海上の夜明け(6)
「……あの、そろそろ良いですか? 連れが待っていますから」
「そ、そんなこと言わずに! もう少しだけ、せっかく貴方のような方にお会い出来たんです。良ければお茶でも……」
娯楽室へと戻ってきた私たちは、奥のバーでそう声をかけられているその人を見つける。昨日出会ったばかりのその女性は、その笑顔は崩すことなく、それでも明らかに困っているようだった。
「……ノア、待たせたな。すまないが、彼女は俺の連れでね。……あまり、近付かないで貰おうか」
私が彼女に声をかけようとしたその時、私の後ろから一人の男性が近付いていき、そう言葉を投げかけた。無表情ながらも、その声は低く、明らかに敵意を感じさせるものだった。
「ひっ……えっと、私はただ……す、すみません……お邪魔しました……」
そんな彼に恐怖を覚えたのか、その男性はそそくさとその場を立ち去った。そんな後ろ姿を見送りながら、彼はため息をつく。
「へぇ、随分とかっこいいことを言いますねぇ……ふふ、そうですかぁ……」
ニヤニヤしながらそう呟くエルフィムに、その男性――ケニスが更に深いため息をついた。
「君は、本当に彼女のことが好きなようだな。まだ根に持っているのか……」
そんな会話を聞いていたノアが、嬉しそうに笑って声をかけてくる。
「遅かったね、ケニス……ふふ、助けてくれてありがとう」
「……もう俺を使いに出さないでくれ。君の見た目は人目を引く。なるべく俺の傍から離れないようにして欲しい……じゃないと、あいつに怒られるのは俺なんだからな」
そんな二人の会話に、私は少し呆気に取られる。なんだかんだ言いつつも、彼も彼女を大切に思っているようだった。その様子を見ながら、エルフィムは楽しそうに笑う。
「またお会い出来ましたね。まさかこんな所で出くわすなんて……ついてます」
「フィー、言いたいことは分かるが……いや、なんでもない。二人とも、昨日ぶりだな」
私もつい口に出しそうになった言葉を留めて、彼らに話しかける。あからさまに嫌そうな顔をしているケニスの変わりに、ノアが口を開いた。
「イヴさん、ミラさん。こんな時に出くわすなんて。……ふふ、助けてくれようとしてくれたんだね、ありがとう」
彼女は嬉しそうに笑いながら、そうお礼を言ってくる。きっとその笑顔の理由は彼なのだろうが、私もそんな彼女に笑顔を返す。
「貴女は美人だからな、一人になるのはやめた方が良さそうだ。……一応、さっきの男性のことを従業員に伝えておこう」
そう言って、こちらに気付いていなかった様子の従業員へと声をかける。先程の男性のことを告げて、私は三人の元へ戻った。
「イヴさんって……その、結構はっきりした人なんだね。私も少し照れちゃうな」
「分かります……先生、平気でそういうこといいますから……」
そんな会話をしている二人を他所に、ふとケニスが私に小声で話しかけてくる。
「ハーヴァーさん……先程の男性なんだが、少し、人とは違う匂いがした。もしかすると、この辺りで交流があるといわれている海成種の可能性がある。……少し、気を付けてくれ」
「海成種……? それにしては、普通の人間に見えたが……」
先程の男性の首に、海成種特有のそれらしい器官は見受けられなかったように思う。だが彼のいう匂いというのは、きっと間違いないのだろう。
「隠そうと思えばいくらでも隠せるさ。……広場で歌を披露している女性は、自分が海成種であることを隠していないからね。その首元を隠す必要も無い……きっと彼らにも、何かしら事情があるんだろうな」
その説明に私は納得する。大々的な交流がある訳では無い彼らにも、やはりそれなりの種族的な事情があるのだろう。私は彼の言葉に頷くと、ふとこちらを見ている二人に気付く。
「先生! 実は今から劇を見に行かないかって話をしてたんです。夜のパーティまで、皆で一緒に過ごしませんか?」
「あぁ、そうだな。折角だ、一緒に行こう」
そう彼女に返事をして、人数の増えた一行は、また客船内を歩き始めた。
「本っ当に凄いですね、ここ。来年は自分でチケット取ろうかなって思っちゃいます、一泊なんかじゃ遊びきれませんね……!」
劇を見たあと、土産を買っていこうと船内の店を回っていた彼女は楽しそうにそういった。隣を歩いていたノアも目を輝かせながら彼女の言葉に頷いた。
「私も初めて来たけど、客船って凄いんだね……! 兄さんに感謝しないと。そうだ、あの人が喜ぶものは未だによく分からないけど、何か買って行ってあげないとだよね」
そう言って、各々お土産を選び始める二人を、私は微笑ましく思いながら眺めていた。私も研究所の彼らになにか選ばなくてはと思いながら、それでもつい彼女たちを後ろから見ていた。
「君も、彼らに何か買っていかなくていいのか? ……きっと君から貰えるものは、なんでも喜んでくれるだろう」
「あぁ……彼女たちを見ている方が楽しくて、つい」
「それは、俺も同感だ」
そんなことを言う彼をふと見ると、その視線はノアへと向いていた。優しく目を細める彼に、私はつい口を開く。
「ケニス……君は、彼女のことが好きなのか?」
「本当に君は、遠慮がないな。……さて、どうだろうな」
そうはぐらかしながらも、ノアを見ている彼は優しく笑う。人間ではなくとも、やはり人を好きになるのは変わらないらしい。
「先生ー! そろそろホールでパーティが始まる時間ですよ! なんと服も貸し出してもらえるらしいので、早く行きましょう!」
彼女はいつの間にやら沢山の袋を抱えている。そんな彼女の荷物を半分持って、一度私たちはそれを置きに部屋へと戻る。そして、再びホールへと向かった。
「えへへ、どうですか? 似合いますか……?」
借りた衣装を早速来て見せて来る彼女は、楽しそうにクルクルと回る。パーティドレスを纏った彼女は、普段以上に目を引く姿へと変わっていた。
「あぁ、とても似合っているよ。……普段からお前は綺麗だが、そういう服も可愛いな。私服として着れそうなものを後で見繕っておくか」
土産屋の中に服屋があったことを思い出した私は、普段から私を気にかけてくれる彼女へのお礼も兼ねて何か贈ろうと考えはじめる。
「……先生は、本っ当にもう、全く! ありがとうございます!!」
何故か頬を膨らませる彼女は、それでも私に礼を言ってくる。私も適当に選んだ服を着て会場へと向かった。
元から持ってきていたのだろう、既に着替えを終えて待っていたノアとケニスを見つけ、私たちは声をかけた。
「イヴさん、なんでその服なの? すごく似合ってるけど……こう、美人さんなのに、ドレスじゃないんだね」
「そ、そうか……? ありがとう。普段からあまりひらひらした服は着慣れなくてね……」
彼女の言うとおり、私はドレスではなく、スーツを少しパーティ用にアレンジしたような服を着ていた。スカートより、動きやすいパンツスタイルを普段から好んでいたため、つい手に取ったのがこれだったのだ。
「先生、ちょっとこっちに来てください」
突然エルフィムに呼ばれると、彼女は私にピッタリとくっつくようにして並んでくる。そしていつの間にやら持っていた撮影機で写真を撮った。
「ふふふ……これをアンブローズさんに見せつけてやります。なんだかんだあの人のことだから喜びそうですけど……」
そんな彼女の様子に、ノアも近付いてくる。そして一緒に並ぶと、同じようにして写真を撮り始めた。
「……ふふ、これで喜んでもらえるよね。きっとどのお土産よりいいと思う」
うんうんと一人の頷く彼女を不思議に思いながら、きっと彼女の兄へと客船での様子を見せたいのだろうと私は思う。そうして、静かにホールに流れ出す曲に気付いて、エルフィムへと手を差し出した。
「ほら、フィー。そろそろだ、一曲くらいは踊るんだろう?」
「は、はいっ、まだ自信はないですが、頑張ります!」
私の手を取った彼女は、少し緊張した面持ちで、私の教えた通りのステップを踏み始める。元から物覚えの良い彼女は、私に合わせて上手く踊ってみせた。
慣れてきたのか楽しそうに笑う彼女と共に、客船での長くて短い、夜のパーティが始まった。




