アルストロ国立魔術研究所(3)
「っ、……先生、それってどういう」
驚いたような、困惑した様子で彼はそう言葉を漏らした。私は書き終わった書類を彼に手渡しながら、それに答える。
「そのままの意味だ。私は、お前のことをもっと知るべきだと思った。今すぐじゃなくていい、だから次は……お前のことを聞かせてくれ」
私はそう言いつつ立ち上がると、研究室へと戻ろうとする。扉の前で一旦振り返ると、彼はいまだに困惑した表情でこちらを見つめていた。
「……それは、少しは喜んでもいいのかな。……俺の事なんかで良ければ、喜んで」
困ったように微笑みながらそう言う彼に見送られて、私は所長室を後にした。
「あぁ、ハーヴァーさん。お帰りなさい。実はこれから交流も兼ねて、研究室の皆で昼食をとらないか、という話をしていたんですよ。良かったら一緒にどうですか?」
研究所へと戻ってきた私に、テオドールが声をかけてくる。いつの間にか作業も終わっていたようで、彼らは室長机の前に集まっていた。ふと、先程戻って行ったリアンの姿が見当たらないことに気付く。そんな私をみて、彼は口を開いた。
「あぁ、リアン殿下はお帰りになられましたよ。お仕事が溜まっているようでして……まるで逃げるように。皆さん、それぞれ自己紹介はしましたがまだお互い話せていない方も多いでしょう。春に新人が入ってくるまでに仲良くできると嬉しいですね」
きっと、この後散々文句を言われるだろうことを察したリアンは、さっさとこの場から立ち去ったようだった。そんな室長の言葉に、静かに話を聞いていたアゼリアが頷く。
「そうですね、複数人で同じ仕事をするのであれば、お互いへの理解は必須でしょう。それにおいても交流は大切なことですから、ご一緒させて頂きます」
まるで何かを読み上げているかのように、完璧な文言を口にする彼女に続いて、バートンも同じく頷き賛成の意を示した。
「ぼ、僕も、皆さんとは仲良くなりたい……と、思います。きっとこれから、長いお付き合いになると思うので……是非ご一緒させてください」
少し言葉をつまらせながらも、一生懸命にそう言うアーサーを見ていたテオドールがこちらに向き直る。
「あとはハーヴァーさんだけですが……どうでしょう?」
「もちろん、私も一緒に行きます。研究職は久々ですから、なるべくお話を聞いておきたいと思っていたんです、どうぞよろしくお願いします」
そうして私達は、昼食を摂るために研究所を後にした。
「久々の外食ですよ……! ずっと研究室にこもって、社内食しか食べてなかったので、たまにはこういうのもいいですね」
嬉しそうに席に座りながらそう話すバートンは、早速店員を呼んで注文を始める。私達は、研究所近くにある喫茶店へとやってきていた。せっかくなので、外で何か食べようとテオドールが提案したのだ。
無事注文を終えて料理を待つ間、それぞれが話したかったのであろうことを口にし始める。
「あの……ハーヴァーさんは、不死、なんですよね。その、睡眠とか、食事とか、どうなっているんでしょう? 身体の変化なども一切ないのでしょうか…………あっ、すみません! その、本当に、ただ気になってしまって、ごめんなさい、失礼でした」
まさか真っ先に質問をしてくるとは思わなかったアーサーが、急いで謝ってくる。大人しそうながらも、やはり研究者なのだろう、そんな彼の質問に、私は笑って答えた。
「大丈夫だ、私も同じ立場だったらきっと気になって聞いているさ。そうだな……食事も睡眠も、本当は必要ないんだが。習慣づいているものは抜けなくてね。寝ることも食べることも一応は問題なく出来るよ」
そんな彼への言葉に、水をちまちまと飲んでいたアゼリアが口を開く。
「私も、少し気になりました。昔、国の研究所で働いていたそうですが、当時の管理体制はどうなっていたのでしょうか。どれほどの進歩があったのかが気になります。当時の文献は、戦争の戦火で無くなったものも多いですから」
二人とも、私が不死であることに疑問すら持たず、それこそ知識の虫のような質問をしてくる。なんだかその様子に懐かしさを覚えた私は、少しずつ彼らの質問へと答えて言った。
食事も届き、質問の勢いが少し収まってきた頃。その様子を見計らってか、バートンが私へと話しかけてくる。
「実は、ずっと気になってたんです。お祭りの時に所長と一緒にいましたよね? やっぱり昔からの知り合いなんですか? ハーヴァーさんには、随分と態度が違ったようでしたし」
私は彼女の言葉に、少し疑問を抱く。
「そんなに態度が違うのか……?」
「えぇ、それはもう。所長は、まぁ優しいですし仕事も出来ますし、それに顔も良いですから。女性に人気あるんですよ。私はどちらかと言うと、あの若さの秘訣の方が気になりますが……」
まるで彼を研究対象かのように言いながら、彼女は話を続ける。
「でも、あの年齢になっても結婚する様子はないですし、完全に研究以外は興味が無いって感じだったんですよ。それなのに、個人的にお祭りに誘う人なんて、もう気になるしかないですよ……!」
まるで、事件を追っている時のエルフィムのような彼女の口振りに、私は少し苦笑いする。
「それは……彼は私の教え子だったんだよ。短い時間だけだったけどね」
あまり詳しくは話さずに、私はそう彼女に説明した。きっと彼も、色々と話されるのは好かないだろう。適度に質問に答えつつ、私は食事を続ける。
「昔のアンブローズ所長、私も気になりますねぇ……あの人、なかなか隙の無い人ですから」
このような話にはあまり乗ってこなさそうなテオドールが、ちょっとだけ真剣な顔をしてそう呟いた。
「室長まで……そんなに気になりますか」
「それはもちろん。これでも研究者の端くれですから、所長のような方の昔の話とか、その先生だなんて聞いたら気にならないはずないですよ」
やはりというか、研究職の人間はこういう人が多い。私も含め、気になったら調べずには居られない質なのだ。
そんな話をしていると、まるで図ったかのように私達へと声をかけてくる人物がいた。
「……君たち、あまり俺のいない所で怖いことを聞かないで欲しいな」
つい先程まで話題に上がっていたその本人が、怪訝そうな表情でテオドールを見下ろしている。
「所長…!? 来てらしたんですか? てっきり今日も所長室で食事を摂られるかと思っていたんですが……」
しまった、という顔をするテオドールに、彼は言葉を続ける。
「……せっかく先生が来たんだ。受付に聞いたらここだと言っていたからね、生き抜きのつもりだったんだが……どうやら来て正解だったみたいだな」
「そ、そうですね……あっ、所長も良ければこちらへ、一緒にいかがですか?」
おっとりとした雰囲気ながらも、茶目っ気があるらしいテオドールは、話を逸らすかのように彼を席へと誘う。そんな彼を物言いたげに見つめながら、アンブローズは大人しくそこへと座った。
「所長が誰かと昼食をとるだなんて……本当に珍しいこともあるものですね」
店員を呼びながらそういうバートンに、先程まで小さくなって話を聞いていたアーサーが口を開いた。
「そんなに珍しいことなんですか……? 所長とは、そもそもお話する機会が少ないので、知りませんでした」
アーサーは去年入ってきたばかりだからか、あまりアンブローズと話したことがないようだった。そもそも人の多い国立研究所では、お互い話したことも無い研究員たちも多いようで、それを知っていた彼は返事をする。
「まぁ……そうだね。君はアーサー君だよね、これからは会う機会も増えるだろうから、よろしく頼むよ」
きっと研究所では良い上司なのだろう彼は、優しくアーサーへと笑いかける。
「は、はい……! 僕も、アンブローズさんのお話はよく耳にしていて。貴方に憧れてここに来たんです、ど、どうかよろしくお願いします……っ」
アンブローズに憧れて、と言う彼の言葉に、私は思ったことを聞いてみる。
「……彼はそんなに有名なのか?」
「そ、それはもう。国が採用している魔道具の多くが、アンブローズさんの考え出した魔術式が使われているんです……! 今でこそ書類仕事が多いようですが、この手の界隈では有名なんですよ……!」
国の研究所の所長という時点で、ある程度有名なのだろうとは予想出来ていたが、まさかそこまでの事をしていたとは。
「先生には話す機会がなかったからね。……少しは見直したかい?」
得意げな顔で笑う彼に、私は微妙な表情を返す。
「先生と呼ぶ割には、そういうことは話さないんだな……でも、聞けてよかった。お前は、なりたいものになれたみたいだな」
私のその言葉に、彼は目を見開いた。そして、少し悲しそうに彼は笑う。
「そう、だね……あの時俺が目指していた場所には、無事に来れたよ」
「なんだか、凄く気になることばかり話してますねぇ……私も所長の昔話、聞いてみたいものですよ」
まだ懲りていなかったのか、私達の会話にテオドールが混ざってくる。すると私達の会話を聞いていた他の三人も、興味深そうにこちらを見てきた。
そして結局その日の昼食の時間は、質問攻めにあって休めなかったアンブローズを見届けながら、無事終わったのだった。




