残された傷跡(3)
「ハーヴァーさん、私を庇って……すみません。私の、考え足らずでした……」
アゼリアは泣きそうな表情で私の腕を見ると、そう呟いた。そんな彼女に、私は無事な手で出口の方を指し示す。
「私は大丈夫だ。どのみちすぐ治る。それよりアゼリア、君には出口に向かって欲しい。もしかすると、私が呼んだ応援が来ているかもしれない。一目でこの場所は分からないから、彼が来たらここまで連れてきて欲しいんだ。頼めるか?」
私の言葉に、彼女はこくこくと頷き、素早く出口の方へと向かった。それに気付いたエドワードが、こちらへと向かってこようとする。だがそれをジェフリーが剣で牽制する。
「ハーヴァーさんも、出口へ向かってください。その腕では……ここは、私がどうにかします」
「……いや、私が囮になる。君には隙を見て彼を拘束して欲しい。君一人でも、私一人でも、彼を相手にするのは厳しいだろう」
気付けば敬語もなくなり、私の無謀とも言えるその言葉に、彼は一瞬の動揺を見せる。
「そんな怪我で、どうすると言うんですか! それはただの自殺行為です、そんなことはさせられません!」
その言葉を無視して私は彼の前へと出る。そして、既に治っていたその腕で軽く手を振った。
「この通り、私は大丈夫だ。彼の後ろに向かって私が走る。きっと私の方に注意がいくだろうから、彼が後ろをむいた隙に拘束して欲しい、出来るか?」
「……わかり、ました。一体どんな手を使ったのかは分かりませんが、今は……貴女を信じます」
流石と言うべきか、私の腕を見てすぐに思考を切り替えた彼は、悔しそうな表情ながらも私の行動を待つ。
瞬間、私はエドワードの方へ向かって走り始めた。突然の行動に、彼は一瞬動きが止まる。その瞬間を見逃さないよう、私は彼の後ろへと回り込んだ。だが彼もそれに素早く動きを合わせてくる。私の方へ向き直ると、その手を振るってきた。
だが、私はそれを予想していた。その手を片手で受け、腕にくい込んだ彼のその手を、私はもう片方の手でつかんだ。流石獣人族とのハーフといえるだろう、彼のその力は尋常なものではなかった。だが、それに負けてはいられない。
「今だ、彼を!」
私の言葉に、既に彼の後ろに迫っていたジェフリーが頷いた。既に剣をしまっていた彼は、エドワードの片手を掴んで後ろに素早く回しこんだ。私はタイミングを見計らって、そこから抜け出す。それに合わせてジェフリーは彼を床へと押し倒すようにして拘束した。
「……エディ! 頼む、戻ってきてくれ!」
彼の叫びに、エドワードの反応はない。拘束が上手く嵌ったようで、何とかして抜けようと藻掻くが、彼は逃げ出せなかった。
ジェフリーが何度声をかけても、彼の理性が戻ることはなかった。彼は悔しそうな顔で、それでも拘束の手を緩めることはない。
気付けば、入口の方から二つのかけてくる足音が聞こえてくる。警戒しつつ、私はそちらを見る。入ってきたのは、応援を呼びに行ったアゼリアと、そして私が予め呼んでいたケニスだった。
「ハーヴァーさん、連れてきました……! この方で良かったでしょうか!」
「あぁ、合っている。ケニス、済まないが手を貸してくれ」
「リアンも君も、相変わらず人使いが荒いな……」
私がそう呼びかけると、彼は直ぐにこちらへと向かってくる。だがその時、ジェフリーが拘束していたはずのエドワードが彼の腕を振りほどいて、こちらへ向かってきていたケニスへと襲いかかった。
「俺にも、仕事があるんだが……っ」
彼はそんな愚痴を言いつつ、彼の攻撃を素早く避ける。この中で一番強いであろう彼へと攻撃するエドワードの様子に疑問を感じながらも、私は彼へと叫ぶ。
「彼は獣人族とのハーフなんだ、人間より数倍は強いはずだ、気をつけてくれ!」
「あぁ、それは分かっている!」
そう言いながら、彼は素早く懐から銃を取り出した。だがそれを見たジェフリーが悲痛に叫ぶ。
「どうか、彼を殺さないでください……! きっとこうなったのにも、理由があるはずなんです……っ!」
その言葉に、ケニスは表情を歪めながらも頷いた。
「どうにかするのは俺なんだがな……仕方ない」
彼はエドワードへと距離を詰めると、彼の足を引っ掛けるように滑らせる。体勢を崩した彼の腕を素早く掴み、地面へと叩きつけた。
「おい、そこにある赤い薬を取ってくれ! きっとそれで正気に戻るはずだ!」
彼の目線の先には、薬がしまってあるガラス戸の戸棚があった。そこにある赤い液体の入った瓶を、ジェフリーが急いで取って戻ってくる。
「効いてくれよ……」
彼はエドワードの口を無理やりこじ開け、その薬を飲ませる。すると、苦しむように彼は身体を震わせる。そしてしばらくすると、抵抗をやめ、その体の力が抜けるように倒れ込む。
「エディは、無事なんですか…!?」
焦ったようにそう零す彼に、ケニスはため息を着くようにして口を開く。
「今は気絶しているだけだ、時期目を覚ます。安心してくれ」
ほっとしたように、ジェフリーはその場に座り込む。私は彼らの様子を見て、疑問に思っていたことを口にした。
「……エドワードは、何故こうなったんだ?」
「あれは、俺たちが手にした知識のひとつだ。体内の魔力が多いものにほど、暗示が強くかかる薬なんだよ。彼はそれを打たれていたんだろう。……打った本人は、何故かここには居ないようだがね」
私の疑問に、ケニスが素早く答える。それを聞いて、私はやはり彼女の仕業だと言うことを理解する。ケニスと同じ種族である、ソフィーと呼ばれた彼女がエドワードをさらって、何かの暗示をかけたのだろう。内容については、彼が起きてから聞いてみるしかない。
「……それで、君たちは一体何をしてたんだ? 確かに、君に呼ばれたら直ぐに向かうようにとリアンには言われていたが。それにしても、なぜこんな所に君たちがいるんだ」
私はその言葉に、今日起きたことを説明する。すると彼は呆れた顔になって私を見てくる。
「君は……本当に運がないようだな。ここは、グレイが隠し持っていたとされる実験施設の一つだよ。俺はその場所を調べるように言われていたんだが……まさか君から情報が得られるなんてね」
彼は気絶しているエドワードに視線を向けながら、言葉を続けた。
「彼もきっと、グレイの研究対象の一人だったんだろう。ハーフである彼がグレイの下についていた時点で、その可能性は高い」
彼の話を聞いている間に、気付けば倒れていたエドワードが目を覚ましたように小さく呻いた。その見た目はハーフならではの半獣人的な姿のままだが、その瞳には理性が戻っていた。
「エディ! 良かった、目を覚まして……私が分かるか?」
「ジェフ……俺は、何を……」
薬の副作用か、彼は頭を抱えて少し苦しそうにする。自分の手を見ながら、その姿がハーフ特有のものに変わっていることに気付いた彼は、そのまま口を開いた。
「ここは、実験室か……ジェフ、怪我は」
「私は大丈夫だよ。それよりお前の方が心配だ。何かおかしな所はないか?」
彼に怪我がないことを確認したエドワードは、ほっとしたように息を着いた。
「俺は……大丈夫だ。彼女は、どこにいった……?」
辺りを見回すようにして、彼はその彼女の姿を探す。
「私達が来た時には、君は一人だった。君の言う彼女というのはもしかして、ソフィーという女性のことか?」
私の問いかけに、ほんの少し眉を潜めながらも彼は頷いた。
「貴女は、確か……そうです、ソフィー……グレイ隊長の傍にいた、あの女性が。俺をここまで連れてきました」
そして彼は、彼女が詰所へと侵入して来たこと、自分に薬を打って暗示をかけてきたこと。そして、グレイが捕まっている監獄を襲うように指示してきたことを説明した。
「目が覚めたのが、ここで良かった……まだ、誰も死んではいない、ですよね」
「あぁ、全員無事だよ。リアン殿下が素早く彼女たちを送ってくれたから。エディが無事で本当に良かった……」
まるで糸が切れたように、彼の前へと座り込んだジェフリーは、彼の肩に頭をもたれる。そんなジェフリーに、エドワードは少し驚いた顔をしつつも、ほんの少しだけ笑った。理性を失っていた時でさえ、無表情だった彼のその笑顔に、回りは呆気に取られる。
「すみません、ちょっと、力が抜けてしまって……ごめんエディ。君の方が疲れているだろうに」
少し顔を上げたジェフリーに、彼は大丈夫だと一言返す。そんな彼らの様子を見つつ、ケニスがふと薬の入っている棚の方へと向かった。
「……これか。今のままで外に出るのも不味いだろうしな」
そういって彼は、一つの注射器にその薬を入れて持ってくる。そしてエドワードの近くに膝をつくと、彼へと話しかけた。
「君は以前、この薬を打たれたことがあるだろう? これの効果がどのようなものか分かっているはずだ、とりあえず打たせてもらうよ」
そういう彼に、エドワードはその表情を険しいものへと変える。
「……えぇ、それは俺の見た目を変えるものだ。貴方は何者だ……彼女と、同じ匂いがする」




