不死の代償(1)
「まさか、お土産を渡すためだけにここに来たのかい? 先生」
「……あぁ。差し入れのつもりでもあったんだが、駄目だったか?」
旅行から帰ってきた翌日、私は大事な生徒の様子を見に研究所へとやってきていた。まだ仕事自体は休みだが、それでも所長や管理職の人間は出てきている。エルフィムにも彼へとお土産を渡すよう頼まれ、二つの土産を手に、今は所長室でアンブローズとそんな会話をしていた。
「駄目ではないけど……折角の休日なんだ。もう少しゆっくりしていればいいのに。船でも色々とあっただろう? テオドールから話は聞いてるよ」
「あぁ、だがあれは結果的に良かったと思うよ。彼らのあの技術も、きっと調べれば色々なことに応用出来るだろう……楽しみだな」
古代の、それも海で生きるための技術。それは研究者としての血が騒がないはずがなかった。いずれ私の所属する部署に回されてくるだろうと私が楽しそうにしていると、彼は困ったように微笑んだ。
「貴女が楽しそうで何よりだよ。……それにしても、第一王女様か。妙に王家との縁があるね、先生は」
「そうだな……いい子だったよ。若い人は見ていて微笑ましい、随分と可愛らしい人だった」
私の返事を聞きながら、ふとエルフィムからの土産の包装紙の隙間に挟まっていた一枚の写真を見つけた彼は、ぽかんとした表情になる。
「これは……あぁ、なるほど。エルフィムが自慢したかったんだろうな。この服、似合ってるね先生」
そう言いながら、彼はこちらへとその写真を見せてくる。そこにはパーティ会場での、私とエルフィムの二人が写っていた。
「それか、実はフィーと一緒に踊ったんだ。なかなか教えがいがあるな、あの子も」
「えっ、踊った……!? というより、エルフィムに踊りを教えたのかい……? 先生無意識にスパルタだから……」
なんだか余計な心配をされているようだが、別にそこまで酷い教え方はしたつもりはない。少しだけむっとした私に、彼は呆れたように笑った。
「昔から、実はかなり厳しかったんだよ……だからこそ、俺も勉強が身についたんだろうけど。……そういえば、先生はドレスを着なかったんだね、少し安心した」
「……? なんだ、私がドレスを着たらおかしいのか?」
「むしろ逆だよ。先生は普段こそ少し男っぽい振る舞いが多いけど……綺麗な人だから。ドレスなんか着たら、変な虫が付きかねないだろう? ……もしそういう服を着るなら、俺の前だけにしてくれると嬉しいな」
恥ずかしげもなくそう言う彼の言葉に、流石の私も少し恥ずかしくなってしまう。本当に、彼は容赦が無くなったというか、躊躇いがなくなったというか。その言動はなかなか心臓に悪い。
「お前はすぐそういうことを……本当に、前より素直に物を言うようになった……」
「先生こそ、なんだか少し変わったみたいだ。凄くいい事だと思うんだけど……例えばこれも。どうしたんだい? こんな量……」
そう呟く彼の手元には、私が渡した紙袋から取り出された様々な土産が積まれていた。
「……それは、その。土産はフィーも買っていたからな。だから、食べ物以外を渡そうと思って」
「それで、こんなに沢山?」
「お前が、何が欲しいか分からなくてな……その、考えているうちに……増えていってしまって」
食べ物の好みなどは分かっているつもりだったが、ふとそれ以外を買っていこうと思うと何を選んでいいのかが分からなくなってしまった。彼はあまり物を持たない為、そういった趣味がいまだによく分からない。
「それでこんな……これは、本? 栞と、砂時計まで。これは綺麗だね」
そう言いながら、彼は少しずつその中身を確認していく。そしてその最後の小箱を手に取った時、私はつい焦ったように口を開いてしまう。
「それは……」
「うん? これは……ええっと、開けてもいいかな?」
その小箱は。流石の私も随分とらしくないことをしたと思った。だが、見つけた時にはつい手に取ってしまっていた。そんな彼の問いかけに、私は目を逸らしつつ頷く。
不思議そうにその箱を開けた彼は、その中身を見て驚いた表情をした。そのまま少し恥ずかしそうに口元を手で覆い隠しながら言葉を続けた。
「先生、これ……本当に俺宛?」
「……あぁ、お前は、その。あまり付けないことは知っていたが……一番、邪魔にならないかと」
すると彼は、少し考えこむ仕草をしたと思うとこちらに来るよう手招きをした。私はよく分からないまま彼の机の前まで向かう。だが彼はそっちじゃなくて、と自分の後ろに来るように言ってくる。
「……なんだ?」
「せっかくだから、先生にお願いしようかと。付けて貰えるかな?」
後ろに立つ私に、彼は顔を向けてそれを渡してくる。それを受け取って、私は少し躊躇いながらも彼の首にそれを掛けた。
「すぐに付けるなんて……」
「せっかくの先生からのプレゼントなんだ。貴女の色を俺にくれるなんて……他の人には渡さないでくれよ?」
彼はそう言いながら、そのシルバーのネックレスの先にある小さな宝石を手に取って微笑んだ。そんな彼の言葉に、私は無意識にその色を選んでいたことに気付く。
「それは、気付けば手に取っていて……そうか。私の色、なのか……お前がくれたブローチとよく似ていると、そう思って」
「無意識だったのか、俺はてっきり……いや。逆にこれは喜んでいい事かもしれないな……?」
後ろに立つ私に、椅子を回して振り返ってくる彼は、もうやることのなくなった私の手を取る。そして少しだけ、悲しそうに微笑みかけてきた。急なその行動に、私は少し反応が遅れてしまった。そのまま彼は私の方にもたれかかるようにして小さく呟いた。
「…………ごめんね、先生。俺は、貴方の良い生徒では……いられなくなってしまった」
「アンブローズ……?」
彼は、その体を私に預けてくる。声をかけても反応のないその肩を軽く抑えてその様子を確認すると、気付けば彼は小さく寝息を立てていた。随分と無理をしてきたのか、まるで子供のように突然眠ってしまったその様子に、私は小さくため息をつく。
「やはり、無理していたんだな……少しだけ、寝かせてやるか」
私は何とか彼をソファへと連れていき、そのまま横に寝かせた。そして少しだけ悩んだ末に、私はなかなかに恥ずかしいことをしてしまったと思う。
――膝の上に載せた彼の頭を、私は静かに撫でる。その綺麗な寝顔を眺め、聞こえていないだろう彼に小さく呟いた。
「私も、お前の傍に居たいと……そう、思ってるんだ。だからもう少しだけ、待っていてくれ……」
初めて出会った日から、と彼は言っていた。そんなに長い時間、私は待たせてしまっていたのだ。これ以上、彼を苦しませない為にも。その想いに応えたいと、そう思っていた。
私は彼を起こさないように、適当にバッグに入れていた本を読み始める。
小さく呻く彼の声に、私はふと本を読む手を止める。短時間の睡眠に慣れているのか、彼は二十分程度で目を覚ました。
「……あれ、まさか……今更寝てしまうなんて……先生?」
「……あぁ、おはようアンブローズ。まだ十数分程度しか経っていないが」
彼は少し寝惚けたようにこちらを見上げると、少し可笑しそうに笑う。
「……まだ夢を見てるみたいだ。先生が俺に笑って…………ちょっと待って、なんで俺先生の膝に」
今の状況に気付いたのか、彼は焦ったように起き上がった。その表情を恥ずかしそうに歪めながらこちらを見て口を開く。
「先生、これは。流石にわざとだよね……?」
「あ、あぁ。ソファでは首を痛めるかと思って……よく眠れたか?」
「それは……そもそも寝るなんて。いや、うん……おかげでよく……眠れたけど……」
彼は溜息をつくと、ソファへともたれかかった。そしてふと気付いたように、焦った様子でこちらに問いかけてくる。
「他の人に、こんなことしたりは……してないよね?」
「そうだな。お前と、あとはフィーだけだよ」
彼はほっとしたように息をつくと、だがまたすぐにその表情を変えた。困惑したような様子で、首を傾げてくる。
「先生……その、どうかしたのかい? 普段は、こんなことしないよね。俺、そんなに疲れてるように見えた?」
「疲れているようには見えたな。最近無理しているだろう? それと、あとは……私がしたかっただけだ」
私の言葉に目を見開いた彼から逃げるように立ち上がると、その頭を軽く撫でてから私は部屋を後にしようとする。
「実はまだ予定があるんだ。土産を渡したい相手もいる。適度に休めよアンブローズ」
「せ、先生、今のってどういう……」
「そのままの意味だよ。……また三日後にな」
私はそのまま所長室を後にした。流石に、少しやりすぎただろうか。彼の顔をまともに見ないまま出てきてしまった。慣れないことは一度にするべきではないなと、一人になった安心感にほっと息をついた。
だがそんな時、ふと廊下の角で見覚えのある顔とぶつかりそうになった。
「あ、あれ? 新年おめでとうございます。まだお休みだと思うのですが、ハーヴァーさんも研究所にご用事ですか?」
私と同じ部署に所属する青年――アーサー・プライスは、そう挨拶をしてきた。




