海上の夜明け(2)
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「初めまして、イヴ・ハーヴァーです。……リアン殿下には仕事でお世話になっています。どうぞよろしくお願いします、アルストロ王女」
「やっぱり、兄さんの知り合いだったんだね。王女だなんて呼ばないで、私は好き勝手に生きてるだけだし。気軽にノアって呼んで」
堅苦しいのが苦手なのか、彼女は笑顔でそう言ってくる。そんな彼女を見て、エルフィムが驚いたように声を上げた。
「ノア・アルストロさんといえば、この国の第一王女の、今では王位を継ぐのではと言われているあの……!? 凄いです……こんな所でお会い出来るなんて! 遅くなりましたが、ミラ・エルフィムです、よろしくお願いします!」
その言葉に、複雑そうな顔になった彼女は、小さく呟く。
「その話、まだ表に出て無いと思うんだけど……私は王位を継ぐつもりはないよ。兄さんが私に継がせたいみたいだけど、あの人と同じで、私にだってやりたいことがあるんだから」
第一王子だったグレイが捕まったことにより、王位継承権はリアンへと移った。だがそんな彼は、国の為に生きると言いながらもその立場を継ぐつもりがないらしい。そんな事実に疑問を抱いた私は、彼女に問いかける。
「彼は継ぐつもりはないのか……?」
「えぇ、そうみたい。……立ち話もなんだし、良かったらお茶でもしない? 折角会えたんだから」
彼女の言葉に頷き、私達は近くの喫茶店へと入ることにした。
観光客向けで、海の色なのだろう青を基調とした内装のその喫茶店は、こんな時期ながらもとても賑わっている。丁度空いたテーブル席に座った私の向かいのノアの隣で、いまだに複雑な表情のままのケニスが口を開く。
「ハーヴァーさん……今回の旅行についてだが、リアンに伝えたのか?」
「あぁ、休みに入る前に聞かれたから教えたんだが……」
私の返事に、何故かノアが驚いた表情になる。
「へぇ……そうだったんだ。てっきり逆だと思ってたんだけど……そうなのねぇ、ふふっ」
何故か一人で納得したように、嬉しそうに笑う彼女を横目で見ながら、ケニスも言葉を続ける。
「予想が正しければ、君たちは明日出港する客船へ乗る予定だろう? 実は俺達もそうでね。明日も君たちとは顔を合わせることになりそうだ」
リアンから私達がここへ来ることを聞いていなかったという彼は、何故か船に乗ることを分かっていたようだった。不思議に思っていると、隣で甘味を食べていたエルフィムが、少し頬を膨らませながら呟く。
「……やっぱり、人前に出さない方が良かったかも」
彼女のそんな呟きの意味を考えながら、私はケニスの言葉に返事をする。
「君たちもあの客船に乗るのか? 随分と珍しい偶然もあるものだな」
「偶然なわけあるか……どうせあいつが仕組んだ事だろう……ノア、君も何か隠してないか?」
そんな彼の質問に、彼女は表情ひとつ変えずに、それでもそっぽを向きながら答えた。
「私は何も隠してないよ。ただ兄さんが、私の大学の卒業祝いだ、って客船のチケットをくれただけだからね」
「いつ貰ったんだ?」
「三日前だね」
その言葉に、ケニスは目を閉じて頭を抱え静かにため息をついた。そんな彼にノアは笑いかける。
「別にいいじゃない、何も問題は無いでしょ? 私も兄さんの話を聞いてみたいし。そうだ、兄さんが継がないと言い出した理由の事を忘れてたよ、実はね?」
こちらに向き直した彼女は、その理由の説明を始めた。
この国の王家は、確かにその能力を活かして上へと立ってきたが、あくまで国王という立場はこの国の象徴的なものでしかない。外交などの際、重要な祭事でのみ駆り出されることが多い国王は、あまり仕事の自由がないらしい。
その為か、より良い国にしていきたいと願うリアンは、その立場に留まることを避けたいのだという。国王になるよりも、自由に動ける方が国に貢献出来るだろうという考えなのだそうだ。
「……凄い方なんですね、その王子様。お話は聞いてましたが、そこまで国の為にと言える方だとは。素直に尊敬します」
紅茶を飲みながら静かに話を聞いていたエルフィムが、あまりいいイメージがなかったらしい彼に対してそんなことを呟く。その言葉に、ノアは嬉しそうに笑う。
「そうでしょう! 兄さんは凄い人なんだよ。だからこそ、王位継承の話はもっとしっかりしていかないとなんだけど……お互いなかなか譲れないものがあってね、そこだけはいまだに平行線のままなんだよねぇ」
テーブルに肘をついて悩んだように呟く彼女は、ぱっと表情を笑顔に戻して、突然話を変える。
「そんなことより、貴女のことを聞かせて! あの人、研究所にまで口を出すようになったでしょ? 元から仕事人間だったけど、そこではどんな感じ? グレイ兄さんとは違って少し性格がきついから、誤解されやすいんだけど……上手くやってる?」
随分と兄を慕っているのだろう。彼のことを聞いてくるノアに、私はゆっくりと答えを返す。
「研究所でのあの人か……彼は、本当になんでも出来るんだな。本来なら専門的に学んでいないと分からないことにも的確に意見出してくる。だが少し仕事をし過ぎな気がするよ……あぁそれと、別に性格がきついとは思わないな。研究員達の事もよく気にかけているようだし、私も良くしてもらっているよ」
「ふーん……兄さん、少し変わったのかな。あの人が捕まってから、ちょっと優しくなったかも。前から優しかったけど、分かりにくい事が多かったから」
そんな彼女の言葉に、私は彼との会話を思い出す。彼女の言うほど、分かりにくいことはなかったように感じる。昔の話をした時も、警備隊の子らの事件の時も。確かに少し形式的な言い方をすることが多いが、心配してくれていたのだと分かるものばかりだった。
「そうなのか……私が知る限りでは、そんなことはなかったな」
「確かに、彼が捕まってからは少し性格が丸くなった気がするよ。リアンのことは昔から知っているが……まさか、な」
似たような仕草で考え込むノアとケニスを見て、私は少し微笑ましく思う。きっとこの二人も長い付き合いなのだろう。気付けば王家や彼らとの交流が増えていく中で、それでも面倒だと思うことは少なくなってきた。
「……そういえば、話は変わるんだけどね。貴女のその話し方が気になってたんだ、どうしてそんな男っぽい話し方をしているの?」
ふと思い出したように、突然私にそんな質問をしてくるノアに、私は呆気に取られる。そんな彼女に便乗するように、エルフィムも口を開く。
「実は私も気になってたんです、先生は昔からそうでしたよね? かっこよくて大好きなんですよ……!」
「フィー……そう面と向かって言われると、何だか照れるな。だが、言われてみればこの話し方は……そうだな。きっと、父の口調が移ったものだろうな」
私は随分と長い間忘れていた昔のことを思い出す。それは研究所で働いていた時よりも、ずっと前の事だった。それは子供の頃、尊敬していた私の父の記憶で。
「……ええっと」
「あぁ……ノアは知らない。続けてくれ」
ふと目を向けると、私の言いたいことに気付いたらしいケニスは、彼女が私のこの身体について知らないことを教えてくれる。私はそれを考慮した上で、軽く説明を始める。
「私は母親が小さい頃に亡くなっていてね。父が一人で育ててくれたんだ。……あの人は教師をやっていて、そんな彼に憧れていたんだよ。それで、気付けばそんな父の口調が移っていたんだろうな」
私は昔を懐かしく思いながら、そう言葉を口にした。話を聞いていたエルフィムは、少しぽかんとした表情で口を開いた。
「先生の御家族の話、初めて聞きました……そうだったんですね」
「……まさかこんな所で話す日が来るなんてな。でも、すっかり忘れていたよ。思い出せてよかった」
「……家族、ですか」
私の話に、エルフィムも何かを思い出したのか少し遠い目をしてそう呟く。随分と長い間一緒にいるが、私も彼女の家族の話は聞いたことがなかった。だが今になって聞くのも少しおかしい気がして、彼女がいつか話したくなったら聞こうと私は思う。
「なんだか皆、家族の話になっちゃったね。でもそっか……イヴさんの御父上は教師だったんだ、なるほどねぇ」
何かを納得したように、彼女は頷きながらそう言った。そういえば彼女も王家の人間だ。その思考回路はきっと常人のそれ以上のものなのだろう。そのため、一体何を納得したのか、私には理解が及ばなかった。
「ねぇ、その話は兄さんにはした? してないなら、私の方が先だったってことだね!」
私が頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。何故私の話を聞く速さで競っているのだろうか。そんな彼女は、手元に残っていた紅茶を飲み干すと、よし、と一言言ってその席を立つ。
「なんだか長くなっちゃった。色々と聞いてごめんなさい、ありがとう! 明日も会うだろうから、その時またお話してくれる?」
「あ、あぁ、もちろん。二人はこれからどうするんだ?」
すると、彼女はまるで花が咲いたように笑顔になる。
「ふふ、私はケニスとデートの続きをね! まだ買いたいものが沢山あるんだ。兄さんへのお土産を選ばなくちゃ!」
「俺はただの荷物持ちだろう……兄妹揃って俺を便利屋か何かだと思ってないか?」
ケニスは呆れたように、だがそれでも言われるよりも前に彼女の荷物を取って、その後に続くように席を立った。
「それじゃあね、イヴさん、ミラさん。あっ、王位の話はまだ人前でしちゃ駄目だよ、よろしくね。また明日!」
そう言って、二人は先に喫茶店を後にした。




