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海上の夜明け(9)

「意識もはっきりしているな。それだけ話せるのなら、後はなるべく血に近い成分を多めに摂取していれば大丈夫だろう」


 飲み物を手渡しながらそういうケニスに、彼はお礼を言う。



「ありがとうございます……この傷は、どうやって塞いだんですか……?」


「そういう術があっただけだよ。……そんなことはいい、それよりも何故君は、人を呼ぶなと言ったんだ?」


 そんな問い掛けに、彼は表情をこわばらせた。



「……助けて下さった方に、失礼なのは分かっています。ですがそれは……言えません……」


「そうだろうな。君は、君を傷付けた本人を庇っているようだ。だからこそ、大事(おおごと)にしたくなかったんだろうが……」


 その青年は少し俯いたまま、言葉を探しているようだったが、私は思ったことを彼に問いかける。




「……君が庇った相手は、海に落ちたようだ。急いで人を呼ばないと、この寒さだ。死んでしまうかもしれない」


 そんな私の言葉に、はっと顔を上げて目を丸くした。ケニスが訝しげに私の方を見てくるが、それでも私はその青年の反応を待つ。



「それは……っ、ですが……何故、落ちたことを知っているんですか」


「海に飛び込むところを見(・)た(・)からだ。いいのか? 死にかけたにも関わらず庇う程、大切な相手なんだろう」


 彼はそれを聞いて、苦い表情になり俯いてしまう。私は音(・)を聞いただけだった。情報を引き出すために嘘をつくのは流石に悪いと思ったが、それでもそんな彼の様子を見て私は察する。



「……なるほどな、彼(・)女(・)は君に何をしようとしていたんだ?」


「ハーヴァーさん、その彼女というのは誰の事だ」


「例の、街で有名な海成種の女性だよ。君はあの子と一緒に居たんだろう。だからこそ、海に飛び込んだと言っても驚かないんだ」


 何故知っていると言わんばかりの焦った表情でこちらを見てくる青年に、私は言葉を続ける。



「……偶然聞いてしまったんだよ。君たちが二人で話しているところをね。随分と親しいようだったから、きっとそうなんだろうと思ったんだ」


「……っ、そんな。でも、彼女は……僕を殺そうとしたわけじゃ、ないんです。だから……」


 悲痛に懇願する彼の様子からして、何か理由があるのだろう。彼女を庇ったり、殺そうとしたわけじゃないという言葉からして、流石に痴情のもつれなどではなさそうだった。理由は彼から聞くしかない。



「……理由を話さない限り、彼女は殺人未遂の罪で追われることになるだろう。それこそ、他種族との関係性の悪化も予想されるだろうな」


 かなり厳しい言い方になっているが、ケニスなりに彼らを心配しているらしい。だが事実としてそうなりかねない彼のそんな言葉に、流石にもう黙り続けるのが限界だったのか、その青年は口を開いた。



「……彼女に、誘われたんです。何でも海成種の街の大人たちが話していたのを聞いたと言っていて……僕に、こちらに来ないかと」


「誘われた……それは、どういう意味だ?」


「彼女の種族は、その首にある特殊な器官で、海の中でも生きていけるそうで。他にも適応するために色々と必要なのだそうですが……それを、僕にも」


 彼の言葉に、私とケニスは唖然としてしまう。その器官を、彼にも。その続きは、きっと予想通りの事なのだろう。だがそれはあまりにも現実的ではないと、私は口を開く。



「彼らは、種族としてそういう生態なのだろう……? それなのに、君にもそれを取(・)り(・)付(・)け(・)る(・)つもりだったのか」


「……はい、あの器官は、人工的に取り付けられるそうです。だから、大人が言っていた話を聞いて、彼女は僕を誘ったんです。どうか、一緒に暮らさないかと。……何でも、海成種の数が減っていると大人が嘆いていたそうで。だから、少しでも彼らを助けられればと思って……それに彼女とは、一緒に居たいと思っていますから」


 だが、それを取り付けるのに彼女は失敗してしまったのだ。それはそうだろう。慣れていない者が、人体に直接影響する魔(・)道(・)具(・)を取り付けるなど。きっと、大人が言っていたことを調べて、自分でなんとかしようと思ったのだと予測できる。




「なんて危険な真似を……だが、これは不味いことになったな。つまり、この船での彼らのあの行動は……」


 彼の話に、ケニスは考え込むようにしてから顔を上げる。



「その女性は失敗したのだろうが、大(・)人(・)で(・)あ(・)る(・)彼(・)ら(・)はそうはならないだろう。このままでは、連れて行かれる者が出る。そうなる前に止めないと」


 彼は急いで扉へと向かうと、振り返ってこう続けた。


「彼らは新しい人間を探していた。恐らくだが……減ってしまった海成種の数を、また増やすために。だからこそ、すぐに止めなくてはならない」



 つまり、この船に乗っていた海成種(かれら)は。減ってしまった個体数をまた増やすために、人間を仲間にするつもりなのだろう。海へと逃げだした女性は、そんな大人の話を聞いてそれを実行しようとしていた。つまり、その大人達がこの船に乗っているのだ。



「そうか、船の上なら、逃げ出そうと思えばすぐに逃げられる。大勢の人間が乗っているここなら、危険も少なく仲間にする人間を探し出せるという訳か……急ごう。きっとこのままでは船上で行方不明者が出る」


 そう言って私はケニスの背中を追いかける。だがその後ろから、先程の青年が声を上げた。



「それなら、僕も手伝います! その人達の身なりが分かるようなら、船員に何かしら理由をつけて呼び出させましょう。……このままでは、彼らは人間の敵になってしまう」


 その言葉に振り返ったケニスは、急いだように返事をする。


「それは助かる、君にも手伝ってもらおう。彼らを探し出して欲しい。流石にこの人数を一人で探すのは無理だからな。大半はホールか甲板にいるだろう。船員には船内を調べるよう言ってくれ、俺はすぐに逃げ出せる可能性のある甲板へ向かう」


 そう言って、彼は上着の内ポケットからいくつかの写真を取り出した。そこにはきっと彼が調べていたのだろう海成種だと思われる人物の顔が映されていた。



「とにかく、彼らを探してくれ。個体数が減っていると言っていたし、良くも悪くも人数は少ない。今ならまだ間に合うだろう」


 それを受け取って、少しふらつきながらも彼は急いで船員達にそれを伝えに行こうとした。そんな彼を支えながら、先程まで部屋の外から話を聞いていたエルフィムが急いで口を開く。



「私も、彼を手伝ってから甲板に行きます、皆さんは急いで向かってください」


 そうして部屋を出ていった二人を確認して、私達三人は急いで甲板へと向かった。







「まさか……私に話しかけてきた人がそんなことを考えていたなんて……今思うと、本当に助けて貰えて良かったよ」


「……本当に、俺も警戒しておいて良かった。まさかこんなことになっているとはな」


 甲板へと向かう途中、そんな会話をする彼らを見て、私は疑問を口にした。



「それにしても、写真を撮っておくなんて随分と用意周到だな。確信があったのかと思っていたんだが……」



 それに少し苦い顔をするケニスは、甲板へと辿り着いてから口を開く。


「それは……今はいい。とにかく、いいか? 君たちには俺が話しかける相手を周りから隠すようにしていて欲しい。仲間に知られると面倒だ」


 私たちは頷くと、彼の後に続いた。そして真っ先にに見つけたその男性へと声を掛ける。





「……やぁ、先程は世話になったな。少し、ついてきてもらおうか?」


 バーでノアに声をかけていたその男性は、別の女性と一緒に壁沿いに立っていた。一緒に居た女性はケニスを見て目を見開いたかと思うと、すぐに睨むようにして隣に立つ男性に声を掛ける。



「……どういうこと?」


 気付けば、ケニスの後ろにまるで怖がっているかのように隠れて顔を覗かせるノアを見て、焦ったようにその海成種の男性は言い訳を始める。


「い、いや、違うんだ。ただ少し話を」


 だが彼が言い終わる前に、その女性は最低、といって彼の頬を叩きその場を去った。



「……これは、なかなか酷いものを見たな」


 呆れたようにそう呟く私に、先程まで怖がっていた様子のノアはあっけらかんとした表情で笑った。





「さて、まだ一人目だ。適当に縛って客室に放り投げておこう。まだここには複数人いるからな、なるべく早く済ませるぞ」


 彼の言葉に怯えた男性を横目に、私たちは頷いた。

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