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残された傷跡(2)

「ハーヴァーさんは、どこに向かっているのですか?」



 耐えきれなくなったように、アゼリアが私にそう聞いてくる。私は方向を教えてくれている隣人へと詳しい場所を聞き、それを説明した。



「なんでも奥地のとある場所に、岩壁が露出している土地の段差があるらしい、そこへ向かっているそうだよ」


 私が一人、空中に話しかけてるのを見て、ジェフリーが恐る恐る口を開いた。



「その……貴女はどなたとお話してらっしゃるんでしょうか……も、もしかして幽霊、とか……」


 彼は見えないその幽霊の姿を前に、半歩下がって私についてきている。そんな彼を横目に、アゼリアが納得したように口を開く。



「もしかして……精霊種でしょうか。彼らは自然の多いところを好むと聞いていましたので、ハーヴァーさんは彼らの声が聞こえるのですね」


「あぁ、一応ね。なんでも最近この辺りに獣(・)の(・)子(・)がいるそうでね。彼らが怯えているようだったから、どうにかする代わりに案内を頼んだんだ」


 その言葉にアゼリアが真っ先に反応した。彼女は考えるような仕草で予想を口にした。


「獣の子、ですか。アクロイドさんがどの種とのハーフなのか知りませんでしたが……この状況ですし、可能性は高いと言えるでしょう」



 獣の子。それは獣人族のことを指しているのだろう。半端者という言葉から察するに、この公園にいるらしいその人は、ハーフである彼の可能性が高いと言える。



「獣人族、ですか……話に聞いたことはありますが、どの種族も共通して、人の前にあまり出て来ませんから、詳しいことは分かりませんね。エディも、今まで特に変わった様子もありませんでしたし」


 だが一つだけ、彼は他の隊員より特出した身体能力があったという。獣人族は共通して、その獣の特性によって能力が人間より優れていると言われていた。そしてそれぞれの特徴に合わせた地域で暮らしていて、人間との交流もあまりなく、情報が少ない。



「もしその子が彼だったとして……気になるのは会(・)話(・)も(・)で(・)き(・)な(・)い(・)、と言われていたことだ。なんでも様子がおかしかったそうでね。もし対話できないとなると、危険な状況になり得る可能性もある」


 私は片手で連絡用の機器を取り出して操作する。そんな中、ジェフリーが考え込むように下げていた顔を上げる。



「一応、彼の力量は知っているつもりです。もしもの場合は、なるべく傷付けないよう無力化出来ると思います。話を聞くに、正気を失っている可能性もあるようですから」


 彼はそう言いなながら、腰にかけていた剣に手を添える。それを使うことがないことを祈るばかりだが、いざとなれば彼は相棒にそれを向けなくてはならなくなるだろう。


「なるべく戦闘は避ける方向で行きたいですね……一応、何かあった時のために応(・)援(・)を呼んでおいたので。今は先に向かいましょう」




 気付けば、まるで本当の森に入っていったかのように感じるほどに深い木々の中を歩いていた。公園だかこそ存在している細い道を進んだ先に、その場所が見えてきた。



「あの場所でしょうか。確かに、岩が壁のようになっていますね」


 私はアゼリアの言葉に頷きながら、その場所を確認する。たしかにそこには、公園にあるには異質な岩壁が存在している。地表が断裂して出来たのだろうそこには、一見おかしな所は見当たらなかった。



「ほら、あそこに穴(・)があるでしょ? あそこにはいっていったんだよ。私は怖いしここで帰るから、あとはお願い」



 私の傍で飛んでいたその妖精は、逃げ帰るようにして森の中に戻っていった。私はその指さされた方向へと向かう。そこには壁だけが存在しているようだったが、私はその岩壁に手を伸ばした。



「……成程、これは凄いな。目くらましのようなものか、これなら誰も気付かないだろう」



 その岩壁に消えるようにして入っていく私の手を見て、後ろにいた二人が驚いたように声を上げる。


「そ、それは一体……もしかしてそれも、魔術、なんですか?」


 ジェフリーがそう呟く声に続き、アゼリアも興味深そうに口を開く。


「凄いですね……ここまでの技術は初めて見ました。いずれ研究が進めば可能だとは思っていましたが、完成されたものが存在しているなんて」


 そんな彼らの言葉に返すように、私は言葉を続ける。


「きっとここだろう。何が起きるか分からないからな。応援を待ってもいいが……もしもの事があっては遅い、私が様子を見てこよう。君たちはここで待っていてくれてもいいが」


 私の提案に、真っ先にジェフリーが声を上げた。



「そんな、女性に……それも研究者の方に先行させる訳には行きません。これでも特殊警備隊なんて呼ばれる場所に所属しているんですから、荒事には慣れています。先頭はお任せ下さい」


 そんな言葉に反応するかのように、アゼリアが少しだけ怒ったようにジェフリーを見る。


「私も何も問題ありません。女性だから、研究者だからと現場に向かう事を止められる理由は無いと思います。自分の身は自分で守りますし、後ろに居ますのでお気になさらず」


 そんな彼女の言葉に、彼は少し漁ったように困った顔をする。



「お、怒らせるつもりだった訳では……どんな危険があるかも分かりませんし、女性を守るのが私の信条ですから」


 その言葉に余計にむすっとしたアゼリアに、彼は更に困った表情になった。私はその様子を見て少し可笑しくなってしまいながら、先程の壁の中へ入っていった。



 焦ったようについてきて、前を歩くジェフリーと、その後ろを歩くアゼリアを見守りながら、その洞穴を進んでいく。少しすると、岩で出来ていたそのトンネルは、白く人工的な壁へと変わっていく。




「これは……まるで実験施設のようですね」


 アゼリアがそう呟くように、辺りを見回してみると、たしかにここは研究所のような、実験施設のようなものだと思えた。


 点々と光る照明の中を進んでいくと、厚い扉の部屋が一つ、突き当たりに存在していた。実験室と書かれたそこは、明らかに怪しい。



「私が様子を確認します。お二人はここでお待ちください」


 そう言いながら、ジェフリーは剣に手を添えつつ慎重に扉を開く。覗くようにして確認すると、彼の肩が一瞬震えたようだった。



「ジェフリーさん、何かあったんですか」


 私の質問に答えるよりも前に、彼はその室内へと入っていった。その後を慌てて私は追いかける。


 その部屋は、天井の照明が点滅していて、その不気味な様子を更に引き立たせていた。奥には複数のパネルが設置されているようだが、どれも真っ暗で使われていないようだ。


 そしてその部屋の中央、少し距離を取りつつも、ジェフリーが見つめる先には、いつか見た黒髪の青年が立っている。私の後ろに隠れるようにして、その様子を見ていたアゼリアが口を開いた。



「彼が、エドワード・アクロイド……でしょうか。確かに写真と同じように見えますが……あれは」



 彼女は動揺したような声で呟く。確かに、そこに立っているのはエドワード本人なのだが――その見た目は、まるで人のものからかけ離れていた。



 姿形こそ彼のものだが、その顔は毛で一部覆われ、その耳は尖り、獣のようなものへと変わっている。そしてその手の爪も、人間のものでは無い鋭いものになっているのが見て取れる。




「……彼は確かにエディです。ですが、あの姿は」


 彼のそんな呟きに、エドワードはただ静かに立ち尽くすだけで反応することは無い。ジェフリーはそんな彼に向かって、言葉を投げかける。



「エディ、私だ……ジェフリーだ。私の言葉はわかるか?」




 すると、エドワードの体が少し揺れ、その顔を上げる。その様子から、彼は明らかに正気を失っていた。獣のよう光るその金色の瞳でこちらを見据えてくると、突然に彼はその距離を詰めてくる。



「なっ……」


 一瞬の出来事に、アゼリアが悲鳴をあげる。それと同時に私は彼女の肩を掴んで庇うように横へと避ける。同じようにして反対側へと避けたジェフリーに、私は言葉を投げかけた。



「っ……おい、彼はここまで様子がおかしかったのか!?」


 相棒へと、その爪を容赦なく振るってきた彼に相対するようにして、剣を抜く彼は少し焦ったように返事をする。


「いえっ……そんなはずは! もとから変化が分かりにくい人でしたが、ここまでおかしくはなかったはずです……っ」


 

 すると、エドワードはこちら側へと向き直り、標的を定めてきた。この中で一番弱いだろうアゼリアをその眼光に捉える。


「くそ、分かっていてこちらを狙っているのか……っ」


 また素早く距離を詰めてくる彼に、私はアゼリアを庇うようにして立ち塞がる。彼の爪を私は腕で受け止めた。引き裂かれたその腕の痛みに、私は少しだけ顔を歪める。



「……クソっ! エディ!!」


 彼の後ろ側にいたジェフリーが、素早く彼の足をかけるようにして足を滑らせる。それに足を取られたエドワードは、倒れる前に片足で跳躍する。少しだけ距離が遠くなった彼を見て、ジェフリーが私たちを庇うようにして立つ。



「ハーヴァーさん、腕は! 大丈夫ですか!?」



「私は大丈夫だ、今は彼に集中してくれ!」


 彼は悔しそうな表情で、それでもエドワードから目線をそらさずに剣を構える。



「エディ……なんでこんな……」




 彼の呟きに、エドワードが答えることはない。私はこの状況をどうするか、痛みで鮮明になった頭で考え始めた。

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