不死の代償(4)
「……ハーヴァーさん」
「どうした?」
私の隣を歩いているアーサーは、ふとその口を開いた。ほんの少し俯き気味の彼は、何か考えるように話し始める。
「クラウディアさんとは、いつ知り合ったんでしょうか?」
「あぁ……彼女とは、一、二ヶ月程前に会ったんだ。図書館で息抜きしようとした時に話しかけられたんだよ」
「その時はアンブローズさんも一緒だったんですか?」
彼の質問の真意がよく分からないまま、当時の事件のことは伏せつつ彼に説明をする。そのまま考え込むようにしてから、再度その口を開いた。
「……ハーヴァーさんは、アンブローズさんの先生、だったんですよね。やっぱり、長い付き合いなんでしょうか」
「そうだな……? 私がここに来てから、十年近くになるはずだ。勉強を教えていたのは二年ほどだから、かなり長い方じゃないかな」
「そう……ですか。うーん……」
彼はまた考え込むように俯いた。流石に歩きながら俯くのは危ないと、私は道路側へと移動する。そのまま苦い表情になる彼を不思議に思いながら、気付けば彼との分かれ道まで辿り着いた。
「……あの子、竜種……最近っていうのは……それにほぼ全員って言ってたのはやっぱり……まさか、うーん……」
「プライス君? 危ないぞ、そのままじゃ車道に……」
考え込んだままフラフラと車道に入りそうになる彼の腕を私は掴んだ。そのまま立ち止まった彼は、こちらを振り返ると、その表情を歪ませたまま口を開く。
「……その、ハーヴァーさんは……いえ。まだ、分からない……すみません、止めて下さってありがとうございます。考え始めると、いつもこうで……普段は絶対考え事をしないように気をつけているのですが」
「……送ろうか? 何やらずっと考え込んでいたみたいだから。このままじゃ危ないだろう」
「大丈夫です、ご心配をおかけしてすみません。ここから近いので……」
そういって軽く笑う彼は、それでもまだ何かを考え込んでいるようだった。彼女のあの術の話に、何か思うところがあったのだろうか。流石にこのまま返すにも不安が多かった。
「もし時間があるようなら、少し話を聞かせてくれないか? 流石に外じゃ寒いだろうから、どこか喫茶店にでも入って……本当は、なるべく彼女には合わせたくなかったんだ。もし、何か思うところがあるなら聞かせて欲しい」
私がそう言うと、彼は驚いた表情になる。そしてさっきとは違う難しそうな表情になって口を開いた。
「ええっと、いいのかなぁ……僕なんかが……後から何か言われたり……」
「プライス君……?」
「あっ、いえ! はい、お話しましょう。その……出来ればこのことは誰にも言わないでくれると……」
よく分からないまま私はそれに頷いた。さっきよりも若干ふらふらしている彼を不安に思いながら、私たちは近くの喫茶店へと入る。彼が指定した一番奥の席に座って、ついでに夕食を取ろうと軽食を注文する。
「……えっと、クラウディアさんに会わせたくなかった理由って、具体的にどんなものなんでしょうか?」
ちびちびと水を飲みながら、私よりも先に質問してくる彼に、 私はその理由を口にする。
「彼女は……一応魔女だからな。その精神性の根本は、やはり人間とは違う。それでも特に問題がなければ、友人たり得ると思うんだが……」
それでも、今日聞いたような魔術や過去の会話で感じたその不安定さは、少なからず彼女と関わる時には念頭に置いておきたいものだった。だが、術を教えた相手への危険性の説明など、やはり良心的な所も見受けられるからこそ、私は彼女との関わりをやめなくても良いだろうと思っていたのも事実だ。
「だが……やはり人間が関わるには危険な相手だと思うよ。それがどれだけ恐ろしい術だと分かっていても、聞かれたのなら教えてしまうその危うさも。だからこそ、なるべく会わせたくないと思ってたんだ」
私の説明を聞いていた彼は、情報を咀嚼するように何度も小さく頷いた。そしてふと何かを思い出したかのように、その顔を上げて新しい質問をしてくる。
「そう……ですか。そういえば、クラウディアさんに会うのはいつぶりだったんですか?」
「ん? そうだな……私が研究所に入る一週間前だったかな……? 少し聞きたい話があって、会いに行ったのが最後だったよ」
その言葉に、彼は目を見開いた。そして何度目だろうか、考え込むように俯いてから、何か確信を得たように顔を上げる。
「……あっ! すみません、僕またやってしまったみたいで……質問ばかりしてしまって……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。質問には慣れているからな。君の悩んでいることが少しでも解決しそうなら、いくらでも答えるよ」
私は既に届いていた食事を指して、そろそろ食べようと彼に言った。するとまた慌てたように謝りながら食事に手を付け始める。やはり放っておけないその様子は、まだ子供らしいなと微笑ましく思う。
「……すみません、昔からこうなんです。一度気になったことがあると、納得するまで考え込んでしまって。質問のしすぎで嫌がられることもあったので……本当にすみません」
「それは……歩きながらは確かに危ないと思うが。私も嫌とは思わないし、これから考える事を少しづつ選択していけるようになるよ。それまでは、研究所にいる大人達にも頼っていくといい。私でよければ、一緒に考えることくらい出来る……君が言ってくれたようにね」
見舞いに来てくれた時の彼も、私にそう言ってくれていた。だからこそ、同じ研究所の、これから私が大切にしていかなければならない仲間として。そして後輩としても、助けていきたいと私は思っていた。
「……はい。これからは是非、そうさせてください。その……まだ、あまり正確な情報じゃないので、もう少し確信が持ててからでないと、このお話は出来ないので……でも、少しすっきりしました、ありがとうございます」
「そうか、私も何か手伝えるような事があれば言ってくれ。……歩きながらの考え事は本当に気をつけるようにな」
結局彼を家まで送った私は、その後帰路についた。彼が考えていた事が何なのかを、私も考え始める。きっと、クラウディアの言っていたあの術のことなのだろうが。どの辺に彼は興味を抱いたのだろう。
「……最近、竜種を見にいったと言っていたな。なんのために……? 本ばかりを読んでいると言っていたはずだが……」
それに、楽に討伐出来るとも言っていた。彼女は最近、その龍種を討伐するために見に行ったのではないだろうか。つまり、最近あの術を誰かに教えたのだと。アーサーはそう思ったのではないだろうか。
「確かに、そう考えると気になってくるな。……きっともう遅いんだろうが、辞めるようにと釘を刺しておいて良かった」
その術を聞いてきた人間は、もう死んでしまっている可能性が高い。変化の途中でさえ、身体が崩壊と再生を繰り返すという。もし成功していたとしても、その精神は持つのだろうか。
「……この情報だけでは、分からないことが多いな。だからこそ、あの子も不確定なことは言いたくなかったんだろう」
そこまで考えて。私は何か引っ掛かりを覚える。だが、今日聞いた話はあまりにも突拍子がなく、その情報量も多い。帰ってからゆっくり紙に記してみようか。そんなことを考えながら、私は家へと辿り着いた。
結局、その術の方法などを書き記して見たが、分かることといえば彼女が手伝わなければ人間には不可能な術だろう事くらいだった。そのため彼女に直接聞いてみない限り、その明確な事実は知りえないだろう。
そしてその日は大人しく眠りにつくことにする。何故か拭えないその不安を抱いたまま、私はゆっくりと目を閉じた。




