アルストロ国立魔術研究所(1)
あれから一週間。俺はまだ、一度も先生と会話出来ていなかった。というのも、彼女に避けられているという訳ではなく、会う機会がなかったのだ。
それもそのはずで、グレイ・アルストロが捕まって以降、国の機関は大忙しだった。そのしわ寄せが、研究所にも来ていたのだ。
「あんなことを言った手前、次会う時まで時間が長引くと、顔を合わせづらくなってしまうんだけどな……」
研究所の所長室で、書類を睨みながらそんなことを呟いていた時だった。
コンコン、と戸の叩かれる音がなったかと思うと、その扉が開かれた。忘れたくても忘れられないだろう、ある人物が入ってくる。
「やぁ、アンブローズ君。実は伝えておかなければならないことがあってな。私は兄と違って銃や剣は好きではないからね、今日からここの特別顧問になることになったんだ。これからよろしく頼む」
突然現れたかと思うと、有無を言わさず言葉を発してきた彼――リアン・アルストロはそう告げてくる。一度もそんな話を聞かされていなかった俺は、唖然とした。
「流石に、唐突すぎませんか……?」
「それは仕方ない。急に決まったんだ。兄が色々と管理していた場所も多くあってね。管理体制が変わった今、私が入るしかなかったんだ。それに、このことは今伝えたじゃないか」
中々に理不尽なことを言ってくる彼は、俺が何も言えないままなのを分かった上で、言葉を続けた。
「それともう一つ。これは以前連絡していたはずだが、今日から研究室に新しい研究員が来るだろう? これについては、本人から聞いてないか?」
確かに、新しい研究員が入るという話は聞いていた。なんでも彼が推薦したらしく、それでいて臨時職員のような役割なのだという。普段から人手不足である以上に、国が推し進めることになった研究の部署が新しく出来たため、さらに仕事が増えていたこの場所にとってはありがたいことだった。
「本人から、ですか? 俺が知っている人物なんでしょうか」
「……その様子だと、聞いていないらしいな。理由はなんとなく察しはつくが……まぁいいだろう。入って来てくれ」
彼が扉の外へと声をかけると、その呼ばれた人物が入ってくる。その人は、俺にとって誰よりも見慣れた相手だった。
「……先生? なんで、ここに」
「その、お前に言う機会がなかなか取れなくてな……彼に誘われたんだ。ここでなら、呪いの研究も捗るだろうと」
俺は問いただすように彼を見る。だがリアンは、呆れた顔で口を開いた。
「てっきり話がいっているものだと思ってたんだがな。ハーヴァー、彼にも伝えるようにと言っていたはずだが?」
「それが、少々問題がありまして。話す時間が取れなかったんです、それは謝罪します」
俺は何とか状況を飲み込む。つまり彼は、先生へのお詫びか礼のつもりなのか、彼女を研究所へと引き入れたのだ。詳しい話は後で聞こうと、それ以上に思ったことを俺は口にした。
「そうか、先生がここに……それなら大歓迎だよ。貴女ほど適任は居ないだろうし、人が足りなくて困っていたんだ。よろしく頼むよ、先生……いや、ここではハーヴァーさん、かな」
そう笑顔を向ける俺に、彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに挨拶を返してきた。
「えぇ、これからよろしく……アンブローズ所長」
――事件が起きてから、約一週間ほどたった今日。
私はアンブローズが所長として働いている研究所へとやってきていた。入り口の前で少し入るのを躊躇っていると、急に後ろから声をかけられる。
「おはよう、ハーヴァー。私も今日からここに通うことになる、よろしく頼むよ」
その男性は、私にそう挨拶をしてくる。私は少し遅れて彼に返事をした。
「……おはようございます、リアン殿下。今は皇太子殿下、でしたか。多忙な貴方が、ここに通われるのですか?」
私がそう聞くと、彼はあまり嬉しくなさそうな顔で口を開く。
「殿下はいい、リアンと呼んでくれ……あいつを捕まえたからな。どうしても人員が足りないところが出てきている。その為にも、私が動くしかないんだ」
彼の話を聞きながら、私達は研究所内へと入っていった。受付に案内され、所長室へと向かう。リアンは私に少し待っているようにと言って、先に部屋へと入っていった。
「……私が来ることは、結局言えずじまいだったな」
ふと、この先に居るであろう彼のことを考えて、私は一人呟いた。あの事件が起きてから、彼も忙しくなったのだろう。結局、この一週間会うことも無くこの日が来てしまった。
入ってきてくれ、とリアンに呼ばれ、私は覚悟を決めて所長室の扉を開けた。すると、やはり驚いた顔をしているアンブローズが、そこに座っていた。
「……先生? なんで、ここに」
彼の問いに、私がここへ来た理由を伝える。本当は、彼のことも含めてここに来るのを決めたのだが、それはまだ口にはしなかった。
だが、驚いていた彼もその表情を笑顔に変えて、私を歓迎する言葉を述べた。
「よろしく頼むよ、先生……いや、ここではハーヴァーさん、かな」
彼の言葉に私は返事をする。――そうして私は、今日からここで働くことになったのだった。
私が配属された部署は、他種族交流対策部門――言ってしまえば、今回の事件で資料などが盗まれたことによる、他種族を含めた管理への対策用に新しく作られた部署だった。
「対人対策は万全だったが、何しろ情報の少ない種族への対応には遅れがあると言えるからな。だから今回、この部署を立ち上げたんだ」
そう話すリアンが雇っていた探偵の彼の種族も、王族との関わりのみで、学術的な研究はほぼ進んでいないという。その為、今回のような事件が起きてしまったと言えるだろう。
「……多種族交流が進んでいる今こそ、その研究が必要だと判断されたんだ。なかなかデリケートな問題も多いが、頑張っていって欲しい」
リアンの言葉を繋ぐように、新しい部署の立ち上げに立ち会っていたアンブローズはそう続けた。私を含めた五人の研究員達はその言葉に頷く。
「とりあえず、自己紹介をしようか? 今は五人しかいないが、春には新しく人員も増えるからね。それまでに出来るだけ交流を深めておいて欲しい」
すると早速、腕を組んで彼の話を聞いていたリアンが口を開く。
「早速だが、まずは私の説明からさせてもらおうか。もう知っているものも多いと思うが、私はリアン・アルストロ。本日付けでこの研究所の特別顧問になった。暫くはこの部署に用事があるから、顔を出すことも増えるだろう。よろしく頼むよ」
王家の人間ともあって、紹介を聞いていた研究員達は少しだけ緊張した面持ちだったが、それを意に返さないように彼へと話しかける人が一人。
「質問しても良いでしょうか! リアン殿下、どうして殿下はこちらへ来られたのですか? この部署への用事とは具体的にどのようなものなのでしょうか?」
元気にそう質問したのは――以前、収穫祭の時に会ったことのある研究員、バートンだった。彼女も今回この部署に移動してきたらしく、彼に臆することなくそう尋ねる。
「あぁ、ここで殿下はいい。そうだな、話すと長くなるんだが……まずは彼女の紹介を聞いてからにしようか」
そう言って彼は私に視線を向けてきた。私は予め、彼から言われていた通りに自己紹介を始める。
「……今日からここに配属されることになったイヴ・ハーヴァーだ……こんな中途半端な時期に入ってきたから、不思議に思われるかもしれないが。実はこう見えてかなりの歳でね」
私は、自分のこの呪いのこと、そして事件のことは伏せつつも、自分の身の上を簡潔に説明する。それを聞いていた彼ら以上に、複雑な表情になったアンブローズが口を開いた。
「……殿下、何故その話を彼女にさせたんです」
「それはもちろん、彼女の術について研究するためだよ、アンブローズ君。何事も一人では限界があるだろう、だからこそ、私が信頼出来ると踏んだこのメンバーには話しておくといいと思ってね。私もそれに協力するためここに来たんだ」
彼はアンブローズを一瞥して黙らせると、話を続ける。
「このことについては、君たちと面談していた時に言った通り口外はしないように。それと、彼女は優秀な研究者だ。貢献はしても、迷惑をかけるようなことはないだろう」
それから、彼の言葉にも、私の話にもあまり動じていないような研究員達が、各々自己紹介を始めた。




