【閑話】王家の血
「兄さんただいま! お土産買ってきたよ!」
元気よく扉を開く彼女の後ろから、俺も続いてその執務室へと入っていく。
「……あぁ、おかえりノア。ケニスも、大変だったみたいだな」
執務机の資料を見つめていた顔を上げて、リアンがそう返事をする。彼は掛けていた眼鏡を取り外し、仕事をしていた手を止めた。
「どうにかなったし、結果的には大成功だったよ。はいこれ、お土産。……兄さん目は悪くなかったよね、仕事し過ぎで眼鏡になったの?」
「あぁ、ありがとう……最近目を酷使し過ぎてな。これは矯正用だ。正直視界が悪くなって邪魔なんだが」
それは我慢しなきゃ、とノアは彼へと笑いかける。そしてふと肩にかけたバッグの中から、一枚の写真を取り出した。
「それとこれも、お土産ね。よく撮れてるでしょ?」
それを受け取ったリアンは怪訝な表情になる。そして彼女を見上げると、少し首を傾げながらその口を開いた。
「これは……確かによく撮れているとは思うが。何故私に?」
「うん、だって折角大事な妹が旅行に行ったんだよ。楽しんできたーっていう思い出……っていうのは建前なんだけどね。要らない?」
「ノア、何か勘違いしているようだが……いや、受け取っておこう」
小さく溜息をつき、彼はそれを引き出しへとしまう。その様子に彼女は満足したように笑うと、くるっと後ろへ振り返った。そのまま出口の扉へ向かい、その近くに立っていた俺を人目見てから、またリアンの方へと振り返る。
「……ねぇ兄さん。私、外交官になることにしたんだ。他種族のね。きっとこれからは仕事で一緒になるだろうから、その時はよろしくね」
「なんだ、こんな時期に。……あぁ、そうか。海成種の事があったからか。それと、例の件も含めての考えなんだろう?」
「それはそうなんだけど……でも私、条件によっては兄さんの代わりに王位を継いでもいいよ。その時は、兄さんにも早く結婚してもらわないといけないんだけど」
そんな彼女の言葉に、珍しくリアンが目を丸くする。そしてその意味を理解して、表情を歪めた。
「なるほどな……それで私に結婚しろなどと。確かに合理的ではあるが……」
「だから、頑張ってね。なかなか難しそうだけど……それでも、自慢の兄さんなんだから。顔も良いし頭も良いし優しいし!」
「ノア……」
「あっ、父上と母上にもお土産渡してこないと! それじゃあね兄さん!」
彼の言葉から逃げるように、ノアは俺に軽く手を振ってから部屋を出ていった。そんな様子に頭を抱えつつ小さくため息をつく彼に、ずっと黙ってその様子を見ていた俺は声を掛ける。
「……リアン」
「なんだ、お前も……いや、いい。私もお前達には幸せになって欲しいと願っているからな。あの提案に関しては私も」
「そうじゃない、お前……兆候があるぞ」
俺のその言葉に、リアンは再度その目を見開いた。普段あまり変えることのないその表情が、何度も変わる様に俺は小さくため息をつく。
「……私に、まさか」
「やはり、気付いてなかったな。まさかとは思ったが……少し、彼女に入れ込みすぎだ」
「だが、何故それが……いや、そうか。余りにもそれは皮肉過ぎるだろう……」
彼はその表情を歪めて机へと肘をついた。
「だからこそ、暫くは彼女に近付かない方がいいだろうな」
「だが……彼女の事は。あの資料で知ってしまった。あんなものを見て……どうにかしようと思うのは間違いではないはずだ」
「……あの名簿の事か。俺も目を通したが、それでもお前の行動は少し行き過ぎだ。今回の旅行の件も、俺に伝えていない事自体おかしいだろう」
リアンは、今回の旅行に彼女が来ることを伝えてこなかった。元はと言えばノアが彼に頼んだ事だからと言えなくもないが、それでもチケットを渡して、更には俺を連れて行けと言うほどだ。
「それに、部下の休暇中の予定を聞くなんてお前らしくないじゃないか。何故そんなことをした?」
「それは……ただ、彼女は少し面倒事に巻き込まれやすい質だろう? だから」
「俺を向かわせて見張らせようとした、とでも言うつもりか……やはりお前のそれは」
彼は少し俯いてから、小さくため息をつく。そして顔を上げ、諦めたように口を開いた。
「……そう、だな。やはり……この血のせいか。今まで一切、也を潜めていたせいで油断していた。だが何故彼女なんだ」
「時期も悪かったんだ。彼が捕まり、王家の今後に関しても大きく変わった。そして丁度、君が気にかけていた彼女は都合が良かったんだろう」
王家はその血筋から、聡明なパートナーを選ぶ事が多かった。ただ、それだけでは無い。その血にかけられた呪いにも理由があった。
――その呪いは、必ず国の為に生きるようにと定められていた。
リアンの読んだ名簿。それには当時、例の本が使われた事件の書類と共に入っていた研究者名簿の事だ。事件について調べていた彼は、その名簿にも目を通していた。そこには、彼女の履歴や家族構成。そして、研究所へと入った理由まで事細かに記されていた。
それを読んだ彼は、そんな彼女が無実の罪を背負ったまま、研究所を辞めていったことに。そしてその事件を王家が秘匿していたことへの憤りと罪悪感を覚えていた。だからこそ、彼女を支援したいと言っていた事までは理解出来た。
だがそれでも、リアンのその行動は少し行き過ぎていたと言えるだろう。ノアが思っているように、まさか彼女に惚れていたとしても、彼は休暇中の予定など聞く人間ではなかった。だからこそ、国の為になると判断された彼女を、その呪いの影響によって見張っていたのだと考えられる。
「正直な所、彼女自身をこちらに引き入れること自体は悪いとは思わない。だが、その元が呪いだとしたら話は別だ。その時はきっと、無理矢理にでも手に入れるだろう」
「……あぁ、あの呪いは、その人間性を歪める。決して、兄さんのようには……なってはいけない」
本当に、この血の呪いは厄介だ。その異常なまでの国への執着も、国の為になると判断したらどんな事でもやってしまいかねない危険性がある。それこそ、あのグレイ・アルストロのように。
「ままならないな。もう一度でも、呪いによる行動を許してしまったら。あとはきっと兄さんのように堕ちるだけだろう」
「……だからこそ、俺がいるんだ。お前が呪いに飲まれそうになったら、必ず止めてみせるさ」
「……あぁ。その時は頼んだぞ、ケニス」
弱く笑う彼に、俺は頷く。昔から、兄の背を追っていた彼は、気付けばその罪を追うようになり、そして、決して兄のようにはなってはいけないと。その血の呪いに抗って生きてきた。そんな彼をあの事件の時から、俺は支えていくと決めていたのだ。
「……そろそろ仕事に戻ろう。今後彼女にはあまり近付かないようにする。仕事で会ってしまうのはもう避けようがないが、何か為出かす前に別の相手を探すことにするか」
「お前が気に入る相手なんて、なかなか厳しそうだな。……でも、それが一番安全な道だろう。なんなら見合いでもするといい、お前が好きそうな聡明な人間とな」
彼はあからさまに嫌そうな顔をしながらも、仕方ないと呟いて仕事へと戻った。俺はその様子を一瞥してから部屋を出る。
「お前が好きそうな人間なんて…………本当に、ままならないものだな」
俺は一人そう呟いて、この王城を後にした。




