アルストロ国立魔術研究所(2)
「それじゃあ、次は私から紹介を始めますね! ドロシア・バートンと申します、ハーヴァーさんとは面識がありますよね。専門として、生物魔力学を研究していました、どうぞよろしくお願いします!」
彼女は、栗色のふわふわとした髪を揺らしながら大きく挨拶をする。そして、その横に立って、少しオドオドとした様子で話を聞いていた青年が、続けて自己紹介を始める。
「ええっと……僕は、アーサー・プライスと言います。去年ここに入ってきたばかりの、新人ですが……頑張りますので、どうかよろしくお願いします」
人見知りなのか、彼はその少し長いその前髪で顔を隠しながら、そのまま後ろに下がって小さくなってしまう。そんな彼を後目に、隣でじっと立っていた黒髪の女性が口を開く。
「私の番ですね。私はアゼリア・アヴストと申します。ある程度どの分野も学んでいるつもりです。研究から書類仕事まで、何かありましたらお伝えください、どうぞよろしくお願い致します」
感情の起伏が少なそうな彼女は、事務的にそう答えるとまた静かに話の続きを待ち始めた。そんな対照的な三人の様子を見て、少し苦笑している最後の一人が、少し前に歩きでて紹介を始めた。
「私で最後ですね。この度、この部署の部長兼室長を任されることになりました、テオドール・ベルと申します。一応この中では、ここでの仕事が一番長いですから、何かあればいつでも聞いてくださいね」
きっと、この研究員達の中では一番歳上なのだろう、テオドールと名乗った男性は優しい笑みで話を終えた。
全員の紹介が終わり、仕方ない、といった表情をしていたアンブローズが口を開く。
「これで全員紹介は終わったね。テオドールにはここの管理を頼んでいるから、何かあったら言ってくれ。俺の紹介は、必要ないだろう」
彼は小さくため息をつくと、この場を締めくくる言葉を口にする。
「今日は室内の管理と、あとは交流を中心に少しずつ仕事を進めていって欲しい。いずれ内容的にもフィールドワークが増えていくと思うから、今のうちによろしく頼むよ。あぁ、それと」
彼は私に近付いてきて、小さく耳打ちをする。
「ある程度準備が終わったら、所長室まで来てくれ。貴女は特殊だから、書類を一から作らないと」
「そういえば……そもそも書類なんて作れるのか……?」
「それに関しては、殿下が何とかしてくれるだろう。……あの人も中々に人使いが荒いよ」
そう苦笑する彼は、書類を片付けないといけないからと言って研究室を出ていった。残された私達は、少しの間無言になる。だがその静寂を、室長であるテオドールが破った。
「さて、所長は戻りましたし。私達は準備を始めましょうか。新しく渡された仕事用の道具を片付けていく所から始めましょう」
そう言って彼が手を叩くと、各々が準備を開始した。彼らは部署異動による書類の整理などをしながら、私も同じように渡された仕事道具をしまっていく。
「……ハーヴァーさん! お久しぶりです、お隣ですね。どうぞこれからよろしくお願いします!」
黙々と作業をしていた私に、耐えきれなくなったのか隣の席で片付けをしていたバートンが話しかけてくる。
「あぁ、久しぶり……ですね、バートンさん」
「あっ、敬語なんて使わないでください! お話によれば、大先輩なんですよね……あぁ、だからあの時所長に、先生、って呼ばれてたんですかね? 所長とはどんな関係なんですか……!」
私の事が気になってしょうがない様子の彼女に少し気圧されていると、テオドールが助け舟を出してくれる。
「バートンさん、彼女が困ってしまうでしょう? もう少し落ち着いてください」
何故か私よりも困った顔をしている彼は、そう彼女を宥める。それを聞いたバートンは、申し訳なさそうに謝ってきた。
「す、すみません。新しい部署とか、ハーヴァーさんの事とか。気になったら耐えきれなくなっちゃって。こんな時期なのに、まるで入所したての気分で……」
確かに彼女の言うとおり、年の瀬のこんな時期に、新部署の立ち上げ、そして職員の追加などそうそうあることではないだろう。そんな彼女に、私は軽く笑って声をかける。
「大丈夫だ。でも今は作業を終わらせようか」
私の言葉に頷いて、彼女は急いで整理を進めていった。元々物の少ない私はすぐにやることが無くなり、アンブローズに呼ばれていたことを思い出して所長室へと向かう事にする。
「ハーヴァー、所長室へ行くなら私もついて行こう。どうせ一人だと余計にどやされそうだしな」
この部署に居座るわけではなく、空いた席で何かしら仕事をしていたらしいリアンが、部屋を出ていこうとした私に気付いて声をかけてくる。
「私がいたところであまり関係ない気もしますが……とりあえず行きましょうか」
二人で所長室へと向かっている途中、彼は私に話しかけてくる。
「……彼と、何かあったのか? ケニスに聞いたが、あの時彼も家にいたんだろう。話損ねたにしては、随分とおかしい気がするが」
私は彼のそんな問いに、言葉が詰まった。まさかその彼に、想いを伝えられて言い損ねたなど言えるはずもなかった。
「それは……彼も随分と疲れていたようで。すぐに話せるような状況ではなかったんですよ。その後は知っての通り、忙しくなって会えずじまいでした」
嘘はついていなかった。だがリアンは考え込むようにして口を開く。
「……それもそうか。君も、出来る限り彼を気にかけてやってくれ。少し、見ていて不安になってくるのでね」
それはどういうことだろうかと、そう問いかける前に所長室へと辿り着く。私は質問するのをやめて、目の前の扉を叩いた。すると中から返事が返ってきて、私達は中へと入る。
「お疲れ様、先生……それと、殿下。貴方を呼んだ覚えはなかったのですが……?」
そう言いながら、彼はリアンを見て微妙に嫌そうな顔をした。
「今朝の話、まだ怒っているのか。……まぁ、君にも色々と迷惑をかけたからな、嫌われるのも仕方ない。……それとも、私が一緒だったことの方が気に食わなかったのか」
何故か彼を挑発するような物言いで、リアンはそう口にする。それを聞いていたアンブローズは、一瞬驚いた表情になったかと思うと、呆れた顔へと変わった。
「まさか。ただ貴方には色々と文句を言いたかっただけですよ。……どうせ先生と一緒に来たのだって、それを避けるためでしょう?」
「なんだ、分かっていたのか。それなら仕方ない、私は仕事に戻るよ。後で、大人しく文句を言われることにしよう。それと、彼女の書類関係の資料は先程君に送っておいた。確認してくれ」
そう言って、リアンは素早く所長室を後にした。それを確認すると、アンブローズはほっとしたように息をつく。
「一体なんなんだ、あの人は……」
「……随分と相性が悪そうだな、お前たちは」
「まぁね、あの人もわかった上で俺をからかってるんだろう。あの時から、俺が苦手に思っているのを知っているくせに、今日だって突然特別顧問になった、だなんて言い出したんだ。文句のひとつも言いたくなるさ」
まさかそんな重要なことを聞かされていなかったとは。確かに彼を苦手に思うのも少し分かる気がした。だが先程、廊下で話していた彼の口から出た言葉からは、アンブローズを気にかけてくれている様子が伺えた。だからこそ、嫌いという訳ではないのだろうと私は思う。
疲れた顔をしている彼の机の上をふと確認すると、そこには書類が山となって積み上がっていた。どこまで終わったのかは分からないが、彼はかなりの量の仕事に追われているようだ。
「お前は、仕事は大丈夫なのか? 私に構っている暇など無さそうだが……」
「……あぁ、どの道先生のことは、あの研究員たちにしか言ってないからね。俺が直接やるしかないんだよ」
困ったように笑う彼は、先程リアンが送ってきたのだろう書類を印刷機から取り出して私に渡してくる。そして、客用の席へ座るように促してくると、彼はさも当たり前のように隣へ座ってきた。
「……それに、せっかく一週間ぶりに会えたんだ。少しは一緒にいても怒られないだろう?」
そう言って笑いかけてくる彼に、私は呆然としてしまう。普通に接して欲しいと言っていた当の本人は、どうやらそのつもりはなかったらしい。
「忘れてくれていいなんて言っていたのに、忘れさせるつもりなんてなさそうだな、お前は」
「それは……俺の気持ちは、変わらないからね」
まるで何かが吹っ切れたかのようにそういう彼に、私は少し違和感を覚える。だが、それが何なのかは分からない。
「アンブローズ……お前、あの後何かあったのか?」
どうしようもなく違和感を感じてしまう私は、無意識にそう問いかけていた。すると、彼は少し驚いた顔になる。そして、何故か優しく笑って私の質問に答えた。
「それは……貴女に気持ちを伝えたから、もう隠さなくても良くなったんだ。きっとそれで、少し素直になっているだけだよ」
彼はそう言って見せたが、私のその不安が消えることは無かった。
「そう、か。アンブローズ……私が今回ここに来た理由は呪いのためだけじゃない」
私の言葉に、彼はよく分からないといったような顔をする。だが私はそのまま、覚悟してきた事を彼へと伝えた。
「なるべくお前の傍に居ようと思っているんだ。出来る限り、話す機会を増やしたい。……だから、これからよろしく頼むよ」




