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【閑話】出会い

 学校帰り、俺はいつものように図書館へと向かった。勉強してきた、と言えば親も何も言わないし、一応嘘はついていないことになる。


 館内に入った俺は、慣れた足取りで二階奥の本棚へ向かった。



「今日から四冊目だ、ここに……あれ?」


 滅多に借りられることのない本ばかりで埋められたその棚の中の、丁度一冊分のスペースだけがぽっかりと空いていた。それは俺が読みたかった本が置いてあるはずの場所だ。


「嘘だろう? 今まで借りられていたことなんてなかったのに。一体誰が……」



 俺は急いで一階に向かい、貸出カウンターにいる秘書の女性に話しかけた。目当ての本について聞いてみると、貸し出されたという訳ではなく、多分今館内で読んでいる人がいるのだろうということを教えてくれる。


 俺は礼を言って、図書館の中を歩き始めた。窓に隣接するように設置されている椅子を見て回る。一階には、あの面白みのない見た目の本を読んでいる人はいなかった。



「やっぱり二階かな?」



 そう呟きながら、階段を登って上へと戻る。本に光が当たらないように、本棚から少し離れた場所にある窓の傍に、小さなテーブル席が並んでいる。


 端から全てを確認するまでもなく、人気のないその席の一つに、一人だけ座っているその人を見つけた。彼女は静かに、ただ読むには面白くもないその本を開いていた。俺がついその様子を見つめていると、こちらに気付いた彼女がふと顔を上げた。


 耳にかけていた綺麗な黒髪が、さらりと顔にかかる。それをまた手でかけ直し、彼女はその綺麗な顔で、笑顔を向けてくる。



「……こんにちは。先程から熱心にこの本を見ているようだが、読みたかったのか?」


 いつの間にか彼女に見とれていた俺は、その言葉にハッとして返事をする。


「あ、あぁ、勉強してるんだ。貴女にはその本は、楽しいかい……?」


 少し言葉に詰まりながら、そう問いかける俺の言葉に、彼女はきょとんとする。そしてすぐに、その顔は微笑みに変わった。



「楽しいよ……昔から好きだったんだ。君は、好きじゃないのか?」


「俺は……俺も好きだよ。皆、理解してはくれないけれど」


 そんなことを言うと、彼女は少し悲しげな笑顔を返してくる。


「それなら、私と話さないか? 一人で居るのも、少し退屈してきたんだ。良ければ君の話を聞かせて欲しい」


 そんな彼女に、俺は何故か目が離せなくなった。その悲しげな笑顔も、一人だと語るその言葉も。少しでも良いものに変えてあげたいと、そう思った。



「俺は……コリウス。コリウス・アンブローズだ。好きに呼んでいいよ」


 俺は彼女に対面するように、椅子へと座りながら自己紹介をする。すんなり近付いてきた俺に、彼女は嬉しそうに微笑んで返事をくれた。


「私はイヴだ。イヴ・ハーヴァー……よろしく、アンブローズ」


 好きじゃなかった姓も、何故か彼女に呼ばれるのは嫌じゃなかった。そんな自分の気持ちに、俺は少しだけ嬉しくなる。


「ねぇ、貴女にとってそれは……魔術の本は、どういうもの?」


 俺は真っ先に、そんなことを聞く。両親が理解してくれないこの学問を好きだと言った彼女に、どうしても聞きたかった事だった。


「そうだな……私にとってこれは、より良い道を示してくれるものだ。使い方にもよるが、これで幸せを得た人間も多いだろう。だから、私はそんな魔術が好きだよ」


 簡潔ながらも、きっとそれが全てなのだろう答えを彼女は返してくる。それを聞いて、俺は目を見開いた。それはきっと、ずっと聞きたかった俺の好きな物への、大切な言葉だったから。



「そう、だよな……俺も、人を幸せにしてくれるものが好きだよ。だから、本当はこの道に進みたいんだ」



 だが、ある意味特殊とも言える魔術への理解は、なかなか得られない。もっと安定した、良い道を選ぶべきだと散々言われてきた。さらにその道は狭く、学校ですらまともに学べない学問だったのだ。だからこそ、俺はいつもここに通って、その本を読んでいた。



「そうか……今は、そうなんだな。……もし良かったら、私が教えてあげようか。これでも、昔は魔術の研究をしていたんだ」


「研究……!? もしかして、研究者なのかい?」


「今はもう辞めてしまったけどね。だが、君は……今は十七歳くらいかな。それくらいの歳で必要な勉強なら、教えられるが……」


 俺はその言葉に、食い気味に返事をする。


「教えて欲しい! あ、えっと……教えてくれると嬉しい、かな」


 そんな俺の様子を見て、彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑いだした。


「あぁ、折角だ。君が……せめて大学を目指せるくらいには、付き合おう。どうせ暫くはここにいるからね」


「そっか……それじゃあ、イヴ先生だね、よろしく、先生」


 俺が彼女を先生と呼ぶと、一瞬その表情が固まったように見えた。だがすぐに笑顔に戻る彼女に、俺は早速、色んな質問をした。



 最初は魔術の事、仕事のこと、研究室のこと。そして、彼女のことも。普段なら絶対に怪しいと、会話することも無いような状況だっただろう。だけど、それ以上に俺は、彼女に惹かれてしまっていた。


 そして彼女は確かに、嘘はついていなかった。俺が知らないこと、本に載っていない詳しいことを彼女は教えてくれた。気付けば毎日のように図書館に通っていた。勉強ももちろんだが、それよりも、俺は彼女に会いたかったのだ。



 そうしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。そして、気づけば学校側も推薦してくれるくらい、俺は魔術への理解を深めていた。元から勉強は好きだったため、覚えることが出来たのだろう。


 反対していた親も、学校からの推薦、そして良い結果を出した俺を止めることも出来ず、こうして望みの大学を受けることが出来た。





 ――だが、俺が大学に上がるよりも前に。彼女は図書館に来なくなってしまった。




 ある日、それは本当に突然だった。前日も、彼女は何も変わらなかった。ただ、俺への祝いの言葉を最後に。


 いつもの席へ向かっても、そこには誰も座ってはいなかった。もしかしたら、事故にでもあったのではないか。そう思って近場を探し回っても、そんな事故があったとも聞かない。


 結局そのまま、彼女と再会することは叶わなかった。大学へ通っている間も、よく図書館を訪れては、彼女の面影を探していた。


 一年、また一年と過ぎていき、図書館へ通うこともなくなっていった。元々地方の図書館で、俺が入った大学は、国の首都にあったものだった。だがそれでも、俺は彼女を忘れることはなかった。



 ――どうしても、忘れることが出来なかった。



 あの人が居なくなってから、沢山の出会いがあった。大学で出来た友人や、俺を好いてくれた子も居たが、やはり、何かが足りなかった。


 そうしてまた、気付けば俺は大学を卒業して、国の研究所へと入れることになった。元はと言えば、あの人がいてくれたから、俺はこの人生を辿れたのだと。結局、俺はいまだにあの人のことが、好きなままだった。





「お前は、結婚しないのか?」


 そんなことを、友人のカーティスに聞かれたこともあった。そういう彼も、結婚しないまま一人の子供に目をかけているらしい。


「俺は、今はまだいいんだ。研究の方が楽しいからね」


 そんなことを言いながら、先生を忘れられないだけの俺はより一層魔術の研究に没頭するようになっていった。




 そして、そんなある日のことだった。



 ――俺は、彼女にそっくりな女性を、街中で見掛けたのだ。

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