残された傷跡(6)
私は働かない頭で、思ったままのことを口にしてしまう。
「お前、仕事は大丈夫なのか……? 私は一人でも休んでいられるが、お前はそうもいかないだろう」
彼は一瞬目を見開いて、呆れたような表情になる。
「あのね、先生……先生はもう、ここの職員なんだ。そんな人が、入ってきた当日に倒れたんだから俺が見に来るのは当然だろう。これも仕事のうちなんだ、先生が気にすることなんて何も無いよ」
少し怒ったように言う彼に、私は言葉を間違えた事に気付く。確かに彼の言うことは正しいが、それでも、泣きそうになるほどに私を心配してくれていたのだ。そんな彼に仕事の事を聞くなんて、我ながら酷いものだと思う。
「す、すまない……お前は、心配してくれていたのに」
「……本当に、貴女がどれだけ大切に思われているのか理解して欲しいよ。……流石の俺も、そろそろ本気で怒りそうだ」
もう既に怒っているだろうなどと考えながら、私はなんとか別の言葉を探そうとする。だがその前に、彼は小さくため息をついて言葉を続けた。
「……言いたいことは色々とあるけど、先生が目を覚ましてくれて、本当に良かった。……先生、もう二度と、一人で抱え込まないと約束して欲しい。その腕の事も、合わせてね」
やはり腕の事に気付いていた彼は、真剣な表情でそう言ってくる。その様子に少し気圧されつつ、私は口を開く。
「あ、あぁ……次からは……」
「気を付ける、じゃ駄目だよ。絶対にしないと、そう誓ってくれ」
彼の言葉に、私は呆然としてしまう。言おうとしていた言葉を、まるで分かっていたように彼は口にする。
「だが、それでは……」
いつの間にか、この身体を頼るようになっていた私にとって、即答出来ない事を分かっているのだろう彼は言葉を続ける。
「……出来ないかい? でも……もう俺も譲るつもりは無いよ。約束してくれるまで、絶対に」
だが、私がその返事をする前に、医療室のドアが叩かれる。
「先生……必ず、俺がいる間に約束させるから」
彼のその言葉は心配と言うよりも、もっと別のものに感じられた。普段とはあまりにも違う彼の様子に、私は愕然としてしまう。
扉へと向かった彼が戻ってきた時には既に、先程の様子はなりを潜めていた。そんなアンブローズの後ろには、アゼリア達研究室のメンバーが立っている。
「ハーヴァーさん……体調は大丈夫ですか……? もしかしたら、私を庇ってせいでこんなことになったのではと、本当に、心配して……」
泣きそうな顔のアゼリアは、私の手を取りそう言った。
「ただ疲れてしまっただけだよ、心配させてしまってすまない。君の責任じゃない、安心してくれ」
「もう、あんなことしないで下さい……いくら死ぬことは無いといっても、痛いのも悲しいのも、駄目です……」
普段の言葉遣いから打って変わって、まるで子供のようにそう呟く彼女に、私は驚いた。
「そう、だな……君も、私を心配してくれたのか……もう、あんな姿は見せないよ。約束する」
私は、アンブローズに言われたことを思い出し、彼女にそう告げた。
「ハーヴァーさん、体調は……大丈夫でしょうか。あの方が随分と心配されていました、明日以降で大丈夫ですから、詳しくお話を聞かせてくださいね」
後ろから顔を覗かせたテオドールが、心配そうな表情でこちらを確認する。彼の言うあの方とは誰のことだろうかと、そう不思議に思いながらも、私はそれに頷き返す。
その様子を見ていたバートンとアーサーが、おそるおそるこちらに近付いてくると、心配そうに声をかけてきた。
「ハーヴァーさん、その、もし何かあった時は……今は私達がいますから。どうか、頼ってくださいね」
「僕も……研究室の仲間が辛い思いをするのは見たくないです。頼りないかもしれませんが……いつでも相談してください。一緒に考えることなら、得意ですから」
まだ出会って日の浅い彼らは、それでも本気で心配してくれていた。私は、これから大切な仲間になっていくのだろう彼らの気持ちを、この先落としてしまわないようにと、そう静かに心に誓った。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。
「病人の前ですし、後も詰まっているようですから。私達はそろそろお暇しましょう、ほら皆さん、行きますよ。まだ終業時間ではありませんからね」
そう言って、テオドールは彼らを引連れて部屋を出ていった。
静かになった部屋に、再度扉を叩く音が響く。カーテンに隠れた扉の先から、病室だからか静かに話す声が聞こえてくる。
「アンブローズ先生、お疲れ様です。その、こちらにハーヴァーさんがいらっしゃるとお聞きしまして」
彼を先生と呼ぶその声の主は、空いたカーテンの方へとやってくる。
「ハーヴァーさん、お礼を言うつもりできたのですが……まだ具合が悪いようでしたら出直します」
心配そうに、 そして申し訳なさそうにそう言うジェフリーに、私は軽く笑って返事をする。
「私は大丈夫だ、ありがとう。……それよりも、エドワードは大丈夫なのか?」
「彼は、今は大事をとって休んでいます。投薬されたことを鑑みて、警備をつけた病室で待機中です。でも、元気そうではありましたよ」
彼の説明に、私は納得する。打たれた薬についてまだ詳細が分かっていないうちは、その対処は正しいだろう。
「そうか……私の心配よりも、今は彼の傍にいてあげるといい」
私の言葉に、慌てたように彼は口を開く。
「元はと言えば、貴女が彼を見つけ出してくれたんですから。どうしても、お礼だけは言わせて下さい。……エドワードを、助けてくださって本当にありがとうございます。貴女は、私達の命の恩人です」
命の恩人だとは、随分と誇張されている気がした。確かに、早く彼を見つけられたのは良かったが、それでも私は少し気恥ずかしくなる。
「命の恩人は言い過ぎじゃないか? 君たちが無事なのは何よりだが……」
「……それが、あながち間違いじゃないようだぞ」
突然に、彼の後ろからそう言葉を投げかけられる。いつの間にか部屋に入ってきていたリアンが、そのまま理由を説明し始める。
「あの後、君が寝ている間に話を聞いて来たんだ。何でも彼にかけられた暗示は、とても危険なものだったようだ」
要約すると、彼にかけられた暗示は国の収容施設、言ってしまえばグレイが捕まっている監獄を襲うようにと指示されたものだったという。彼を閉じ込めておくもの全てを、殺してでもと。
「だからこそ、彼が行動を始める前に見つけた君はかなりのお手柄だったという訳だ。彼らだけでなく、他の大勢をも、君は救ったんだ」
そんな危険な暗示を、彼はかけられていたのか。私はその躊躇いのない言葉に、恐怖を覚える。あの時見つけられていなかったら、一体どうなっていただろうか。
「だから、彼からの礼は素直に受け取っておけ。君は自身を正当に評価出来るようになるべきだ。それと……」
そう言葉を続けようとした彼は、何故か口を閉じる。私が不思議に思っていると、彼はそのまま後ろを向いて扉へと向かっていく。
「……これは、また今度伝えよう。今はゆっくり休むといい」
事件のことだけを話して言った彼は、そのままきっと仕事に戻ったのだろう。リアンが帰った後、後ろで暫く黙っていたアンブローズが口を開いた。
「ジェフ、そろそろ君も一度戻った方がいいだろう。殿下も君たちの隊の詰所へ向かったんだろうし、また休日にでも時間をとって会いに来るといい」
「そ、そうでした。……エディがいないと、時間を忘れて駄目ですね。それではハーヴァーさん、また後日、次はエディと一緒に会いに来ます。……あっ、そうでした、その……アヴストさんは、どこにいるでしょうか」
彼女に用があるのだろうか、彼は申し訳なさそうにその名前を口にする。
「あの時、怒らせてしまったままでしたから。彼女にも、謝罪をしていこうかと思って……」
「あぁ、アゼリアなら研究室にいるだろう。寄っていくといい」
彼は私に再度礼を言うと、医療室を後にした。またアンブローズと二人になったことに、先程のことを思い出して少しだけ気不味くなる。
何を話せばいいか分からずに黙っていた私に、彼は声をかけてきた。




