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海上の夜明け(4)

「……い……んせい! 起きてください! イヴ先生!」



 そう呼ぶ声に、私は目を覚ます。ぼやけた視界に、寝ていた私を覗き込むようにして揺さぶる少女の姿が映る。



「……あぁ、フィー。おはよう……夢を、見ていたようだな」


 気付けば、私はいつの間にか泣いていたようで、頬が少しだけ濡れていた。私がその涙を拭うと、彼女は心配そうにこちらを見てくる。



「先生、うなされていたんです……だから、とにかく起こさなきゃって、そう思って」



「ありがとう……起きた時、お前が居てくれてよかった」



 口をついたその言葉に自分で驚いた。気づけば私は、一人でいる事が怖くなっていたようだ。そんな自分の変化に、私は少し苦笑する。


 そのままふとエルフィムの顔を見ると、何故かその表情が固まっていた。私がどうかしたのかと声をかけると、彼女は何故か頬を膨らませて面白い顔をする。




「その、そういうのは、突然言われると驚いちゃいます…………まさか、普段からそうなんですか? ……仕事で人と関わることが増えたのに、そのままじゃ駄目ですよ……!?」


「ええっと……あぁ、そもそもこうして同じ部屋で寝るのなんて、お前くらいだよ」



「そういう訳じゃ……いや、それはそれで安心……うーん……」


 朝に弱い私は、多分そういう意味じゃないのだろう返事を、少しぼんやりとした頭で返した。起きた時、誰かがいるとしたらきっと彼女なのだろう。私はそんなことを考えながら、身体を起こす。



「……少し早いですが、もう起きましょうか。その、一体どんな夢を見たんですか……?」


「昔の夢だ……随分長い間忘れていた事を、思い出したよ」



 そう言って、一旦身支度を済ませた私達は、朝食にしようと宿内にあるレストランへと向かった。








「……先生のお父さんは、結局どうなったんですか? そのまま、会わないままになっちゃったんでしょうか……」


 私の昔の話を聞いたエルフィムは、心配そうに聞いてくる。私はふと昔を思い出しながら、笑って返事をした。



「いや、私はこの身体になったことに気付いた時、一度国に戻ったんだ。そんな私を、父は直ぐに見つけ出してくれた。だから、あれが別れにはならなかったよ」


 あの後、実験の失敗によってこの身体になったことに気付いた私は、一度研究所まで戻ってきた。だがもう辞めた身で入る訳にもいかずに、少し近くで彷徨(うろつ)いている所に、父は分かっていたように声をかけてきた。




 ――君の父親なんだから。イヴがどうするかくらい、分かってる。だからこうして、どこにいたって見つけてみせるよ。




 そんな父の言葉を思い出して、私は軽く微笑んだ。



「暫くは敢えて私を一人にしてくれていたようだ。一体どこで情報を得たのか、未だに分からないけれどね。私を見つけた時は流石としか言いようがなかったよ」


「流石、先生のお父さんですね……どこにいても、私の事も見つけてくれますから」



 彼女はそう言って微笑んだ。父に似ていると言われたようで、私は少しこそばゆさを感じる。



「いつまで経っても、父には敵わないよ。あの人のおかげで、私は今もこうして生きてこれたんだ」



 私がそう話終える頃、いつの間にか船へ乗ることの出来る時間が近づいてきていた。出港するまではまだだいぶ余裕があるが、それまでは自由に船内を見ることが出来るらしい。



「さて、そろそろ向かおうか。折角なんだ、しっかり船を見ていかないとな」


「そうですね……! なんでも凄く大きい船らしくて、娯楽室とかバーとか、あと広いホールとかプールもあるそうです! それとですね……」


 一生懸命に話をする彼女と共に、私達はその客船が泊まっている港へと向かった。








 早い時間だと言うのに、街は活気で溢れていた。流石は港町と言うべきか、早朝からその街の人々は元気に仕事を始めている。そして、その賑やかさの訳は、別にもあるようだった。



 私達の目の前には、想像していたよりも余程大きい客船が泊まっている。そしてその前には、乗船はしないのだろう人々がその姿を一目見ようと連なっていた。




「……これは、流石に驚いたな。ここまで来ると、豪華客船なんて言葉にも頷けるよ」


「ふふーん、そうでしょう! 実はうちの会社が、ここのオーナーと広告関係で懇意にさせてもらっているそうで。口利きして貰ったんです……あっ、これは内緒ですよ?」



 流石と言うべきか、エルフィムは随分と強かに生きているようだった。その話を聞くと、休みと言えど彼女も今回はしっかりと記事を書かなくてはならないだろう。



「……まぁ、とりあえずは乗船しよう。もしかしたら、あの二人にも会えるかもな」


 昨日会った王女とその荷物持ちの二人を思い出して、それでもここまで大きな客船で出会えるかどうどうかも分からないまま私達はその船へと乗り込んだ。





 真っ先に通されたエントランスは、まるで小説に出てくるかのような豪華な作りになっていた。天井の中央にあるシャンデリアはもちろん、船内には何故か噴水まである。あまりの煌びやかさに、少しだけ圧倒されている私に、一人の従業員が声を掛けてくる。



「まずは客室にご案内させて頂きます。鍵をお渡し致しますので、そちらに荷物を置いた後、自由に船内をご覧になってください」



 案内された客室は、先程のエントランス程は目に痛くなく、だがそれでもとてもお金がかけられているのであろう豪華なものだった。長い間生きてきたが、こういった客船に乗るのは初めてだ。普段からこういった場所に慣れていないせいか、その情報量の多さに少し目が回る。



「なんだか、もう満腹になった気分だ……」


「先生、ここはこれだけじゃないんですよ! まだまだ回る場所が沢山あるんですから、ほら、早く行きましょう!」


 荷物を置いた私は、彼女に言われるまま手を引かれ、その広い船内を散策する事になった。




「ここは娯楽室ですね、もう人がいっぱいです……!! 奥にはバーもあるんですよ、夜一緒に飲みに来ましょうね!」


「フィー、普段酒なんて飲まないだろう……?」


「こういう時は雰囲気を楽しむものなんですよ! それに折角なので、高いお酒、飲んでみたいじゃないですか……!」


 なかなかに現金なことを言う彼女は、また直ぐにその場を移動し始める。連れられるがままに、私達は船内をくまなく散策する。流石に疲れることの無い私も、気分的に疲れを感じ始めた。



「なぁフィー、そろそろ休憩しないか……? ほら、甲板に行ってみよう、あそこにはプールも……流石に寒いだろうが、それでも海を眺めながらゆっくり出来るはずだろう?」



 私の言葉に、少し考え込むようにして、それでも元気よく頷いた彼女と共に、私達はこの船の甲板へと向かった。




 まだ少し早いからか、娯楽室ほど人の居ないそこは、なかなかに良い景色だった。



「凄いですね……!! ここまで綺麗に海を眺められるなんて……早く来て正解でした!」


「そうだな、まだ船は沖に出てはいないが……いい眺めだ」


 船頭へと歩きながら、私達はその景色をゆっくりと眺める。そんな中ふと、私はそこまで外が寒くないことに気がついた。



「……これは、なるほど。風避けの魔術式が使われているのか。それに随分と暖かい、プール用に態々作ったんだろうな」


 私は感心しながら、船を囲むように刻まれている魔術式を眺める。上から被せるようにガラスで覆われているそれは、なかなかに綺麗な装飾に見える。


「これ、模様じゃなくて魔術式だったんですか……!? 凄いですね、あっ、メモしておかないと……!」


 私はふと振り返って、その甲板にある大きなプールを見る。確かに、この時期には必ず運行される船だ。そのための術式を発注していてもおかしくないだろう。



「これは、来てよかったな。こんな大きなものを見る機会はそうそうないだろう……」


 つい綻んでしまう口元に、エルフィムが可笑しそうに笑った。


「ここでもやっぱり、先生は先生ですよね。誘って良かったです、きっともっと面白い仕掛けがあるはずですよ! だってこんなに広いんですから!」




 そんな彼女に笑って返すと、少しずつ増えてきた乗客とは別の方向に、私達はまた歩き出した。

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