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切望の果てに(2)

 無事階段を登りきり、私たちは外へと出る。そして私はようやくここが何処なのかを知ることが出来た。悪夢のような場所から抜け出せたことに、安堵の溜め息をつく。




「……すまない、君達を巻き込みすぎてしまった」


 先に外に出て事後処理をしていたリアンが、そう声をかけてくる。気付けば私から手を離して腕を組んでいたアンブローズは、彼へと向き直す。


「わざと、イヴ先生を囮に使ったんですか?」


 彼は静かな声でそうリアンに問いかける。


「……元からそのつもりだったわけじゃない。彼女につけた発信機に関しても、最終手段のつもりだった」


 彼は私に発信機を付けていたことを口にする。思った以上に彼らが早く着いたのはその為だった。きっとケニスが来た時にでも付けられたのだろう。



「……そう、ですか。分かりました。俺も、先生から離れてしまった。これ以上は何も言いません」


 彼はそう一言返す。少し俯いたその表情は見えない。それ以上、彼がリアンに話しかけることはなった。


「イヴ・ハーヴァー……ありがとう、君のおかげで彼を止められた。まさかあんな化け物を飼っていたなんて……心から礼を言わせて欲しい。後で君には礼とお詫びとともに連絡をさせてもらうよ」



 そう言って、予め呼んでいただろう車に私達を乗せると、彼はそのままその場を後にした。私達も静かに帰路へつく。






「先生、その……手は、大丈夫かい?」


 車に揺られている私たちは、無言の中、アンブローズが真っ先に口を開いた。彼は辛そうな表情でこちらを見てくる。


「私は大丈夫だ。手だってもう元通りだしな。お前こそ、煙を吸っただろう、おかしな所はないか?」


 私はそう言って彼を覗き込む。あの研究室に入ってきた時点で悪かった顔色も、先程よりは良いようだった。だか、その表情は暗いままで、私は少し不安に思う。


「先生……本当に、すまない。散々一人は危険だって言ってたのに。その俺が一人にさせてしまった」


 その事に罪悪感を感じていたのだろう、彼は俯きながらそう謝ってくる。


「お前は別に悪くない。警戒を怠った私が悪かったんだ。それに、結局無事だっただろう、そう気に病むな」


 私の言葉に、それでも俯いたままだった彼は少しすると、こちらに少し顔を向けてくる。




「……そういえば、先生の家に荷物を置いたままだった。取りに寄ってもいいかな」


「あぁ、何なら少し休んでいくといい。散々な目にあったんだ。お前も疲れているだろう」


「……ありがとう、そうさせて貰おうかな」


 そう言って、彼は弱々しくも笑顔を見せる。私は心配しながらも、気付けば家の前まで着いていた車から降りる。


 リアンの使いの運転手に礼を言って、私達は家の中に入る。随分と静かに感じるそこに、私は安堵を覚えた。




 憔悴しているアンブローズに、二階にあるシャワーと部屋のベッドを貸してやり、私はリビングへと向かう。――あまりにも、様々なことが起こりすぎた。だが、犯人も捕まり、もう暫くは安心出来るだろう。私はソファに横になると、溜め息をつく。



「まさかこんなことになるなんて……誰も死ななかったからいいものの、なかなか堪えるな、これは」


 友人を危険に晒してしまったこと、昔のままを再現した研究室、そして私を蝕むこの呪いもまた、心に罪悪感を植え付けてくる。私は、昔から何も変わっていなかった。



「……きっと、全て燃えてしまっただろう。私が、この手で消したんだ」



 グレイを止めるため、私は全てを灰にしたのだ。今までずっと切望していたこの呪いを解く鍵を、自らの手で燃やしてしまった。これで、振り出しに戻ってしまったのだ。


 私はその時のことを思い出す。その行動自体に、後悔はなかった。私のせいで、これ以上人が死ぬのはもう許されない。





 そんなことを考えていると、裏口の戸が叩かれる。私は重い腰を上げ、玄関へと向かう。扉を開けるとそこには、リアンに使わされたのだろうケニスが立っていた。


「……先程ぶりだね、ハーヴァーさん。今回の件について伝えに来たんだ。あいつも随分と人使いが荒い。もし良かったら上げてもらえるか?」


 気付けば随分と時間が立っていたようだ。外の空は夕焼けに染まっているようで、彼らの仕事も少し落ち着いたのだろう。


 私は頷くと、彼をリビングへと上げた。




 静かにソファ座った彼は、早速本題へと入る。


「それで、だ。今回の事件の結果についてだが。逃走中の、ソフィーと呼ばれていた彼女は現在捜索中だが……グレイ・アルストロは大人しく捕まったよ」


 彼は逃げることもせず、だが今回のことについて口を開くことは無かったという。それでも、現場の状況や過去に起きた事件への関与の疑いも多く、今回こそは無事捕らえることが出来たらしい。


 彼は元から、国のことになると何をしでかすか分からないところがあった。それでものらりくらりと捜査をかわし続け、今まで何食わぬ顔で恐ろしいことをしてきたのだという。


 それを調べていた彼の弟であるリアンは、何とか証拠を掴んでその凶行を止めるために画策していたのだ。そんな中、あの当難事件が起きた。




「それで、私達が巻き込まれたというわけか……」


「彼は末恐ろしいよ。少ない資料や情報から、君に辿り着いた。その執念は狂気と言っても過言ではないな」


 今回は何とかなったが、それでもあの研究室は完全に燃えてしまった。資料も本も、結局は戻ってくることはなくなったのだ。


「それについて、君を咎めるつもりは無い。元より彼を追い詰める為に探していたものだからね。それ以上に、リアンは君に対して罪悪感を抱いているようでね」


「罪悪感?」


「あぁ、ああ見えて誰よりも国民のことを考えているやつでね。彼からすれば、君もその一人らしい。今回の件で君に起きた事を知って、出来る限り君を助けようと思っているみたいだ」


 私に起きた事。それは今回の事件だけではなく、私がこの身体になったことに対してもなのだろう。血も涙もなさそうな雰囲気だったが、実はいい人らしい。



「それで彼は、君にお詫びとして研究所に来ないかと言っている。あそこなら今の生活以上に、様々な情報を得られるだろう。君の事情を知る人が、それをわかった上で公的に援助することが出来る。悪い話ではないだろう?」


 その申し出は、確かに良いものと言えるだろう。この身体のことを知った上で、国が援助してくれると言うのだ。資料も燃えてしまった今、それはとても魅力的な話だった。


「それは……ありがたいな。随分と長い間、研究室に関わることがなかったから、役に立てるかどうかは分からないが……だがすぐに返事できる事でもない。もう少し詳しい話を聞いてから考えさせてくれ」


「分かった。後からここに詳しい資料を送る。返事は何時でもいいそうだ。いい答えを待ってるよ」



 彼はそう言って、一度話を切り上げる。私が予め入れていた紅茶を一口飲んで、彼はふと上を見上げる。



「……彼は、随分と疲れているだろう。後で君から話しておいてくれ。長居するのも悪いしそろそろお暇するよ。何かあればここに連絡してくれ、君からならすぐに出る」


 連絡先が書かれたメモを渡してくると、そう言って彼は帰っていった。





「研究所、か……そこなら、まだ望みはあるだろうか」


 私は彼らからの提案について考える。確かに、決して悪い提案ではなかった。むしろ願ったり叶ったりだろう。きっとその方が、私の為にと動いてくれていた彼(・)の為にもなるはずだ。


 どの道、一人で探していた術だ。早く解決するためにも、使えるものは使っておくべきだろう。


 私は少し温(ぬる)くなった紅茶を啜りなが、そう考えていると、階段を下ってくる足音が聞こえてくる。


廊下とリビングを繋ぐ扉から、アンブローズが顔を覗かせる。



「……先生? よかった、また居なくなったりしてなくて。ベッド、貸してくれてありがとう。少し回復したよ」


 起き抜けでまだ眠いのか、彼は少し幼い言葉遣いでそう言葉をかけてくる。


「もう少し休んでいても良かったんだぞ?」


「いや、大丈夫だ。少し、話しておきたいこともあったし」



 彼はそう言って、私の隣へと座った。背もたれに寄りかかり、目を閉じる。そして彼は、口を開いた。

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