残された傷跡(7)
「いい子達だね、これなら安心出来そうだ。……先生、体調は大丈夫? 立てそうかな」
私は、先程よりも軽くなったように感じる身体を少し動かす。無意識のうちに溜まっていたのだろうストレスは、自分でも分からないうちに身体をも蝕んでいたようだ。それでも今は、見舞いに来てくれた彼らのお陰か、楽になったらしい。
その言葉に頷くと、彼は手を差し出してくる。私は素直にその手を取ってベッドから降りた。少しだけふらつく身体を、彼は素早く支えてくれる。
「……そうしていると、貴女が不死だなんて思えないな」
そう言って軽く微笑む彼からは、先程の様子は見られなかった。まるで何かに焦っているような、そんな彼の言葉を思い出しながらも、私は口を開く。
「……なぁ、アンブローズ。私は、きっとお前が思っているより、お前達を大事に思ってるんだ。……だから、約束するよ」
少し驚いたような顔で、それでも私の言葉を待つ彼に、きっとまた怒られるだろう続きを口にする。
「もう、無理はしない……それは誓おう。だがそれでも、もしお前達が危険な目に合うのなら……その時は絶対に、庇ってしまう。これは、きっと不死じゃなかったとしてもそうなんだ」
「……それならもう、俺達がそうならないように気を付けるしかないね。……でもね、先生。それは俺も同じだよ。貴女のために、何かしてあげたいと思うんだ」
私の言葉に、怒ることなくそう答えた彼はそのまま言葉を続ける。
「だから……もっと先生のことを聞かせて欲しい。貴女は、自分自身のことさえよく分かっていないみたいだから。何を悩んで、抱えてしまっているかを。俺が、代わりに分かっていてあげたい」
真剣な表情でそう言う彼に、胸が締め付けられる。私は、以前彼に言った言葉を思い出した。私の代わりに少しだけ、気にしていて欲しいと。そんな言葉を、彼は本気で守ってくれるらしい。
「……ありがとう。私も、少しずつ変わって行けるように頑張ってみるよ。……だから、聞いてくれるか?」
微笑んで頷く彼に、私は昔起きた事件の真相を、そしてこれからどうしていきたいのを。自分でもまだ分からないまま、少しずつ話し始めた。
上手くまとまらない話を、彼は静かに聞いていてくれていた。何とか話し終えた私に、少し考えるようにして言葉をかけてくる。
「……先生、俺は長い間先生のそばにいたから分かる。貴女は、間違ってなんてない。誰よりも人の為に自分を犠牲に出来てしまう人だから。……どうにも出来ないことは、必ずあるんだ。だからそれを、一人で抱え込むのは間違ってる」
「でも、私はお前を傷付けただろう……?」
「それが間違ってるんだよ。そもそもその身体だって、先生のせいじゃなかったんだ。……今思えば、本当に貴女のそれは、貴女を苦しめるだけなんだな」
彼は、死んでいった仲間達の事も、この身体の事も。人と関わることを避けて、それでも忘れられない当時の記憶を、全て自分のせいだと思うことでどうにかしているのだろうと、そう言った。
「だから、少しずつでもいい。自分を大事に出来るようにしていこう。……貴女はもう一人じゃないんだ、貴女を大事に思う人が、既にいるんだから」
――彼の言う通りだった。今日、見舞いに来てくれた彼らや、エルフィム、そしてアンブローズ。気付けば私は、沢山の人と関わるようになっていた。一人では気付けなかったことだって、きっとこれからは彼らと共に知っていくことが出来るだろう。
「……なんだ。やはり私は、助けられてばかりだな」
その言葉に言い返そうとしたアンブローズは、私が笑っていることに気付いてその口を閉じた。長い間傍に居たのに、今更になってその事に気付いた私は。それでもこれから、人間らしく生きて行けたらと、そう思った。
突然、医療室の扉がノックされる。気付けば終業時間を過ぎていることに私は気付いた。
「どうぞ」
アンブローズがノックにそう答えると、扉が開かれる。そこにはテオドールが立っていた。いつの間にか起き出していた私を見て、ほっとしたような表情になると、こちらへ話しかけてくる。
「所長、もう終業時間です。新部署の報告、会議の時間も近付いていますよ。……お邪魔でしたか?」
「いや、大丈夫だ。そろそろ向かうよ。彼女に帰りの車を用意してくれるか?」
「あぁ、その事なんですが。表でハーヴァーさんを待っている方がいまして。何でも助手さん? らしいですよ」
私の助手を名乗るのは、一人しかいない。いつの間に来ていたのだろうか、私は彼女の顔を思い浮かべ、座っていたソファから立ち上がった。
「それなら車はいい。俺は彼女を見送ってくる。報告書は机に置いておいてくれ」
それを聞いたテオドールは、私にまた明日と挨拶をしてこの場を去っていった。
「長いこと付き合わせてすまない、アンブローズ。この後もお前は仕事だろう? 忙しい時期だろうに……」
「俺は大丈夫だよ。どうせ元から残業は確定だったんだ。それに今日は研究所で過ごす予定だったし、大して変わらないよ」
元からここに残って仕事をするつもりだったという彼に、私は余計に申し訳なさを感じる。すると、そんな私の気持ちを察したのだろう彼は、少し悪そうに笑った。
「それなら、明日には定時……は無理かもしれないけど、早めに上がれるだろうから。一緒に食事にでも行ってくれたら、俺も元気になれる気がするな」
「分かった。お前がそれでいいなら、一緒に行こう。……むしろそんなことでいいのか?」
時間がある時に、私の家に来て食事をとっていくようなことは今までもよくあった。あまり代わり映えしないのではないかと思いつつも、彼はうれしそうに笑う。
「それがいいんだよ。最近は特に忙しくて会えてなかったんだから。少しでも一緒に居られれば、それで十分だ。……それとも、もっと別のことを望んでも先生は応えてくれたのかな」
彼のそんな言葉に、私は少し呆気にとられる。別のことと言われても、彼の仕事を手伝う訳にもいかない。そんな私に出来ることなどあるのだろうか。
「それは……どうだろう。私に出来ることがあまり思い浮かばないが……」
冗談だよ、と笑う彼と共に、気付けば私は研究所の玄関口へと辿り着いていた。終業時間も過ぎ、もう既に帰ったのだろう研究員たちも居ない中、そのガラス戸の先に、見慣れた金髪の少女がたっているのが見える。
「それじゃあ先生、気を付けて。何かあったら絶対に連絡してくれ。……本当は家まで送っていきたいんだけど……今回は彼女に頼むとするよ」
私との会話で流石に時間を取られすぎたのだろう。彼はそう言いながら、扉を開けてくれる。そしてその音に気付いた少女が、こちらへと振り返った。
「……先生! 大丈夫ですか!? 倒れたって聞いたんですが……何でアンブローズさんがいるのに、そんなことになったんです!」
「ちょ、ちょっと待てフィー、なぜその事を……いや、そうじゃない。アンブローズはまだ仕事もある、ほら、とりあえず行くぞ」
今にも彼へと噛みつきそうなエルフィムの手を取って、私はその場を後にしようとする。
「それじゃあアンブローズ、今日はありがとう。明日また、約束は守るよ」
「あぁ、二人とも気を付けて! 今度説明するから、エルフィムもまた、先生を頼んだよ!」
ちょっと待ってください、とエルフィムが言うのを無視しながら、私は研究所を後にした。しばらく歩いてから、頬を膨らませて怒っている彼女へと話しかける。
「フィー、すまない。その……私は大丈夫なんだが、機嫌を直してくれないか……?」
「別に怒ってません! ただ、凄く心配してきたのに……無事で、本当に良かったです」
まだ少し怒った表情で、それでもほっとしたようにそう呟く彼女に、私は話しかける。
「その、私が倒れたことは、誰から聞いたんだ……?」
「バートンさんに聞いたんです。私、収穫祭の時からお友達なんです! それで、先生と同じ部署になったって言っていたので、先生の様子を聞いたんですよ」
いつの間にかかなり仲良くなっていたらしい二人は、よく連絡をとっているようだった。いつの間にか私のことが筒抜けになっていることに少し呆れながら、彼女に、今日起きたことを手短に説明する。
「……リアンさん、でしたか。お話はよく耳にしますが、ちょっと許せないです! 先生に無茶させるなんて……!!」
「お、落ち着いてくれ。その、彼も色々と大変だったんだ。それに、私から頼んだことだったし……フィー、本当にすまない。心配をかけた」
私がそう謝ると、彼女は驚いた顔をする。そして、少し困惑したように口を開いた。
「……先生、やけに素直ですね。何かありました……? なんだかこう、表情も普段より晴れやかな気が。悪いことでは無いですが」
私は彼女を近場のレストランへと誘うと、テーブル席へ座ってから今日の話を少しずつ伝える。
「……言いたいことは色々とありますが。とにかく、今日はお疲れ様でした。明日も仕事でしょうけど、毎日ではなかったですよね? お店の方も閉じるわけじゃないみたいですし」
彼女の言う通り、私は臨時職員のような立場だ。そのため、店を開く日数は減るものの趣味でやっている為閉じるつもりはなく、家で行っていた研究が研究所へと移ったようなものだった。
「そうだな、しばらくは毎日通うことになりそうだが、落ち着いたら決まった日に行くようになるだろうな」
「それなら! 私と一緒に出掛けられますよね……? 実は行きたい場所があるんですよ!」
機嫌が直ったのか、彼女は嬉しそうに話し始める。研究所へと入った私は結局、前と変わらない日々を送ることになりそうだった。
それでも、そんな日々を。今まで以上に大事にしたいと、私はそう強く思った。




