輝かせた。魔女を手懐けるには甘いものがいいのかもしれない。今度先生にも教えてあげようと思いながら、俺は図書館を後にした。

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