海上の夜明け(10)
日付も変わり、夜中だと言うのに甲板で談笑する人々は減ることがなかった。そのお陰か、私たちの行動に目を止める者は少ない。そうして何とか、甲板にいた海成種はあらかた見つけて連れていくことが出来た。
「後は船内だな。彼が上手くやってくれているといいんだが……」
するとケニスの呟きに合わせるように、私達を呼ぶ声が聞こえてくる。
「皆さん、船内にいた彼らは何とかなりました! そちらはどうでしたか?」
先程より顔色の良くなったあの青年が、こちらに手を振っている。それに合わせて私たちは船内へと戻った。
「後は逃げ出した彼女だけだが……それは、港に戻ってからになるだろうな。とりあえず、彼らに話を聞くことにしようか」
そう言って、彼の見つめる先には例の海成種達が、ぐるぐる巻きにされた一人を除いて腕を縛られたまま座っていた。
「おい、俺たちをどうするつもりだ!」
「私たちが何をしたって言うの……!? こんなの横暴だわ!」
まさか、自分たちがしようとしていたことを棚に上げてそんなことを言うとは。口々にそう声を上げる彼らに、ケニスが小さく舌打ちをする。
「……少し黙れ。先導者が居るはずだろう、誰だ」
まるで氷のような彼のその言葉に、彼らは顔を青くし一斉に口を閉じた。
「……私だ。君は、気付いているんだな」
一人の男性が声を上げる。まだ三十程だろうか、若い見た目ながらも、落ち着いた様子の彼は口を開いた。
「……どこまで知っているんだ」
「お前達が、その個体数を増やすために人間を連れていこうとしていることまでだ。後は、これは憶測でしかないが……お前たちも、元は人間なんだな?」
彼の言葉に、その男性の顔がこわばる。そして小さくため息をついて、話し始めた。
「……そうだ。私たちは、元からこの種だったが。昔、海で暮らすことを選んだ人間の成れの果てなんだよ」
昔、それは数十、数百年という単位ではないほど古い時代の事だという。天変地異に見舞われたその時代の人間は、地上で暮らすものと海へ逃げたものとに別れたらしい。だが、海の中で暮らしていくために、彼らはその身体を弄ったのだそうだ。それが、あの首にある器官だった。
確かにその見た目は人工的に見えた。だが、もう既に長い時間、それは種の機能として受け継がれるようになっていた。そのため、彼らの間に生まれる子も、元よりあの器官が備わっているらしい。だが。
「それでもやはり弄った身体だったせいか、昔の技術だったせいか。子を成す事の出来ないものもいた。だから、年々と数が減っていっていた。そしてついに」
「……人間を仲間にしようとするほどに、種が困窮してしまったんだな」
「その通りだ……今までも、そういう事は何度かあったらしい。どうにかする方法を見つけるため、昔の文献を調べたら……人間を我々と同じようにする術が載っていたんだ」
そんな彼らの言葉に、ようやく納得がいった。彼らは自らの種を存続させるために、過去に行われてきたその非人道的な行為を真似るしかなかったのだろう。きっと中には、望まないまま海成種にされた人間も居たはずだった。
「……だからといって、そのような行為は許されない」
「そんなこと分かっている! だが、他にどうすることも出来なかったんだ。このままでは、この種はいずれ滅びてしまう……」
そんな彼らの表情は、きっと悩んだ末の行動だったのだろうと思わせる悲痛なものだった。だが、それでも彼らの行動は良しとされるものでは無い。
「……安心しろ。この国では、その手の研究ももう進められている。君たちのような種族との交流や、その種への支援なども含めて対策が取れるようになったんだ」
ケニスのそんな言葉に、彼らはゆっくりと顔を上げる。私も彼に続いて、言葉を口にした。
「あぁ、その通りだ。君たちのその不完全な身体の器官も、研究を進めればどうにか出来るだろう。それに、望んで君たちの元へ行きたいという人間もいる。だからこそ、これからはもっと国として、交流や対策を練っていけるはずだ……これ以上、君達だけで悩む必要はない」
私の言葉に、彼らは顔を見合わせる。先程の青年も、不安そうながらも、期待した目でこちらを見てきた。
「……私は、一介の研究者でしかないが。この国の上に立つ人間は良い人物だよ。君たちのことも、必ず助けてくれるだろう」
「……だが、私たちは。そこまでしてもらうにはあまりにも」
「それは昔の事だ。交流も進んでおらず、言ってしまえば君たちも被害者と言えなくもない。そもそも、このまま放っておけばまた人間を連れていくしか無くなるだろうからな」
最後にケニスがそう答えを返す。彼らは静かに俯き、礼を述べた。
「……ありがとう、この恩も、罪も必ず償おう」
そうして、新しい年を迎えて最初のこの事件は、一旦幕を閉じたのだった。
「そういえば、自己紹介がまだでした。僕はオリーと申します。一応、この船の支配人を任されています……名ばかりですが」
海成種の彼らを一度別室へと向かわせ、私達は今後の行動に関しての話し合いを始めようとしていた。するとまず、先程の青年がそう自己紹介をしてくれる。
「イヴ・ハーヴァーです、オリーさん。一応、先程も言った通り国の研究機関に所属している者です」
私は持ち歩いていた研究所の名刺を取り出して彼へと渡した。すると、少し不安そうな面持ちで彼は呟く。
「その、ハーヴァーさん……彼女は、どうなるんでしょうか。きっと、海から船へと上がってくるのは無理でしょうから。港に戻った後になるとは思いますが……」
「その事に関しても、貴方が求めない限り私達は罪を問うことはしません。……しないよな、ケニス?」
「あぁ、彼らを被害者と言った手前、そんなことをするほど俺も鬼じゃないさ。だから後は君次第だ、オリーさん」
そんなケニスの言葉に、笑ってお礼を言う彼は、すぐに真面目な顔になって話を進めた。
「今のところ、実質的な被害は出ていません。その四人の方々には、後からお詫びとともに、今後どうするかについてお伝えします。……といっても、後は国の機関へと連絡を取るだけになりそうですが」
「そうですね、私の方から連絡をしておきます。私も含め、今日の昼頃までにはこちらに対応出来る職員が来るはずですから。それまでは、海成種の監視、それと……休むところからですかね。船を降りたら、忙しくなりますから」
私の言葉に、周りにいる全員が頷いた。監視体制の話し合いの後、私たちはそれぞれ部屋へと戻って休息を取る事になったのだった。
「先生、お疲れ様でした。せっかくのお休みでしたが、結局明日からまたお仕事になりそうですね……」
「あぁ。フィーも、手伝ってくれてありがとう。本当に、まさかついでのつもりだった海成種についてここまで関わることになるなんてな……だが、やるべき事が明確なのはいい事だ。帰ったら彼らのあの器官についての研究が始まるだろう」
私は少しだけ、彼らを救うための研究に心を踊らせる。海で暮らしていくためのその技術や、彼らの今後に関してなど。考えることは山積みだが、それでも私はその先の未来を考えて、口元が綻んだ。
「楽しそうですね、先生。やっぱり先生は、人の為になることが好きなんですね……ということで、私のために少しわがままを聞いてください」
「どうした、何かしたいことでもあるのか……?」
「ついてきてくれれば分かります! ほら、行きましょう!」
彼女はベッドに座っていた私の手を引っ張って部屋を出る。そしてまた甲板の方へと向かって歩き出した。年越しと事件からかなり時間も経ち、乗客も部屋へと戻ったのか甲板はとても静かだった。椅子で寝てしまったままの人や、早く起き出してきたのかプールを泳いでいる人も少人数いる中で、私を引っ張るエルフィムは船の先へと向かう。
「ほら先生! そろそろです、ここは夕焼けも綺麗でしたが……やっぱり、朝日も綺麗ですね……!!」
そんな彼女が指さす水平線とその上に広がる空は、もう既に薄らと明るくなってきていた。そしてゆっくりと、その輝きが辺りを照らし始める。
「……あぁ、綺麗だな。まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかったが……こうして、無事に朝日を見ることが出来て。本当に良かった」
私の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑むと、すぐにその表情を眠そうなものへと変えた。
「ふわぁ……なんだか、朝日を見たのに眠くなってきちゃいました……」
「お前もずっと歩きっぱなしで、疲れているはずだろうしな。部屋に戻ろう、少しでも寝た方がいいだろう」
眠そうな目を擦りながら、こくこくと頷く彼女はふと、思い出したように微笑んだ。
「そうですね……あっ、先生、一緒のベッドで寝てもいいですか……? せっかくなので、先生と一緒に寝たいです……」
「……あぁ。それで寝れるようなら、好きにするといい。ほら、行くぞ。朝も早いだろうからな」
私は少しフラフラしているエルフィムの手を取って、客室へと戻った。そのまま私のベッドに倒れ込んで寝息を立て始めた彼女の隣に静かに横になって、私は考え始める。
今日は朝から忙しくなるだろう。私も仕事として駆り出されるのは目に見えていた。だが、それでも今回の事件で彼らの事を知って、その凶行を止めることが出来たのだ。これからは、もう二度とそんなことが起きないためにも頑張っていかなくてはならない。
「だが……やはり来てよかった。フィーも、彼らのことも。これからもっと、助けて行けるように……」
私はそう小さく呟くと、そのまま目を閉じる。その日は悪夢を見ることもなく、私は静かに眠りについた。




