【閑話】幼い日の夢
――夢を見た。疲れることの無いこの身体はそれでも、昔の記憶を蘇らせる。
「イヴ。君も、いつか夢を見つけるだろう。それまでは、今みたいに勉強をするといい。きっとその時に、役に立つはずだからね」
そんな父の言葉に、私は笑顔で頷いた。彼は嬉しそうに笑うと、私の手元の課題をまた見てくれる。
教師である父は、私が楽しそうに勉強する様子を見て、嬉しそうに笑う。もともと勉強は好きだったし、彼が嬉しそうにするのは、私も嬉しかった。いつか父のような、尊敬出来る人間になりたいと、その時は漠然と考えていた。
私が物心つく前に亡くなった母の変わりに、父はとても良くしてくれていた。一人娘である私を、時には褒め、時には叱かって。それこそ他の人が見ても恥ずかしくないほどに、素晴らしい人だった。
きっと私の頭の出来は父譲りなのだろう。勉強することは楽しく、それこそ今まで悪い成績をとったことはなかった。だがそんな私は、人との関わりをあまり大切にしてこなかった。勉強ばかりで、遊ぶことをしない私を、父は心配していた。
「人から学べることも、沢山ある。学校の勉強も大切だが、きっとこれから先、人との関わりを大事に思う日がくるはずだ。だから、きっといい友人たちを見つけなさい。イヴは優しい子だからね、必ず、好きになってくれる人達がいるはずだ」
そんな彼の言葉が、その時はよく分からなかった。いずれ来るだろうその日を知らない私は、また勉強を続けていた。
そしてある日。私は彼の言った夢を、見つけたのだった。
本当にそれは偶然で、それでも、私の心を大きく揺さぶった。人とあまり関わってこなかった私は、それでも一番に、それを素晴らしい事だと思ったのだ。
「父さん、私ね。人が幸せになれることが、凄くいい事だと思ったの。だから、私は人を幸せにするものを作る人になりたい。道を照らす街灯も、人と人を繋げてくれる通信機も、こうして人を幸せにするものを、作れる人に。だから、私は研究者になりたいんだ」
そんな私の言葉を聞いて、彼は驚いた顔をした。それでも、その言葉を噛み締めるようにして。とても、優しく笑ってくれたのだった。
「……ハーヴァーさん、無理しないでね。この前倒れたばかりなんだから。ここにご飯置いておくから。ちゃんと食べてね」
「……あぁ、ありがとう。いつも心配させてしまって、すまないな。……恩に着るよ」
気付けば私は、国の大学院へと進んでいた。結局いつも通り、勉強と研究ばかりで、同じ研究室の人にはよく心配をかけてしまっていた。
夢を見つけて、その道へ進む覚悟を決めた私は、いつの間にか魔術の研究ばかりに没頭するようになっていた。だが、私は運が良かったのだろう。同じ研究室の学生たちは、皆とても優しい人ばかりで。
――それでも、その運は長くは続かなかった。
むしろ今まで幸せすぎたのだ。そんな環境に慣れきってしまっていた私は、ついにその運が尽きたのだろう。
「イヴ・ハーヴァーです。私は、人を幸せにできる物を作るためにここに来ました。……どうぞ、よろしくお願いします」
大学院を出た私は、国の研究所へと入ることが出来た。きっと、ここが一番自分の夢を叶えられる場所だろうと。そうして結局私はまた、間違えてしまったのだ。
「……イヴ。君は少し、無理をし過ぎだと思う。ここには俺達もいるんだ。……どうか、もっと頼って欲しい」
そんな研究員の言葉に、私はそれでも頑張ることを止められなかった。彼らを頼らなかった訳ではなかったが、それでもきっと、私は間違えていたんだろう。
もう鮮明に思い出すことの出来ない、その言葉を告げた研究員の顔は、確かに悲しそうだった気がした。
「今回の研究は、君に主任を任せたい。きっと君なら、良い結果を出してくれるだろう。……出来るかい?」
「えぇ、必ず。これが成功すれば、多くの人が幸せになれると思います。ですから是非、やらせてください」
国内生産率増加政策案。当時はそう呼ばれていたその研究目標は、私にとってとても大きな課題だった。それが成功すれば、この国はもっと豊かになるだろう。私の夢は、終わりがないものだったがそれでも、今回のその研究に、私は今まで以上に力を入れていた。
「……君は、どうしてそこまで出来るんだ?」
「私はただ、この国の人が、世界中の人々が。少しでも豊かに、幸せになれればいいと思っているだけです。だから、まずは私が頑張らないといけません」
「そう、か……君は、この国の人々を、その大勢を見てるんだな。……俺は、君みたいにはなれないよ」
ずっと忘れていた、そんな会話を私は思い出した。あの言葉こそ、きっと落とすべきではなかったものなのだろう。そんな研究員の後ろ姿を、ただ見ていることしか出来なかった私は。
「……これを。私はもう、研究者として生きることは、出来ません」
「ハーヴァー君、待ちなさい。今回の失敗は、君のせいでは……っ」
そんな所長の言葉を背に、私はただ逃げるように研究所を後にした。そんな言葉など、聞きたくなかった。ただ、私は、間違えてしまったのだと。床に転がる彼らの姿が頭から離れないまま、逃げることしか、出来なかった。
「……イヴ。どこへ行くんだ」
「……父さん、ごめんなさい。私は、この国から出ていくよ」
私の肩を掴もうとする父の手から逃げるように、私は彼に別れを告げる。あの人に、合わせる顔がなかった。――もう、一人になりたいと。そう思った。
あの人は、父は。一体どんな顔をしていたのだろうか。大勢を犠牲にして、ただ一人生き残った私を。一体どんな目で見てくるんだろう。考えたくもない。きっとあの人は、黙って私を抱きしめてくれるんだろうから。
だからこそ、余計に私は急いでこの場から逃げ出した。もう、二度と誰かを傷付けてしまわないように。もう誰かを、私の手で殺してしまわないように。




