盗まれた知識の行方(5)
アンブローズ視点のお話です。
図書館から出た途端、俺のバッグの中の通話機の通知音が鳴り響いた。画面には研究所の名前が出ている。俺は先生から少し離れ、通話を受ける。
「はい、こちらアンブローズです」
「あぁ、アンブローズ君。リアンだ。君には早めに伝えておこうと思ってね。……私の兄、グレイ・アルストロを窃盗及び機密情報漏洩の疑いで連行した」
「それは……本当ですか?」
「彼の隊員から情報を聞き出せたんだ。ほぼ確定と言っていいだろう。元から警戒対象だったから、素早く行動に踏み切れたんだ。君も情報提供者として内容を共有しておきたい。研究所まで来て貰えるか?」
あまりにも突然の知らせに、俺は一瞬言葉を失った。確かに警備隊員の不穏な行動については話したが、早すぎる結果が出たと言えるだろう。
「……随分と早いですね、わかりました。近くにいるのですぐに向かいます」
そう言って俺は通話を切り、先生の近くへと戻る。そして事のことを伝えると、彼女も俺の荷物を取って戻ってきてくれるといった。
すぐにでも資料について聞きたかった俺は、急いで研究所へ向かった。
――そして、俺はその行動をすぐに後悔する事になる。
「殿下はいるか? 先程呼ばれたんだが」
研究所へと辿り着き、俺は急いで残っていた研究員にそう問いかける。
「はい。まだお帰りにはなられていませんが……今は資料室にいらっしゃいます」
研究所の資料室は、基本的に研究員が使うような資料、魔術書等が置かれており、国の資料保管庫のような危険なものは置かれていない。だがその代わり、今現在までの研究資料が全て置かれている。そのため、このような事件が起きた際は調べ物をする時によく使われるのだ。
俺は礼を言ってから急いで資料室に向かう。その時はまだ、何故彼が会議室などではなく資料室にいるのか、思い至らなかった。
一呼吸置いてから、俺は資料室のドアを叩き、中へと入る。
「失礼します。お呼びでしょうか、リアン殿下」
するとそこには、机に資料を広げそれを吟味しているリアン・アルストロと、その隣に真っ黒なスーツを纏った一人の男性が立っている。
「リアン、君が帰らせたはずの所長が来たぞ」
随分と集中していたのか、俺の声に気付かず考え事をしていた彼に、黒服の男性がそう耳打ちする。随分と親しいようで、彼を呼び捨てにした彼の言葉に気付き、リアンは顔を上げた。
「おや、アンブローズ君。確か君には帰るように言っていたはず……私が呼んだと言ったか?」
認識の齟齬に、俺はようやく状況がおかしい事に気付く。
「……やられたな。ケニス、今すぐ彼女の場所を調べろ」
「今やっている、少し待て……居場所が出たぞ。家にはもう居ないみたいだ」
彼らはすぐに状況を理解したようで、機械のような物を取り出だし、すぐに行動を始めた。
「アンブローズ君、私からはなんという連絡が来たんだ?」
俺はその問いに急いで答える。
「グレイ・アルストロ殿下を、連行したと。詳しい話をしたいからと、研究所に来るよう言われました」
「なるほどな、つまり君たちは監視されていたという訳か。なるべくイヴ・ハーヴァーを一人にしないようにと君を帰したんだが……嵌められた。私の名前を使うとは。もっと手を打っておくべきだったか」
そう言う彼に、ケニスと呼ばれた男性が声をかける。
「リアン、彼女の居場所が途絶えた場所を特定した。急いで部隊を向かわせよう。現行犯で捕らえれば、流石にもう逃げきれないだろう」
「途絶えたのなら、私達も向かった方が良さそうだな。お前たちの術はお前たちにしか分からない、頼んだぞ」
まるで先生の居場所を常に監視していたかのような言い方の彼らに、俺はつい口を開く。
「先生の場所が、分かるんですか?」
「あぁ、今朝彼女に発信機を付けたんだ。もしもの時のために、常に居場所を特定できる魔法具だ」
そう言うと、彼らは急いで上着を羽織り、研究所から出ていこうとする。
「ついてくるなら遅れるな、急ぐぞ」
先生の言っていた例の探偵なのだろう彼は、そう俺に声をかける。俺はまだ少し混乱したままだったが、直ぐその言葉に頷いて、彼らの後を追った。
彼らが呼んだと思われる車の座席へと座り、俺は彼らから話を聞いていた。
「まさかこんな強硬手段に出るなんてな。かなり追い詰めてはいたが、相当焦っているらしい。あいつらしくない」
あいつ、とリアンが言っているのは恐らく彼の兄であるグレイ・アルストロのことだろう。
「……一体、グレイ殿下と何があったんですか?」
向かいに座っていた彼は、考え込むような姿勢で口を開く。
「あいつは……グレイは昔から、少し思考がずれているところがあってな。国のことを誰よりも考えている反面、その国のことになると手段を問わないんだ」
「国の事、ですか?」
俺がそう疑問を口にすると、彼は小さくため息を着く。
「……あぁ、あいつからすれば、今回のことも国の為、なんだろう。これは憶測に過ぎないが、きっと彼は不死になるための魔術を手に入れ、国民全てをそうするつもりなんだろう」
そんな途方もない憶測を聞いて、俺は唖然とした。国民全てを、不死にする。そんなこと、出来るはずがない。
「勿論、理論的に不可能だ。そもそもが多大な犠牲を払って行われる魔術。そんなことをすれば、結果など目に見えている」
そう言いつつも、彼は話を続ける。
「だからこそ、まずは自分がその術を完成させ不死になるつもりなんだろう。そしてその有り余る時間で、より良い方法を見つけ出すつもりだ」
本当に、愚かだとしか言えない。リアンは小さくそう呟く。
「そんなことの為に、イヴ先生を……彼女は、今どこにいるんですか」
すると、運転席に座っていたケニスが、リアンの代わりに俺の問いに答える。
「最後に発信機から送られて来た居場所は、旧王城付近からだ。あそこは、彼女が昔働いていた研究所の場所にも近い。きっとそこだろう」
そう言いながら、今現在の国の中心地から車が遠ざかっていく。旧王城は、敗戦国を合併吸収した際に中心地が移り、その当時王城に使われていた資材も投資され戦争の復興活動が行われていた。そのため今では閑散とした地域になっているはずだ。
「……あいつは頭は良いくせに、いつも間違える。だからこそ、私が止めなくてはならない」
そう小さく呟くリアンに、ケニスが声をかけた。
「もうすぐだ。俺なら同族の後を辿れるだろう。彼らが今どうなっているのかは分からない、油断しないようにしろ」
車が止まり、俺たちは外へと出る。そこには、昔の王城の歴史を伝える資料館が立っていた。その近くでは、リアンが呼んでいただろう隊員達が辺りを捜索している。
「ケニス、先導してくれ。隊員たちはしばらく探すふりをしていてくれ。私が合図を出し次第、すぐに突入しろ」
そう言われた隊員達は、彼の命令に従うように探すふりをし続けている。
「この程度がカモフラージュになるかは怪しいが、ないよりはマシだろう。行くぞ」
そう言って、迷いなく資料館から離れた林の中へ入っていく彼らを、俺は急いで追いかける。
少し歩いた先で、ケニスが唐突に立ち止まった。
「……あの魔女に方法を聞いておいて正解だったな。ここから匂いがする」
彼はそう言うと、一本の木の前に立ち、空中を掴んだ。
すると、何も無いところに突然四角い切れ目が現れる。そこを覗くと、下へと続く階段が存在していた。
「行こう、この先に彼らがいるはずだ」
リアンはそう言うと、迷いなくその下へと降りていく。彼の言うとおり、そこには彼らが、そして先生がいるんだろう。
俺は意を決して、彼らと共に地の底へと向かっていった。




