【閑話】彼の残した傷跡
「……グレイ隊長が、捕まった」
集められた隊員達に、副隊長は一言そう告げた。皆が深刻な雰囲気になっている中で俺だけ、あぁ、やはりあの人は捕まってしまったのか、と冷静に考えていた。
それでもやはり、俺はこれからどうなってしまうのだろうかという不安が、無意識に心に染みを作っていく。
「数日はここで待機、明日にでも上から指示が来るだろう。それまでは私が取り仕切る。今は一旦解散だ」
副隊長のその言葉に、その場に立ち尽くすもの、考えをまとめたいのか部屋に戻るものなど様々いる中で、俺はただ相棒の言葉を待った。
「隊長が……たまに様子がおかしいことはあったけど、まさか捕まるなんて……私達は、この隊はこれからどうなるんだろう……」
そう呟く彼をじっと見ていると、俺の方を向いてそのまま彼は言葉を続けた。
「とにかく、今は出来ることをするしかないよな。……エディ? 大丈夫か?」
何故か、そんなことを聞いてくるジェフリーに、俺は返事をする。
「……何も、問題は無い」
彼がそんなことを言うなんて、俺は一体どんな顔をしているのだろう。普通なら誰も分からないような俺の変化に、彼はよく気付く。ジェフリーは、俺を心配そうに見つめたままだった。
「お前が、そう言うならいいんだ。……でも、もし何かあれば真っ先に言ってくれよ? 私の大事な相棒なんだから」
そういって向けてくる彼の笑顔に、俺は少しだけ心が軽くなる気がした。もう長い間傍に居る彼に、いつか俺の秘密を話せる日が来るんだろうか。それでも、いつか必ず彼は受け止めてくれるんだろう。
「……ありがとう、ジェフ」
俺がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
部屋に戻り、一人ベッドに座ると、俺は今後のことについて考え始めた。あの人がいなくなったとなれば、近いうちにこの立場が明かされる日も来るだろう。
元々俺は、純粋な人間ではない。獣人族と人間とのハーフだった。その特殊な出生から、俺はこの国に住んでいながら国籍を持たない。人間である母は、俺の存在を隠して育ててきたのだ。
他種族との間に出来た子など、俺が生まれた頃にはそうそう存在していなかった。バレればきっと、研究の対象にされてしまうだろう。そうなれば、普通に生きていくことなど不可能だと母は思ったらしい。
だが、そんな生活が続けられるはずはなかった。俺も、一人で家で居続けることに限界を感じていた。そしてついに、母の目を盗んでこっそり家を出た。外にいた人々は皆、幸せそうに生きていた。この国は、平和なんだ。俺だってきっと同じように暮らせるはずだと、そう思った。
だが俺は軽率だった。当時の俺の姿は、おおよそ人間と同じとは言えなかったのだ。夜の街で、姿がはっきり見えないにしろ、すれ違う人は少し奇異な目でこちらを見てくる。そんなことすら気付かなかった俺は、悪い人間に捕まってしまった。
「なぁ、こいつ、まるで獣みたいだ。もしかしたら精霊種? ってやつじゃないか?」
「物好きな連中には持ってこいな見た目だな。叫ばれたら面倒だ、早く口を塞げ。連れてくぞ」
俺は一体何が起きているのか分からなかった。少し路地裏に入ったら、運悪くそんな連中と出くわしてしまったのだ。俺の口を布のようなもので塞いでこようとする彼らに抵抗しながらも、まだ子供だった俺は、人間の、しかも大柄な男達にはかなわなかった。
「くそ、こいつ無駄に力が強いな……一発殴って気絶させ……おい、どうした? なっ、嘘だろ、やめ……うわぁぁぁあッッ!!」
必死に抵抗していた俺は、気付けば彼らの腕から解放されていた。突然に叫び出した彼らの方をみると、およそその体格では彼らに敵わないように見える女性が、その暴漢達を簡単にねじ伏せていた。そして、その隣に立っている男性が、俺に気付いて話しかけてくる。
「最近人攫いをする連中が居ると聞いてやってきてみたら……まさか、君のような子が居るだなんてね。見た限りでは獣人族の子供か……いや、それにしては……なるほどそうか。君は混ざっているんだな?」
直ぐに俺をハーフだと見抜いた彼は、俺の目線に合わせるように目の前でしゃがむと、笑顔を向けてくる。本能的に感じる彼の得体の知れなさに、俺は動けなくなる。だが、彼の口から出てきた言葉は、その不気味さとは対照的に、とても優しいものだった。
「やぁ、こんばんは。私はグレイ。グレイ・アルストロだ。もし良ければ、君の名前を聞いてもいいかい? 安心してくれ、君を傷付けようとするものは、もうここにはいないよ」
そんな彼の言葉に、俺は先程地面に突っ伏していたはずの暴漢達がいた方向をみる。すると先程までそこにいたはずの彼らは、まるで初めから居なかったかのように姿を消していた。後ろに立っていた女性も、いつの間にやら居なくなっている。
一体、彼らはどうなったんだろうか。もしかすると、もう生きては居ないのかもしれないと、そんな確信に近い予感に襲われる。俺は震えそうになる声を抑えながら、彼に返事をする。
「俺は……エドワード、です……貴方は一体、何者なんですか……?」
「私は……いずれこの国の王位を継ぐ人間だよ。君のことだって、きっと助けられる。どうだい? 私についてくる気はないか?」
彼はその手を差し出して、そう問いかけてきた。きっと、その手を取ったら俺の人生は大きく変わるんだろう。彼の目的がなんであれ、今までのように生きていくのは、もううんざりだった。
ずっと俺を隠して育ててきてくれた母には悪いが、まだ若かった俺は、少し悩みながらもしっかりと、その手を取った――取ってしまったのだった。
それから俺は彼に引き取られ、彼の用意した場所で暮らしていくことになった。なんでもそこは彼が取り仕切っているという警備隊の詰所なのだという。俺は新しい生活に、そこで働いている隊員たちへと興味を持った。
「君もいつか、この警備隊に入るといい。君にはその才能があるからね、きっと必要とされる人になれる」
そう言いながら、彼は俺をとある場所へと連れていった。そこは母が恐れていた実験施設だったと、俺は後から気付いた。
「君のその見た目は、人の目を引くからね。本当だったら、そのまま生きていける国にしたいんだが、今すぐには無理なんだ。だからこそ、まずはその問題をどうにかしよう」
そういって、彼は俺の身体を調べるようになった。一日に一度の投薬、問診、そして能力の測定など。特に苦しいことも無く、その薬のおかげか俺の姿は完全に人間のものへと変わっていった。
それでも俺の能力は人間よりずっと高いらしく、測定でいい結果を出す度に彼は嬉しそうに俺を褒めてくれた。
この検査もきっと、本当は悪いことをしているのだろうと、そう思いながらも。俺はこの生活から離れることは出来なかった。
そうしていつの間にか、俺は彼が隊長を務める警備隊へと所属することになった。
――そこで、俺は彼と出会った。
「あぁ、エドワード。実は君に頼みたいことがあってね。君の同期に、ジェフリーという子が居るだろう? 成績も良いし、悪い子ではないんだが……少し突っ走ってしまう所があってね、彼の目付け役を頼みたい。君も、少しは私以外の誰かと一緒にいるようにした方がいいだろう」
そして俺は言われるがまま、彼――ジェフリー・サイランを見張ることになった。確かにグレイが言った通り、彼は少し自分の気持ちに正直過ぎる所があった。彼は良いと思ったことを、躊躇いなくやってのける。
彼の行動は、人としては正しいことなのだろう。だが隊としては良いとは言えないことも多かった。俺はそんな彼の行動を見張り、彼が突っ走ろうとする所を止めるようになった。だが、ジェフリーはそんな俺に、何故か毎回礼を言ってくる。
「私はつい身体が勝手に動いてしまって駄目だ。君がいてくれて、本当に助かってるんだよ。だから、いつもありがとう、エディ」
彼は素直すぎるほどに、そんな言葉を俺に伝えてくる。まるで善性を形にしたような彼に、俺は少しずつ心を開いていくようになった。
そして、元は目付け役だった俺の立場は、いつの間にか彼の相棒へと変わっていった。
「いつか、ジェフに……彼には、俺の事を」
打ち明けるのだと、そう心に決めたのだ。グレイが捕まった今、そうなる日も近いだろう。だが、俺が一人そんな覚悟を決めた、その時。コンコン、と部屋に音が響いた。だがその音は、扉からではなく、窓から聞こえてきた。
「……なんだ?」
俺は少し警戒しながら、カーテンを開ける。だがそこには誰もいない。それもそのはず、ここは二階だった。人がここを叩くことなど不可能だろう。俺は窓を開けて、外を確認した。やはり、外には誰もいなかった。
俺は少し疑問に思いながらも、窓から離れようとする。しかし、突然に後ろから、殺気に似た嫌な気配を感じて振り返る。そこには、いつの間に入ったのか、一人の女性が立っていた。
その一つにまとめた長い髪を揺らしながら、何を考えているのかが一切読めない表情でこちらを見てきていた。
「……貴女は、確か隊長の」
俺が拾われた日。あの暴漢達を意図も簡単にねじ伏せていた彼女は。あの日以降、たまに彼と共にいる所を見る事があった、ソフィーと呼ばれていたその女性の事を俺は思い出す。だが次の瞬間、俺は何故か膝をついていた。
「っ、何故、貴女が……」
意識が遠のく中、静かに俺を見下ろす彼女は、一人小さく呟く。
「……あの人が、大切にしていた貴方を使うのは。きっと、彼は怒るだろうけれど。それでも私は……あの人が居ないと」
その表情は、先程までの無表情さとは違って、か弱い女性のものだった。
そして、俺は見慣れた実験室で目を覚ました。
手足は拘束され、身体に力が入らない。きっと何かの薬を打たれたのだろう。過去の投薬でも似たようなことがあった俺は、冷静に今の状況を把握しようとする。
近くには、ソフィーが一人立っていた。俺が起きたことに気付いた彼女は、一つの注射器を持って近付いてくる。無表情に戻っている彼女は、俺の目の前まで顔を近付けてくる。そして、まるで機械のように口を開いた。
「貴方はこれから、国の監獄を襲います。私の指示通りに動きなさい。閉じ込めておくものを皆、殺してでも。彼を助け出しなさい」
彼女のそんな恐ろしい言葉に、俺は困惑する。だが、その時にはもう彼女の持っていた注射器は空になっていたことに俺は気付く。彼女が呟いている間に、いつの間にかそれを打たれていたのだ。
段々と、意識が遠のいていく。
あぁ、もし彼女の言う通りに、俺が監獄を襲ってしまうのであれば。どうかそこに、ジェフリーが、大切な相棒が居ないことを願って。
そうして、俺は意識を手放した。




