海上の夜明け(11)
年始の朝、無事港へ戻った客船から降りた私は、真っ先に彼らの移送、そして今後に関しての仕事が始まった。
「お疲れ様ですハーヴァーさん。まさかこんな場所に来てまで仕事だなんて、申し訳ないですがよろしくお願いしますね」
仕事に駆り出されたのだろう、職員たちに指示を出しているテオドールがそう私に話しかけてくる。
「室長も、お疲れ様です。今回研究所からは一人だけでしたか」
「いえ、バートンさんにも来て貰っていますよ。彼女はこの手の専門家ですから。今は彼らの身体検査をしているはずです」
彼女は国家公務員である他種族専門の外交官達と共に、海成種である彼らへの対応に追われているらしい。今後彼女からの情報をもとに、研究も始められるだろう。
「私はどうしましょうか?」
「そうですね……ハーヴァーさんには一旦、彼らに話しを聞いてきて貰いましょうか。あの二人には一応軽くお話は伺いましたが……それでも人体への影響などを鑑みて、一度バートンさんの元に連れて行って貰えますか?」
彼が目を向けた方向には、小さい桟橋に立つ二人の姿があった。テオドールの言葉に頷き、私は彼らの元へと向かう。
「……オリーさん。それと、パルテさん……でしたか。研究員のハーヴァーと申します。今回の件で、貴方達二人も念の為検査をと」
「あぁ、分かりました。……行こうか、パルテ」
そんな彼の言葉に、彼女は暗い表情のまま俯いてしまう。そして、呟くようにして彼へと謝る。
「……本当に、ごめんなさい。私のせいで、貴方まで」
「それはさっき話しただろう? ……僕は無事だったんだ。だから今は、こうして君の傍にいる。これからもずっと、そうしていたいと思う。……駄目かな?」
彼はそう言って、少し悲しそうに笑った。そんな表情に、パルテは焦ったようにして口を開く。
「そんなの、駄目じゃない……私も、貴方と一緒に居たくて、だから」
「うん、知ってるよ。ありがとう……そろそろ行こうか。これから先のことも、しっかりと考えていかないとね」
彼の差し出す手を、少し躊躇いながらも彼女は強く握り返す。そうして私の後に続いて、彼らは職員たちの元へと向かった。
「あっ、ハーヴァーさん! 今年もどうぞよろしくお願いします! ミラちゃんも来てるんでしたよね? 後で旅行のこと聞かないと……」
「お疲れ様、バートンさん。エルフィムはまだ船内だが……今は彼らを頼んだよ。彼の方は人間だが、一度取り付けに失敗しているから、念の為検査をとの事だ」
「分かりました! それじゃあお二人も、あちらまでお願いします。ハーヴァーさんもまた後で!」
海成種向けの簡易的な診療所へと向かっていく三人を見送り、私はまたテオドールの元へと戻った。その後彼の指示に従って、その日の仕事は何とか午前中には片付けることが出来た。そしてその場の研究所員達は解散という流れに落ち着いたのだった。
「あっ、ドロシアちゃん、来てたんですね!」
「ミラちゃん、お久しぶりです! 二人で旅行でしたよね、どうでした? 進展ありました……?」
「実は……その、先生が踊りのエスコートを……」
「えっ、それ詳しく」
無事合流したエルフィムとバートンを見て、私は小さく息を着く。夜中も今朝も忙しかったというのに、二人は随分と元気なままだった。そんな彼女たちを眺めていた私に、話しかけてくる人物が二人。
「お疲れ様、イヴさん。無事なんとかなりそうで良かったよ。……ねぇ、彼らはこの先どうなるのかな」
ケニスを連れたノアが、少し小さい声でそう問いかけてくる。
「そうだな、元は人間だったこともある。まだ細かく詰めていかなくてはならないことは多いだろうが……それでも、先は明るいはずだ」
「そっか……それならいいんだ。良かった、誰も辛い思いをしないで済んで。……あのね、私。来年からイヴさんともっと会う機会が増えるかもしれないんだ」
彼女の言葉に、私は首を傾げる。だが彼女はそれがどういう意味かは言わずに、そのまま笑顔でケニスの後ろへと走っていった。
「あとはケニスから、多分兄さんからの伝言とかじゃないかな。後はよろしくね、ケニス」
「あぁ、あまり遠くには行くなよ。俺がすぐに駆けつけられる場所に居てくれ」
彼の言葉に頷いたノアは、そのままエルフィム達の元へと走っていった。
「……なんだか面白いな。お前はもう少し人の事を気にかけない奴かと思っていたんだが」
「君は俺をなんだと思ってるんだ……長く人間の中で暮らしいていると、情が移るものだよ」
私の冗談に、そんな言葉を返してくる彼に私は少し呆気に取られる。なるほど、ノアが彼を好きになったのにもしっかりとした理由があったらしい。
「……そんな目で見るな。俺が誰かを好きになるのがそんなにおかしいか?」
「いや、随分と素直だなと……ただ少し安心しただけだよ。難しい問題は多いだろうが……」
私の言葉に、彼は小さくため息をついた。そして悩んだようにして口を開く。
「……そうだな、今は他にも考えなくてはならないことが多い。リアンがこの先どうするのか見届けない限りは、まだ待たせてしまうことになりそうだよ」
「やっぱり、気付いていたんだな」
「これでも彼女の事は生まれた時から知っているからな……あれだけ傍に居れば気付かないはずもない。……今思うと、君と俺は少し似ているのかもしれないな」
彼の似ているというのは、きっと私とアンブローズの事なのだろう。いつの間に知ったのだろうか、私は少し困ったように口を開く。
「……確かに、あの子と出会ったのは随分と昔のことだ。当時はまだ子供だったからな……どうしても、まだ生徒だという感覚が抜けなくてね」
「……俺は、確かに長命な種族だ。それでも君やエルフの少女程長生きは出来ないがな。……だが、その想いに応えるのは自分次第だ、ハーヴァーさん」
彼の言うことはもっともだろう。彼もノアの事を小さい頃から知っていると言うが、その答えはもう決めているようだった。そんな彼の意志に、私は少し眩しく感じてしまう。
「……そうだな。私も、もうこの身体を言い訳に出来ない。もう、あの子への答えは決めているよ」
「それは……意外だな。君のことだ、もう少し迷っていそうなものだと思ったが」
「心外だな……これでも一応、まだそういう感情が消えた訳ではないんだ。……今思うと、本当に似ているかもしれないな、私達は」
私が笑うと、彼は軽くため息をついた。そういえば、話の本題を忘れていたことを思い出して私は口を開く。
「そういえば、話はなんだったんだ? 殿下から何かあると言っていたが……」
その質問に、何故かケニスは苦い表情になる。そのまま普段通りの悩んだ様子で話し始める。
「……リアンは、とりあえず帰ってきたら報告をだそうだ。相変わらず、君を心配していたよ。だが……あまりあいつには会わない方がいいかもしれない」
「……? 何か問題でもあったのか」
「いや……今はまだ分からないが、それについても追々伝えるよ。とりあえずは戻ってからだな」
彼はそういって会話を閉めると、そのまま歓談していたノア達の方へと向かっていった。私もその後に続く。
「ノア、そろそろ行こう。戻ったら兄妹揃って話を聞くことになりそうだが……とりあえず、リアンに土産を持っていくんだろう?」
彼の話を聞くという言葉に、ノアはあからさまに不味そうな表情になる。
「げっ……あっ、いや。うん、そろそろ帰ろっか。それじゃあ皆さん、またいずれ。すぐに会うことになると思うから! それじゃあね!」
ノアは嬉しそうに笑うと、彼の腕を取ってその場を後にした。そんな様子を見送った私達も、軽く微笑んで口を開く。
「私達もそろそろ戻ろう。臨時の仕事が入ったが、一応まだ休みだからな。折角だ、帰って食事にでもするか」
「いいですね……! 折角なので、豪華に何か作りましょうか。ドロシアちゃんも一緒にどうですか?」
「えっ、私もいいんですか? ハーヴァーさんのお家……い、行ってみたいです」
いつの間にか家主のようにバートンを誘うエルフィムに、私は苦笑してしまう。
「あぁ、折角だから来るといい。今回の海成種の話も聞いておきたいしな」
そんな会話をしながら、私達は港町を後にする。きっと去年以上に長く、忙しくなるだろう新しい年を、私はどうにか無事に迎えたのだった。




