切望の果てに(4)
ただ静かに、彼女は私の話を聞いていた。彼からの言葉は伏せつつ、今日起きたことを話し終える。
「……せっかく、お前たちが探してくれていた資料だったのに。本当にすまない」
私は彼女にそう謝罪した。アンブローズと同じように、彼女も私のために尽くしてくれていたのだ。私はただ、謝ることしか出来なかった。
「先生は、何も悪くないじゃないですか。話を聞いてみても、やっぱりどう考えてもグレイとかいう奴のせいですよ、許せません……」
その頬をぷくっと膨らませながら、エルフィムは怒っていた。その表情が随分と可愛らしくて、私はつい笑ってしまう。それに気付いた彼女は、ぽかんとした表情になりつつも、同じように笑った。
「先生は、もっと気楽に生きたっていいと思います。そうやって笑ってくれる方が、私は嬉しいです」
彼女は微笑みながら、そう言ってくる。私は今までも、そんな彼女に救われてきた。彼女の言うように素直に生きることは、私にはまだ出来ないが。それでも私は心が軽くなるのを感じる。
「ありがとう、フィー。ここで止まってなんて居られないな……研究所、か。それも、いいかもしれない」
そもそも、私は諦めるつもりなどなかった。だからこそ、彼らからの提案について私は考える。
「研究所……って、アンブローズさんの所ですよね。……うーん、なんだか解せないです」
彼女に、彼から伝えられた想いの事は教えていなかった。それなのに何故か複雑そうな表情になるエルフィムに、私はその理由を聞く。
「何か問題なのか?」
「それは、それは……うーん。なんか、ずるいな……って、思いまして。アンブローズさんばかり先生と一緒にいてずるいです、今日だって私も傍に居たかったのに!」
そんな素直な言葉に、私は呆気に取られる。流石に少し気恥ずかしくなった私は、口を抑えながら言葉を返す。
「フィー……その、あくまでも研究所へ入るのはこの呪いの為であって……あいつだって忙しいだろう、そんなに話す機会もないはずだ……いや、そういうことではない気もするが」
すると彼女は、身を乗り出すようにして、ムッとした表情で話し始める。
「先生は、もっと自分に興味を持った方がいいですよ! 普段はあまり人と会わないようにしてるから、あれですけど。その、優しいし、美人さんだし、少し不器用なところも可愛……う、あまり人前に出したくないですね……」
言葉の後半につれてぶつぶつと呟くように彼女は独りごちる。彼女の言葉を聞き逃した私は疑問の表情になる。
「と、とにかく。その、もう少し気を付けて下さい……アンブローズさんとか、特に……あぁ、もう! 私も研究職を目指せばよかったですっ」
ぷくぷくと可愛らしく怒っているエルフィムを見て、よく分からないまま私は困ったように笑った。彼女なりに心配してくれていることは分かる。
「お前なら、なんだって出来そうな気はするけどな。でも、研究がお前のしたいことじゃないんだろう?」
「それは、そうですけど。私も、もっと側にいられたら……」
今回の件に居合わせなかった彼女は、その事をとても悔やんでいるようだった。
「だが、やることは決まったんだ。盗まれることもない。だから、もし良ければこれからも一緒に手伝ってくれないか……?」
私は、そう彼女に問いかけた。すると怒った表情を変えないまま、彼女は返事をする。
「当たり前じゃないですか、私は、先生が望んだ未来を迎えられるまで、傍から離れるつもりはありませんから!」
迷いなく言い切る彼女に、私は、少しだけ胸が苦しくなる。
「ありがとう、エルフィム。私も、お前に何かしてやれたらいいんだが……」
私がそう呟くと、彼女は驚いた表情になる。そして、怒っているような、呆れているような表情へと変わった。
「先生……私の記者としての仕事も、記事のことも。先生は手伝ってくれているじゃないですか。それに、私は貴女がいたから、こうして生きてこられたんです。貴女が……私の命を救ってくれたから。私はまだ、何も返せていません」
少し俯きながら、彼女はそう言葉を口にする。
「それは、もう気にする必要はないだろう……私は死なないんだ。何も、犠牲になったわけじゃない」
私は、彼女と出会った時のことを思い出す。人間の社会に出てきたばかりの彼女に、私はとある仕事で出会った。昔、冒険者まがいのことをしていた時期の事だ。依頼で一緒になった彼女を、私は獣から庇ったことがあったのだ。
その時は本当に、魔獣に襲われかけた彼女の前に身体が勝手に飛び出していた。それからというもの、エルフィムは私についてくるようになったのだ。
「あの時の私は、絶対に死ねなかったんです。どうしても、生きていたかった。だからずっと、感謝してるんです。……でも、私がそばに居る理由は、恩返しなんかじゃなくて、貴女が好きだからですよ」
だから、安心して下さい。と彼女は微笑む。
「…あぁ、私もフィーが居てくれると嬉しいよ。どうか、これからもよろしく頼む」
改めてそう伝えると、彼女は微笑み返してきた。そしてしばらくしてから、思い出したように彼女は呟いた。
「そういえば……アンブローズさんは、大丈夫なんでしょうか。あの人、流石に今回のこと、かなり辛かったんじゃ……思い詰めすぎないといいですけど」
その言葉に、私は少し息が詰まった。彼の言葉を思い出して、首が絞まるような感覚になる。
「……先生? 大丈夫ですか?」
私が動揺していることに気付いたのか、彼女は心配そうに顔を覗き込んできた。はっと顔を上げると、エルフィムは疑わしげにこちらを見てくる。
「……アンブローズさんと、何かあったんですね。前から分かっていましたが、あの人は、そんなに強いひとじゃないですから。一体、何があったんですか?」
「それは……いや、私からは、何も言えない。だが、確かにあいつは、かなり思い詰めていた。私は……何をしてやれるんだろうか……」
彼は今まで通りに接して欲しいと、そう言ってきた。だが、本当にそれでいいのだろうか。まだ、彼に対してどんな感情を向けていいのかも分からない私は、俯きながら考える。
「……そういう事ですか。あの人、まさか諦めたんじゃ」
「いや、あいつは……これからも協力すると、そう言っていた、だが」
「やっぱり、それが諦めたっていう事です。先生、彼に何か言われたでしょう?」
まるで心を読んでいるのかと思う程に、彼女は鋭く聞いてくる。私が少し困った顔をすると、彼女は少し目線をそらして、聞こえないよう何かをつぶやく。
彼女は顔を上げると、真剣な顔で私を見つめてきた。
「あの人の辛さは、少しは分かるつもりです。昔、同じようなことがありましたから。……だから先生。出来るならあの人に、ちゃんと返事をしてあげて下さい。今すぐにとは言いませんが、しっかりと、向き合ってあげて欲しいです」
その言葉に、私は目を見開く。本当に、彼女は心が読めるのだろうか。そう思うほどに、確信をついた言葉を投げかけてくる。
「……あぁ。私も、流石にもう避けては通れない。彼に、少し甘えすぎていたよ」
私が、返事が出来ないことを知っていて、何も言わないで居てくれた彼に、私は無意識に甘えていたのだ。――だが、もうそんなことは言っていられなくなった。
「……私は、研究所に行くよ。もう少し、あいつの事を知らないとな」
そう決意して、私は貰った連絡先を取り出し、通話機へと向かった。




