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残された傷跡(5)

「……そうか。君が、その身体になった原因についてなんだが……実は大体の予想が付いている」



 私の話を聞いていた彼は、そう呟いた。その言葉に、私は以前ケニスに聞いたことを思い出す。私のこの呪いの原因は、ただの実験の失敗ではなく意図的なものだったと。それを調べていた彼らには、その検討がついているらしい。



「それは……あの研究はただの失敗ではなかったという話ですよね。あの時の私は、逃げるようにして研究所を辞めてしまいました。結局、この身体になったことを知ったのは暫く経ってからで、資料を見ることは叶いませんでしたが……」



 私の言葉に彼は小さくため息を漏らす。



「どの道、研究所に戻ったところで秘匿されていた事件だ。……だが、研究内容とは別に当時の事件の資料が残されていたんだ。戦争の時に失われた物も多く、全ては分からなかったが」


 研究の資料は焼けてしまったが、当時のその研究の失敗は、事件として資料に残されていたのだという。その事実に、私は急いで聞き返す。



「確か、ケニス達の種族から贈られた本を悪用された為、表に情報が出されなかったと聞きました。……国の資料に、今もまだそれが残されていたんですか?」


 彼は複雑そうな表情で、私の質問に口を開いた。



「……あのように事件を隠蔽するなど、許し難い事だが……その通りだ。当時あの本を使っただろう犯人についての記述が残されていた」



 その言葉に、私は息が詰まる。まさかこんな所で、あの事件の真相を知ることになるかもしれないなんて。私が苦い顔をしているのに気付いた彼は、少し躊躇うように話を続ける。




「……君が望むのであれば、内容を教えよう。だが、それは君を傷付けることになり得ることだ」



「……聞かせて下さい。私は今まで、彼らに償いたくて、この身体をどうにかする方法を調べてきたんです。でも、それが根本から間違っていたのなら、私はそれを知るべきだと思います」


 躊躇うことなくそういう私に、彼は少し考え込むようにしてから、口を開いた。




「……当時、王城内の図書館にあの本はあった。元々は、内容もそこまで危険のないものとして、国の関係者なら自由に閲覧出来るものだったんだ。だからこそ、あのように悪用されてしまった」


 そして、あの本に描かれた魔術式を、あの研究に使われたのだという。私が気付かなかったところを考えるに、分からないように仕組まれたものだったのだろう。


 だがもし、魔術を人へ移すという術を、当時の研究で作られた術式に付与されたのだとしたら。私のこの身体の変化はあまりにもおかしいと言えた。そもそもの術式が、親から子へと遺伝させる術だった為だ。


 それこそ、以前悪夢に苛まれていたレナードのような症状が出る可能性が高い。だが、そうはならなかった。



「当時の術には、乱雑に魔術式が追加されていたそうだ。バレないように術式の裏側にね。つまり、君の実験を失敗させるために犯人が弄ったのだろう」



 リアンはそう告げると、一呼吸置いて、その続きを口にした。



「……本を盗み、それを行ったのは君の同僚である研究員の一人だった。その彼も亡くなったことを考えると、実験の失敗における結果は、本人も予想していなかったんだろう。そして、そんな事をした理由は明確には分からないが……その状況から予想は立てられる。その研究員は……君を妬んでいたのだろうな」



「妬んで……ですか……?」



「そうだ、当時の君は若いながらも、研究室で主任を任されていたんだろう? 君よりもキャリアが長い研究員も多くいたはずだ。…………つまり、君のそれは」



 少し言葉を濁した彼のその続きを、私は待つことなく察してしまう。昔の仲間たちの顔を思い出しながら、私はその事実を飲み込もうとする。つまり、私のこの身体の原因は。




 ――た(・)だ(・)の(・)、嫌(・)が(・)ら(・)せ(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)。





 ――確かに当時の私は、その年齢に見合わないほどの評価を貰っていた。その時の研究でも、主任に抜擢される程に。



 だが、その時の私は。より良い結果を、研究の成果を得られるようにと、その事だけを考えていた。だからこそ、そんな研究員(なかま)の感情の機微にさえ、気付けなかった。







「……私は、この身体になる前から。……何も、変わってはいなかったんだな」



 長いこと話し込んでいたせいか、随分と前に研究所に着いていた車から、私は降りようとする。



「ハーヴァー……君のその考え方は、正しくない。そもそも、その危険性すら考えることの出来ない相手に、そんなことを」



「リアン殿下……少し、長く話しすぎましたね。貴方も多忙な身ですから……早く、所内へ向かいましょう」



 私は、気付けば彼の言葉を拒絶していた。頭が、混乱している。まるで鉛のように重く感じる身体を、無理やり動かして、私は研究所の中へと向かった。



 そうだ、報告書を書かなくては。研究室に戻れば良いだろうか、その前に裂けてしまった服を着替えなくては。



 そう、無理やりに思考を働かせ、私は足を動かす。







「……先生? 帰ってきたんだね。……何か、あったのかい」


 気付けば目の前には、よく見慣れた私の生徒が立っていた。一体、どんな表情をしているのだろうか。私の顔を見て、彼は明らかに焦ったようにその表情を変える。


 不死のはずの身体から、力が抜けていくのを感じた。昔、研究に根を詰め過ぎて倒れた時も、確かこんな感じだったと私は思い出す。







「先生……先生……!? 一体何が…………てくれ ……」



「……私に言ったじゃないか。そこまで抱え込む必要は……それなのに君は……して……」



 薄れていく意識の中、そんな彼らの声が聞こえてくる。倒れかけた私を受け止めてくれたのだろうアンブローズが何かを言っていたが、結局その言葉が分からないまま、私はその意識を手放した。










「……それで、先生の体に異常はないんですね?」



「あぁ、だからこれは精神的な過労から来ているものだろう。グレイが居た研究室を資料ごと燃やしたのも、かなりのストレスになっていたんだろうな。……彼女は、気付いていなかったのかもしれないが」



「こんなことになるなんて……俺も、人の事は言えないですが。貴方はこの人に、何を伝えたんです」



「彼女の……その呪いの原因についてだ。事件としての資料が残されていたから、彼女の話を聞いて確信できた。……だが、やはり伝えるべきではなかったな」




 ――ぼんやりとした視界の中、そんな会話が聞こえてくる。気付けば私は、研究所の医療室のベッドに横になっていた。私はいつの間に倒れてしまったんだろうか。身体を起こし、閉められたカーテンに手を伸ばす。




「……先生!? 良かった、目が覚めたんだね。具合はどう? 大丈夫? 苦しいところはないかい?」


 事務用のソファに座っていたアンブローズが、起きた私に気付いて駆け寄ってくる。彼はベッドへと乗り出しながら、安心したような、泣きそうな顔でそう聞いてきた。


 その言葉に、私は体調を確認する。残念ながら、その体は完全な健康体だと言えるだろう。だが、少しだけ頭が重い。息も、苦しく感じる気がした。



「……私は、どれ程寝ていたんだ」


「まだ数時間程度だ、アヴストが今報告書を書いている。もうすぐ君の見舞いに来るだろう」



 彼の後ろから顔を覗かせたリアンがそう言ってくる。いつの間にか帰ってきていたらしいアゼリアは、私の代わりに報告書を書いてくれているらしい。



「そう、か……まさか、私が倒れるだなんてな……」




「……すまない、ハーヴァー。君には謝ってばかりだな。私は一旦、席を外そう……そうだ、礼をしたいとジェフリー・サイランも訪れているんだ、また後で、彼らを連れて来るよ」





 必要な事だけを告げて、彼はこの部屋を後にする。気付けば、窓から射す陽も暮れかけている。私は、目の前で座っている彼への言葉を、働かない頭で探し始めた。

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