↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/112

残された傷跡(4)

「君も、あの魔(・)女(・)と同じことを言うんだな……確かに俺は、彼女と同じ種族だ。だから同じ匂いがするんだろう」


 そう説明しつつ、彼はエドワードへとその薬を打つ。警戒しつつも、その姿が人間のものへと変わっていき、彼は安堵したようにため息をついた。




 彼らが言うその匂いというのは、私には分からないものだった。彼が魔女と言っているのは、恐らくクラウディアの事だろう。彼女も、そしてエドワードも。彼らからその種族の匂いを嗅ぎ取れるらしい。



「獣人族は元から、その嗅覚がとても優れていると聞きます。そのため、違いが分かるんでしょう」


 何故か先程から、私の腕を軽く掴んで離れないアゼリアが、口を開いた。



「なるほどな、私には分からない訳だ……それにしても、アゼリア……? どうしたんだ、こんな傍に」


「……ハーヴァーさんが、また私を庇うことがないようにと思いまして……つい」


 泣かせてしまったのだろうか、少しだけ目元を赤くした彼女は、少し俯きながらそう呟く。確かにあの時の私はかなり腕を抉られてしまっていた。あんな状態を近くで見ることなど、滅多にないだろう。私は、彼女を怖がらせてしまっていたことにようやく気付く。



「すまない、平気だと分かっていると、ついやってしまうんだ……次からは気をつけるよ」


 今まで何度この言葉を吐いただろうか。気を付けると言うだけで、絶対にしないと言いきれない自分に少し、嫌気がさす。彼女もまだ安心できないようで、離れる様子は見せなかった。



「とりあえず、リアンには連絡をしておいた。いずれ正式な応援が来るだろう。ソフィーの件もある。暫くは下手に動かない方がいいだろうな」


 彼の言う通り、彼女がどこに行ったのかはまだ分からないままだった。エドワードに暗示をかけたあと、直ぐに姿を消したのだろう。きっと、思った以上に早くここへと辿り着いた私たちから、逃げるように。



「っ、そうだ、ハーヴァーさん……っ」


 急にその場から立ち上がり、私の方へ駆け寄ってきたジェフリーは私の腕を取った。私は彼がそれ以上喋る前に、その口を開かないように指示する。



「ジェフリー、それは以上は口にするな。……知られたら嫌だろう?」



「ですが…………はい。……分かりました。ありがとう、ございます。このお礼は、いつか必ず」



 きっとこの腕のことを知ったら、エドワードは責任を感じてしまうだろう。私の腕自体はもう既に治っているが、それでも裂けた服が直ることはない。彼に悟られないようにと、私はジェフリーを黙らせた。



「とりあえず、皆動けるか? 一旦ここから出よう。外の人間には分からないように出来ているから、ここにいても仕方ない」



 私の言葉に、ジェフリーがエドワードへと手を貸して立ち上がらせる。私は庇った方の腕を彼に見られないようにしながら、この実験施設を出た。







「ハーヴァー……すまない、また君には無理をさせてしまった」


 外に出た私たちは、その後直ぐに到着した応援と、それを指揮するリアンと合流した。彼は私に駆け寄ってくると、そう謝罪してくる。



「私は、問題ありませんが……というより、だからこそ私を行かせたのではなかったんですか?」


 私がそんな疑問を口にすると、彼は複雑そうな表情になる。



「それは……違うとも、言いきれないな……きっと私は、君のその身体のことを分かっているせいで、無理をさせてしまう。本来の目的とは、相反すると言うのに」


 彼のその言葉に、私は余計に分からなくなる。今回の件は、彼の采配でどうにかなったといえるだろう。元からケニスへと連絡を取るよう手配もしていたし、少なからず問題はなかったと言える。



「……君は、元はただの研究者だろう。戦闘訓練を受けた訳でもない。だが、君を過信してそれ以上の働きを求めてしまっていた。それは私の落ち度だ。……それに、そもそもの目的は君を正しく元の人間の生活へと戻すことだ。君に人間らしくない行動をさせるのは、理にかなっていない」



 まさか彼がそんなことを考えていたとは。確かに私はこの身体のせいで、自分の身を盾にすることを厭わなくなっていた。もし元に戻れたとしても、そのままではきっとすぐに死んでしまう。


 その危険性を、彼は考えていたらしい。



「それは……元はと言えば私の責任でもあります。貴方がそこまで抱え込む必要は、ないかと……」


 そんな私の言葉に、彼は軽く微笑む。



「君だって、大切なこの国の民なんだ。私はもとより、国のためにこの人生を捧げる覚悟をしている。だからこそ、君のような理由で苦しむ者を放っておく訳にはいかないんだ」



 その言葉に、私は呆気に取られた。確かに私は、統合前のこの国で研究者をしていた、ここの国民と言えるかもしれない。だからといって、彼がそこまでする道理があるのだろうか。



 彼の、自分の人生を国へ捧げるというその覚悟がどれ程のものなのか、私には分からない。だからこそ、今の私はその言葉を素直に受け入れた。



「私も、今後気をつけます。貴方も、一人で全てを抱え込まない方がいい。出来る範囲で、貴方に負担をかけないように協力させてください」


 それを聞いた彼は、可笑しそうに笑った。



「君に言われるまでもない。……だが、今回のようにならない程度に、今後は頼らせてもらうとしよう」






「殿下、彼らを治療施設へ連れて行けるよう手配しました。そちらの方も、車へ」


 気付けば、ケニス以外は移送用の車へと乗り込んだらしく、私は隊員に声をかけられる。皆怪我などはないが、どのような影響を受けているかも分からない、そのため一応の検査へ向かうようだった。



「……いや、彼女はいい。私と共に研究所へ向かう。先に行ってくれ」


 それに頷いて、隊員はかけていった。



「君のことを彼らと同じように病院で調べる訳にも行かないだろう、それはいずれだ。移動中に今回の件について聞きたい」





 そして私は彼と共に、研究所へと戻る事になった。車へと乗り込んだその道中、現場の調査のために残ったケニスの代わりに、今回起きたことについて説明をする。



「やはり、彼女を取り逃したのは痛いな。……この件に関しては、グレイにも話を聞く必要がありそうだ」


 彼は手元の資料に情報を書き込みつつ、そう呟く。



「今後、あの警備隊はどうなるんでしょうか。エドワードに関しても」


「今後は、国が直接指示を出せる通常の部隊に変わる予定だ。元々はグレイが個人で彼らに指示を出すことが多かった為、まずは内部把握からだな。それとエドワード、彼に関しては、君たちに新しい書類の作成を頼む予定だ。きっとこれからはこのような事例も増えてくる、その時は君たちに回されるだろう」



 ――今回のような危険な案件は、もう君たちには行かないように注意する。




 そう言って、彼はそのまま車内で仕事を再開した。研究所に着くまですることがなくなってしまった私に、彼が呟くように声をかけてくる。



「……疲れているだろう、少し休んでおくといい。どうせ研究所に戻ったら報告書の作成と、所長からの文句が飛んでくるだろうさ」


 書類から目をあげることなくそう告げてくる彼の方が、かなりの仕事に追われているようだった。



「貴方こそ、彼が捕まってからかなり忙しいのではないですか? 仕方ないのかもしれませんが、少し休まれた方が……」


「これでも、自己管理は徹底しているつもりだ。座っているだけでも体力は回復出来る……だが、そうだな」


 彼は小さくため息をついて、持っていた書類を横へと置いた。



「休めと言った手前だ、君の前では仕事は控えよう」


 随分と素直に仕事を止めた彼に、私は少し驚く。その様子に気付いたのか、呆れた顔でこちらを見てくる。



「……なんだ、君が休めと言ったんだろう。不思議そうな表情をするな」


「いえ、随分と素直に休んで下さるんだなと……」



「……研究所に戻ったら、どうせ私も彼に文句を言われるんだ。今のうちに休んでもいいと思っただけだよ」


 彼はそう返事をすると、ふとこちらを向いて、言葉を続けた。



「そういえば……私は君のことを資料の情報でしか知らない。もし良ければ、君の昔の話を聞かせてくれないか? 国のことや、研究のことも。当時生きていた人間に直接聞ける機会などそうそうないだろう」




 突然の言葉に、私は少し呆気に取られる。だが真剣な表情の彼に、当時の研究、そこで起きた出来事や戦争前後の国の違いなど、私は少しずつ話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。