海上の夜明け(1)
「先生! 海ですよっ! 冬なのにこんなに綺麗だなんて、凄いです!」
そう言って元気にかけていく彼女の目の前には、真っ青な海が広がっている。嬉しそうにその景色を眺める彼女の後を、私はゆっくりと追いかけた。
年末。仕事もひと段落ついて、休みに入った私たちはとある港町へと旅行に来ていた。先日倒れた私の事を心配したエルフィムが、一緒に行きたいと客船のチケットをくれたのが切っ掛けだった。
なんでも船の上で年を越すことが出来るらしく、彼女を心配させたお詫びも兼ねて、こうして一緒に街へとやってきたのだった。
「フィー、落ちないように気をつけるんだぞ……いくら暖かい地域だと言っても、今は冬だからな」
嬉しそうな彼女を見て、私は笑いながらそう声をかける。研究所へと行くようになってから、エルフィムと一緒に居られる時間も前より少なくなった。だからこそ、こうして休みには一緒に出掛けるのは悪くない。
客船に乗るのは明日で、今日は港町の宿へと泊まる予定だった。ゆっくりと観光しながら宿へと向かう私たちはその道中、とある噂を聞いたことを思い出して話しを始める。
「そういえば……ここは海成種との交流があるって言ってましたね。先生も、その話を聞く予定だったんでしたっけ?」
「あぁ。うちの特別顧問がな。旅行に行くようなら、ついでにその種について調べてきて欲しいと……休みなのに仕事の話とは、あの人も相変わらずだよ」
研究所の特別顧問であるリアンが、今年最後の出勤日に休暇中の予定を聞いてきたのだ。それでついうっかりこの街へ来る話をしてしまった私は、その海成種話を聞かされてしまった。ここの街では、海に住む種族との関わりがあるのだと。
だがあくまでも一部の地域的なものであって、種族間の大々的な交流が行われているわけではないため、情報が欲しいのだという。
「実は、さっきそのお話をお店の方に聞いたんですよ。なんでも、その海成種だという女性が、たまに広場で歌を披露しているんだとか。折角の観光ですし、気になりますよね……!」
「それは、確かに気になるな。海に住む種族なのに、地上でも行動出来るなんて。一体どんな生態なのか……いや、少し仕事から離れよう……」
私の所属する部署は、他種族の研究が行われている。だからこそ、ついそんなことを考えてしまうようになっていた。警備隊の子たちの事件の後、私たちは現存する種族に関する書類や本等の収集、実際に社会進出してきている種族との交流を主として仕事をしてきたため、休日でもその癖が出てしまっている。
「でもそれも分かったら良いじゃないですか! 先生は、研究自体が好きでしょう? 折角ですし、その詳細も知れるといいですよね」
私のそんな言葉に、エルフィムは嬉しそうにそう答えた。相変わらず、彼女は私の喜ぶような事を言ってくれる。お詫びも含めているというのに、いつものように、私は彼女には敵わなさそうだった。
そうしてしばらく歩いていると、噂の広場へと辿り着いた。そこには観光客や街の人々、年末の為か出店も出ていて、とても賑わっている。そして、そんな人混みの中、中央にある噴水に、フードを被った一人の女性が座っていることに気がつく。
その彼女はすっと立ち上がったかと思うと、そのフードを脱いだ。すると周りの人々が、驚いたようにその女性の周りで足をとめる。
「……」
目を閉じている彼女を、周りの人々は静かに見つめている。そして、その女性の口から、歌声が響いてきた。
「……随分と古い言葉のようだが。……凄いな」
その歌声に、私は思ったままのことを口にする。
「あの人、もしかして例の海成種の女性でしょうか? 凄く綺麗な歌声ですね……!」
その女性の歌声は、確かにとても綺麗だった。まるで透き通るような、その美しい響きに、広場の人々は皆立ち止まって静かにその歌を聴き始める。
「……ありがとう、ございました」
そうお礼を言って歌を締めくくった彼女に、周りからは歓声と拍手が送られる。静かに微笑んだ彼女は、またフードを被ると直ぐにそこから立ち去った。
「……彼女が海成種というのは、本当のようだな」
私は歌を聴きながらも、彼女のその姿を観察していた。見た目はほぼ人間と変わらず、だが確かに違うところが一つあった。
彼女の首には、キラキラと光るチョーカーの様な模様が見受けられた。だがそれは決してアクセサリーなどではなく、海で呼吸するための器官であることに私は気付いたのだ。
「普通なら気が付かないような見た目だったが、あれは……少し、気になるな」
人工的にも見えるその器官は、余計に私の興味を引いた。だがそんなことを、素早く姿を消した彼女に直接聞くわけにもいかないため、とりあえずまた宿へと向かうために私達は歩き始める。
「凄かったですね……! 海成種って聞いてましたけど、見た目は人とほぼかわりませんでしたね。それでも、すごく綺麗な歌声でした!」
「あぁ、まさかこうして丁度聴けるなんて、運がいい。……どこかで彼らについて調べられないだろうか」
結局気になってしまった私は、宿へと辿り着いた後にそこの店主へと話を聞いて、資料を見せてもらえることになった。なんでも正確な資料などは作られていないらしく、その生態を調べるにも本すら存在していないのだという。
ここの名物でもあるらしいそんな彼女たちの事がそこまで分からないことに、私は疑問を感じつつも借りた資料を読みながら、街で買った名産品をつまみつつエルフィムと部屋で休憩をとる事にした。
「実は私も、今回の客船の記事を書くつもりだったんです、先程の女性のことも交えてこの街の事を色々と書きたいですね……」
そう言いながら、テーブルで懸命にペンを走らせる彼女を見て私は話しかける。
「この資料、詳しいことはほぼ書かれていないが……彼女はここではかなり有名らしい。日程など決まってないから、彼女の歌を聞けるのは運がいいことらしいな」
「私達も、幸先がいいみたいで嬉しいです! 明日の客船も凄いんですよ……!! チケットが取れたのも、本当に奇跡みたいなもので。今から楽しみですね」
「そうだな……こうして二人で遠出するなんて、昔を思い出すよ」
私はエルフィムと出会ってからの日々を思い出す。彼女が着いてくるようになってから、一箇所に留まることのなかった私達は様々な場所へ旅をするように生きてきた。
アンブローズに再開してからはそれも無くなったため、私は少し昔を懐かしく思う。楽な生活とは言えなかったが、それでも様々なものを見てきた日々はとても充実していたと言えるだろう。
資料と言うより、新聞記事の切り抜きをまとめたスクラップ帳を読み終えた私は、のんびり紅茶を飲んでいたエルフィムを誘ってまた外へと出掛けることにした。
橙の煉瓦で出来た街並みは、そこから見える海と相まって、さすが観光地だと思わせる美しさだった。その道に沿って、街の中心部ではバザーなどで多くの店が出ている。年末だからか人通りも多く、私達はその流れに乗りながら、のんびりと観光を続けていた。
だがふと、前から歩いてくる人影とぶつかって、私は反射的に謝罪の言葉を口に出す。
「あぁ、すみません、大丈夫ですか?」
「こちらこそ、すまない……あぁ、まさか。そういう事か……」
謝ってきたその男性は、私の姿を確認するとそう呟いた。私はふとその顔を見上げる。そこには、最近よく見知った相手がいた。溜息をつきながら、微妙な表情をしている彼に、私は話しかける。
「まさか、君も来てるだなんてな。ケニス」
「あぁ、俺も君がいるだなんて初耳だよ。あいつ、何を考えているんだ……」
私が立ち止まったことに気が付いたエルフィムも、後ろを振り向いてそこに立つ彼に気付き、少し訝しげな表情になりながら話しかける。
「貴方は確か……いつぞやの探偵さんじゃないですか、お久しぶりです。もしかして、例の王子様も一緒なんですか……?」
「君は……確かミラ・エルフィムさんだったね。あいつは今日は居ないよ。今回は、別の人の付き添いでね」
そう言った彼の後ろから丁度、その名前を呼びながら歩いてくる人を私は見つける。プラチナブロンドの綺麗な髪を揺らしながら、どことなく誰かに似ているその女性はこちらに手を振ってきている。
「ケニス! さっき良いものを買えたのよ! 貴方にも同じものを買ってきたから、是非貰って頂戴! ……あら?」
彼と話している私たちに気付いたその女性は、一瞬不思議そうな顔になって、だがその笑顔を崩さないまま話しかけてくる。
「ケニスの知り合い? 初めまして、私はノア。ノア・アルストロ……って言ったらわかるかな?」
うちの特別顧問とそっくりな顔で、それでも彼と似ても似つかない表情豊かなその女性は、そう名乗ってきた。




