アルストロ国立魔術研究所(4)
研究室へと戻ってきた私達の目の前には、何故か帰っていったはずのリアンが立っていた。彼は私達が揃っているのを確認すると、話を始める。
「当日から悪いが、早速仕事だ。先程情報が入ってきたんだ。先日捕まったグレイ・アルストロが隊長を務めていた警備隊のメンバーと会って欲しい」
そう言って、一冊の書類のファイルを彼は差し出してくる。
「……これは、私達の管轄なのでしょうか?」
警備隊の隊員の情報が記されたその書類に目を通したテオドールが、そう質問を投げかける。
「もちろんだ。まずは国の内部の事の方がやりやすいだろう? ……まぁそれは建前でしかないが、隊員の中に少し特殊な子がいてね。彼の行方が分からなくなっている」
資料の中の一枚の写真を指差しながら、彼は説明を始めた。
「彼はエドワード・アクロイド。警備隊の隊員の一人で、グレイが捕まった後、姿を消した。例の事件と関係がある可能性が高い為、彼の調査及び捜索をして欲しい。警備隊員の一人が協力してくれるそうだ」
そう説明して、彼は一言置く。そして、この部署へと仕事を回す理由を口にした。
「彼は、所謂ハーフだったんだ。グレイが秘密裏に匿っていたようで、無国籍だったと判明した。あいつの被害者である可能性もある。なるべく急いで向かって欲しい」
彼が言うハーフとは、この部署の事を考えると人間と他種族との子供の事を指しているのだろう。エドワード・アクロイド――以前、図書館で一度だけ目にした彼は、ハーフ特有の特徴もなく人間らしく見えたことを私は思い出す。
「今回の件には二人ほど出て欲しい。誰か進んで行きたい者はいるか?」
その言葉に真っ先に手を挙げたのは、表情を変えることなく話を聞いていたアゼリアだった。
「私が行きたいと思います。事件の話も気になりますし、無国籍であったのなら、早めに見つけ出し公正な手続きを行うべきかと。それこそ、この部署の目的である他種族に関する対策の元になり得るでしょう」
彼女がそう言うと、リアンはそれに頷き返す。
「他に進んで行きたい者が居ない場合はこちらが指定する。ハーヴァー、行けるか?」
元々私は臨時職員のような立場の為、出勤している時には仕事をさせておきたいらしく、それに例の事件に関わってい私は、彼の言葉を素直に承諾した。
「彼には一度だけ会ったことがありますから、見れば分かると思います。今から向かいましょう」
「あぁ、頼んだ。君にはあまり良い役回りを任せられないが……出来る限り援助しよう。もしもの時はあいつに連絡をしてくれ」
彼の言うあいつとは、ケニスの事だろう。彼は探偵だと言っていたが、随分とリアンの傍で動いていることが多いように感じた。私はそれに頷き返す。
そして、私達は彼が指定した場所へと向かうことになった。
「早速ですがハーヴァーさん。先程詳しい資料が送られてきました。私達が現在向かっている国家警備隊詰所は、通常の警備隊のものとは違うようです。現在収容されているグレイ殿下が隊長を務めていた特殊警備隊、そこについての情報はあまり多いとは言えません」
私の隣を歩くアゼリアは、魔道具に写し出される画像を見ながら説明をしてくれる。
「まずは今回協力して下さるという警備隊員の情報ですが、彼の名前はジェフリー・サイラン。現在行方不明となっているエドワード・アクロイドの相棒なのだそうです。本来そのような役割は存在していませんが、彼らは特殊だったようですね」
「……それならまずはそのジェフリーに話を聞くことになるだろうな。詳しい話は詰所に着いてから聞くことにしよう」
そこまで遠くないその場所に、私達は歩いて向かっていた。詳細を話し終え、口を閉じていたアゼリアが、こちらをじっと見ていることに私は気付く。
「……アヴスト、さん? どうかしたのか?」
「私のことはアゼリアとお呼びください。その方が呼びやすいと思います。……すみません、やはり少し気になりまして。貴女のその術について」
昼食の時に聞き足りなかったのだろうか。彼女は視線を逸らして、少し申し訳なさそうにそう言った。今まで表情を変えることのなかった彼女のその様子に少し驚きつつも、私は返事をする。
「気にならない方がおかしいだろう。向かう途中で良ければ、質問してくれても構わないよ」
私の言葉に、彼女は目を丸くした。そして考え込むようにして、その言葉を続ける。
「学術的な興味は、これから少しずつ分かっていくと思います。ですからそれは、今はいいんです。ただ少し、貴女の言葉に気になる箇所がありまして。完全に私的な興味なのですが」
そんな彼女の言葉の続きを私は待った。それを聞いていいものと理解した彼女は口を開く。
「所長に、お前はなりたいものになれたみたいだな、と仰っていたので。ハーヴァーさんは、昔は何を目指していたのですか?」
私は、彼女の質問に呆気にとられる。てっきりこの身体の事を聞かれるものだと思っていたが、私自身のことを聞かれるとは、思ってもみなかった。
「まさかそんな事を聞かれるとは……そうだな。私は昔、人々の生活を、国を、良くすることの出来る研究者になりたかったんだ。残念ながら、それは叶わなかったけれどね。今は、同じ夢を持っていた彼がそれを叶えたから……あまり、未練はないよ」
そんな答えを聞いて、アゼリアは呆気に取られたような表情になる。そして、何故か不思議そうにこちらを見てくる。
「それは、今からでは叶わない夢なのですか?」
彼女には、何度も驚かされるなと私は思った。この手の話には興味がなさそうだと思っていたが、そうではなかったらしい。そんな彼女の言葉に、私は少し悩みつつも返事をする。
「それは……私には、もう出来ないんだ。この身体になった時に、大きな犠牲が出てしまったから。私には、もうその資格はないんだよ」
今でこそ、私は私の気持ちへと向き合おうと動いているが、それでもあの時の犠牲は、私の中では残り続けている。同じ夢を抱いた彼らを置いて、私はまたその夢を追おうとは、思えなかった。
「そう、でしたか。話しづらい事をお聞きしてすみません。ですが、これからはきっと貴女の幸せを願う人が多くなっていくと思います。今まで、人と関わることなく生きてきたのでしょう。それでも、私は貴女と出会えました。これから共に仕事をしていく中で、私は必ず、その幸せを願うと思います」
その言葉はあまりにも優しく、私は呆然としてしまった。今日出会ったばかりの私に、そんな事を言ってくるなんて、本当に彼女には驚かされてばかりだ。
「君は……凄いな。そんな風に思える人なんて、そうそう居ないだろう。……そんな君に、私も幸せになって欲しいと思ったから、お互い様かもしれないな」
私がそう笑って返すと、彼女は少しだけ、その口元を綻ばせた。そういえば彼女は、リアンの面談を受けてこの部署に入ったはずだ。彼は随分と、人を見る目があるらしい。
「……着きましたね。一見普通の宿舎のように見えますが、ここで間違いないようです。入りましょうか」
話しているうちに、気付けば目的の場所へと辿り着いていたらしい。彼女の言うとおり、詰所というよりは宿舎に近いような見た目をしていた。特殊警備隊と言う程だ、きっと隠す目的もあってのこの見た目なのだろう。
私は、建物の扉の前まで行き、その戸を叩いた。すると少ししてから上の階から走ってくる音が聞こえ、扉が開かれる。
「お待たせしてしまって申し訳ありません……あれ、貴女は確か、アンブローズ先生と一緒に居た……なるほど、研究所の方だったのですね」
顔を覚えていたのか、走ってきた際にその綺麗な金髪を少し跳ねさせた彼は私にそう言った。
「覚えていてくださったんですね、ジェフリーさん。今回、行方不明になったエドワード・アクロイドさんの調査及び捜索を担当する、国立魔術研究所、他種族交流対策部所属のイヴ・ハーヴァーです」
「……同じく、研究員のアゼリア・アヴストです。この度はご協力下さるとお聞きしました。どうぞよろしくお願いします」
私達がそう挨拶すると、彼はその跳ねた髪を直してから、姿勢を正して返事をしてきた。
「私は、国家特殊警備隊所属のジェフリー・サイランと申します。この度はお忙しい中来てくださってありがとうございます。どうか、エディを……私の大事な相棒を、見つけ出してください」




