残された傷跡(1)
忙しそうに走り回っている隊員とすれ違いながら、私達はジェフリーに案内され客間へと通された。
「騒がしくてすみません。隊長が変わってから、色々と忙しくなってしまいまして」
困ったように笑う彼に、早速アゼリアが質問を投げかける。
「警備隊、と言っても、貴方方の隊は特別だと聞きました。以前の隊長が直接指示なさっていたそうですが、今はどなたが指揮されているのですか?」
「そうですね……今は副隊長が隊長へと昇格し、隊の仕事の指示はリアン殿下がなさっています。現在は基本的に、隊長が代わる際の引き継ぎや今後の隊の動きについての把握を行っています」
すぐに帰ったはずのリアンがこちらに仕事を持ってきた理由が分かった。何でも彼は研究所だけでなく、この特殊警備隊への指示も行っているらしい。そのため、ここに仕事をしに来た際にエドワードの件を聞いたのだろう。
「なるほど、そうだったのですね。それでは早速なのですが、今回の件についてお話を伺っても良いでしょうか? エドワード・アクロイドさんの失踪について」
本題に入ろうとするアゼリアの言葉に、ジェフリーは少し俯きながら口を開く。
「エディは……彼は、三日前の夜に姿を消しました。グレイ殿下が捕まってから、少し様子がおかしかったと思います。……彼が何も言わず出ていくなんてことは、ないはずなんです」
彼は話を続ける。グレイが捕まってから、ようやく指示が入った四日前。その日から彼の様子がおかしく感じられたという。そしてその次の日の夜に姿を消したのではないかと言われていた。
「翌朝、彼が居なくなっていることに気が付きました。窓が開けられたままでしたから、そこから出ていったのか……それとも、攫われたのか。彼は、この隊の中でもかなりの実力がありました。そうそう簡単に誰かに捕まるようなことはないと思うのですが……」
彼は悔しそうな顔でそう説明する。居なくなった彼のことを、大切に思っていたのだろう。今でもまだ信じられないと、そう呟いた。
「様子がおかしい、というのもありますし、彼からここを出ていった可能性は高そうですが……」
アゼリアの呟きに続いて、私も口を開く。
「そうですね……彼は、なんでも無国籍だったようで、グレイに匿われていたと聞きました。その事については、何か知っていることはありますか?」
ジェフリーは、辛そうな表情でその言葉に返事をしてくる。
「それについては……先程、リアン殿下にお聞きして、初めて知りました。もしかすると、隊長が居なくなった後の自分の立場に焦っていたのかも知れません。……彼がどういう存在だろうと、私は受け止めるつもりでした。でも彼は、一人で居なくなってしまった」
けれど、私に話さないなんて、ないはずなんです。――相棒、でしたから。
その呟きからは、彼の、エドワードへの信頼を強く感じた。私はその言葉を出来る限り尊重するように、話を続ける。
「……それなら、まずは探すところから始めましょう。自分から出ていったにしても、攫われたにしても。彼が行きそうな場所等には心当たりはありませんか?」
「エディが行きそうな場所……どうでしょうか、彼はあまり、自分の意思で動こうとはしない人でしたから。……あ。そういえば、一つだけ」
彼は思い出したように顔をあげた後、直ぐに困ったような表情へと変わる。
「その……彼は週に一度、必ずどこかへ出かけていたんです。彼にもプライベートはありますから、行き先は聞いていなかったんですが、それでも一度だけ、姿を見かけたことがありました」
それはどこだったのかと私が問うと、更に困ったような顔で彼は答える。
「自然公園です、この首都で一番大きなあの場所で、彼を見かけました。ですが、とある女性と一緒に居たようで……」
友人のプライベートについて語るのがはばかられるのか、彼は言葉を濁した。それでも、今は手がかりのひとつでも欲しいところだった。私は彼へと訴えかけるように詳細を求めた。
「それでも、今は唯一の手がかりとなるかもしれません。どうか教えてください、その女性は一体どのような方でしたか……?」
もしかすると、彼の立場を知って匿っている親しい女性がいてもおかしくは無い。私はそんなことを考えながら彼の言葉を待った。だが、そんな彼の口からは、私が予想だにしない答えが返ってくる。
「そう、ですね。その人は、まるで人間ではないように見えました。確かに、その見た目は美しい女性でしたが……それでも、得体の知れない何かを感じたんです」
そして、彼の言う特徴を聞いて、愕然とする。私はその女性を知っていた。一週間ほど前、私は確かに彼女に出会っていたのだ。
それはあの研究室にいた――グレイの協力者である、ソフィーと呼ばれたあの女性と同じ姿だった。
「……結局、彼女を捕まえないとどうにもならなさそうだな」
そう呟く私の目の前には、木々が広がっていた。ジェフリーの話を聞いて、私達は自然公園へと来ていた。
首都メリアの中心に近い場所に位置するこの公園は、その名の通り緑豊かな、まるで街中に突然森が現れたかのように思える場所だった。土地も広大で、探すのにも一苦労しそうだ。
「まずはアクロイドさんを見つけるところからですね。以前見かけた場所とはどの辺なのでしょうか?」
そう聞くアゼリアに、今回協力すると付いてきていたジェフリーが先導するように道を歩き始める。
「正確な位置は分かりませんが、かなりの奥地だったはずです。その、ここにはたまに息抜きで来ていたので。人の少ない場所でゆっくりするのが好きなんです、だからこそ、あんな場所に彼がいた事がまず不思議なんですが」
彼はそう説明しながら、木々の間にある小道を進んでいく。私達は、辺りをを見回しつつその後を追った。そんな中、人が少ないはずのこの場所が騒がしいことに私は気付く。
「……なんだ? これは、精霊種か」
常緑樹の木々や葉の影からは、小さい声で話す彼らの言葉が聞こえてくる。基本的に自然を好む彼らは、こういった場所に住んでいることが多い。それでも本来なら人には見えず、彼らも人の側にはあまり寄らないためこうして声が聞こえるのは珍しい事だった。
私は二人を制止し、耳を澄まして彼らの言葉を聞き取ろうとした。その声は、ひそひその何かを話しているようだった。
「……それでね、その子があの場所に入ってから、みんな怖くなっちゃって」
「それって……だよね、こんな所に彼らがいるなんて」
「でも半端者って言っていたよ。でも何かおかしいみたいだったし、何かあったら怖いなぁ……」
まるで何かに怯えるようなその声のする場所を私はかき分ける。するとそこには、手のひら程度の大きさの精霊種が、複数人で話し込んでいた。
「ひゃっ……ニンゲン……!?」
「僕らのことは見えないはずだから……あれ? もしかして見えてる?」
「でも、この人ニンゲンじゃないかも、なんの種族だろう」
急に現れた私に驚きながらも、私を仲間だと思ったらしい彼らに話しかける。
「やぁ、少し話を聞いていいかな。君たちの話していることについて。もしかしたら、私が何とか出来るかもしれない」
私の言葉に、彼らは顔を見合せた。そしてぽかんとしながらも話をしてくれる。
「こんにちは、もしかしてあの獣の子を探しているの?」
「それならやめた方がいいよ、なんだか様子がおかしかったし……会話も出来ないって聞いたから」
獣の子とは、一体どういう事なのか。私は一つの辺りをつけて彼らに言葉を続ける。
「もしよかったら、案内してもらえないかな。手前まででいい。それでどうにかなれば、君たちも安心できるだろう? どうかな」
私の提案に悩むように考え込む彼らの一人が、手を挙げる。
「私、案内してもいいよ。その代わり、どうにかして欲しいの。半端者ものと言ってもまだ子供だし、あれは少し可哀想だったわ」
「……そうか、ありがとう。しばらく案内を頼むよ。その、人間もいるんだが、大丈夫かな」
「貴方以外に見えないならそれで大丈夫だよ、どうにかしてもらえる方が嬉しいからね」
そういって、その小さな妖精がふわりと、私の目線の高さまで飛んでくる。私は軽く頷いて、待っている二人の元へと向かった。
「すまない、待たせたね。案内を頼んだから、とりあえずついて来てくれ」
私の言葉に、ぽかんとした表情になる二人は、言われるがままに私の後をついてくる。そして、彼らの言うその子の元へと私達は向かうことになった。




