盗まれた知識の行方(4)
「あの本……そんな物だったのね。読むだけにしておいて良かったわ」
私たちの話を聞いて、クラウディアは考え込む仕草をする。
「うーん……私から言えるのはまず、ここに来た探偵さん? 彼から、禁書庫に残されたものと同じ匂いがしたわ」
「同じ匂い?」
「そう、魔力の匂い。あの子、人間じゃないでしょう? だから一度覚えてしまえば分かるのよ。同じ種族の匂いは、ね」
つまり、あの禁書庫から本を盗んだのは、ケニスと同じ種族の誰かだったということだ。そうなってくるとやはり、関係しているのは王家の人間とみて間違いなさそうだ。
「それをケニス……その探偵には伝えたのか?」
「えぇ、もちろん。無くなった本のことを聞かれてね。盗まれたのよって教えてあげたの。貴方と同じ匂いがするから、貴方が持っていった犯人じゃないの? って聞いてみたわ」
「もし本当に犯人だったらどうするんだ……」
随分あっさりと話してしまう彼女に、私は少し危険を感じる。だがきっと、私と同じように、自分への危機感はあまり感じないのだろう。
「違うって言っていたし、私、あの子よりも強い自信があるもの。何の問題もないわ……あぁ、でも貴女に危害を加えられるのは、嫌かも知れないわね」
いくら死なないと言っても、身体や精神に苦痛を与え続けられればいずれは駄目になってしまうと。彼女はそう忠告してくる。
「それは……耳に痛い話だ。気をつけようと思っても、なかなかそうもいかなくてな」
私よりも余程強く、不死である彼女のことは心配するのに、気付けば自分を蔑ろにしてしまうのは厄介と言える。まだそこまでの危機に遭遇したこともないまま、感覚だけが狂っていくのは、とても危険な事だった。
「本当に、常に監視をつけておきたいくらいだよ。今回も、自分が犯人にとってかなり重要な存在になりうることを理解して欲しいな」
そう言うアンブローズから、私は少し目線を逸らしてしまう。
「それは……善処するよ。あまりピンと来なくてな、相手のしようとしている事が危険なことくらいは分かるんだが」
「とりあえず、誰かが傍にいる限りはそんなに無茶も出来ないでしょう。その逆もまた然りな気はするけれどね」
クラウディアはそう言って、また話を続ける。
「そういえば、あの禁書庫の鍵を開けたままにしたのは私なのよ。盗まれた後、しっかり閉められていたから、ちょっと意地悪してしまおうかと思ってね」
表沙汰にならないと、そもそも事件にならないでしょ?
そんなことを言いながら、クラウディアは子供っぽい笑顔を浮かべる。
「……そのおかげで、警備隊員から情報を得られたし、なにも言わないが」
彼女が鍵を開けることがなければ、警備隊が来ることも無く、彼らが嘘をつくことも分からなかったのは確かだ。だが彼女の行動は、やはり危険であることには変わりない。
「とにかく、この情報のおかげで犯人が絞れてきただろう。ケニスと同じ種族が介入している……つまり、王家の内部での繋がりがあるとみていいだろう。相手はやはり一人だけではなかったようだな」
本を盗むにしろ、資料を盗むにしろ、複数人で協力している可能性は高いと言える。そして今回、彼女が言ったように本を盗んだのは人間ではなかった。
「そうなってくると、ますます第一皇子が怪しい……よね。彼が、例の種族の誰かに本を盗むよう仕向けて、鍵が空いていたことによる盗難事件も部下にもみ消させる……それだと辻褄が合うんじゃないかな」
確かに、今のところそれが一番しっくり来るだろう。警備隊の彼らも、上司に使いっぱしられたと言っていた。そこからどうにか彼へと繋げられそうだ。
「ケニスもここに来たなら、警備隊の事も知っただろう。もしかすると、もう容疑者として挙げられているかもな」
私はそう言いつつも、やはりまだ不安を拭えなかった。――そんなに簡単に行くだろうか。実際のところ、盗んだのはグレイ本人ではないのだ。例えば、あの本が曰く付きだと知っていたため、ことを荒立てない為にやった、などと言われてしまえば調査は難航するだろう。
「でもここにその、ケニス? という探偵が来たというのなら、俺たちに出来ることはもうなさそうだね」
「確かに、そうだな。彼らに伝える必要がある情報も、もうなさそうだ。彼は随分と優秀みたいだな……」
私たちが心配しているのとは裏腹に、彼は事件についての真相に近付いているのだろう。その後の対処などは、彼らに任せるしかない。
「どうするの? もう二人とも帰ってしまうのかしら」
「そう、だな。連絡が来るとして、家の方に来るかもしれないし、それに協力してもらう、なんて言ってたからには何かしらあるのだろう」
彼は私に協力してもらうと言っていた。都合よく使われそうな気もするが、きっと解決に必要な何かがあるのだろう。
「それじゃあ、そろそろ戻ろうか。彼女に会いにきただけになってしまった気もするけど……」
「それでも、来ないよりは良かっただろう。結局王家の問題であることもはっきりしたし、しばらくは警戒するようにしよう」
私たちがそんなことを言っていると、彼女は少しムスッとした顔になる。
「用事がなくたって会いに来てくれてもいいのよ? また来てちょうだい、私もその方が楽しいし」
そう言いながら、クラウディアはまたいつものようにどこかへと消えていった。私達も図書館から出るために、一階へと戻ることにする。
「相変わらず煙のように消えるね、あの人は」
「そうだな……拗ねていたようだし、今度土産でも持って会いに来るか」
何となく、彼女の子供のような姿を見ると構ってしまいたくなる。突然襲ってくるような相手でもなく、友好的な態度をとっている間くらい、仲良くしてもいいかと私は思った。
だがそんなことを考えている私を見て、アンブローズが少し微妙な表情をする。
「……まぁ、仲良くしておいて損はないよね。いざとなった時味方になってくれるなら、これ程頼もしい相手もいないと思うよ」
彼は私が思っていたより、彼女に友好的な考えを述べてくる。
「珍しいな、てっきり甘いとでも言われるかと思ったよ」
「甘いとは思うけど、まぁ、俺としても仲良くしておいて損は無いと思うしね……」
そんなことを言いながら、私たちが図書館から出ると同時に、通話機の通知音が鳴った。
「あれ、俺のだな。ええっと……研究所からだ、ちょっと待ってて」
彼は通話を繋げると、通話機の相手と会話を始める。そしてあまり時間もかからないうちに、通話を切り上げて私に話しかけてくる。
「先生、リアンさんから……ええっと、王家のご子息、次男であるリアン・アルストロって言えばわかるかな。俺に帰るように言った張本人なんだけど、彼から連絡が来たんだ」
少し困惑した様子で、アンブローズは言葉を続けた。
「第一皇子であるグレイ・アルストロを、重要参考人として連行したらしい。詳しい話をしたいからと、研究所に呼ばれたよ」
「……もうそこまでいったのか? 随分と早いな、証拠を掴んだのか」
「警備隊の子達の話を聞いて、踏み切ったそうだよ。元から警戒対象だったみたいで、何とか出来たみたいだ」
そう言われて、私は関心する。元から警戒対象として見られていたということは、何かしら明確な動機でもあったのだろうか。とにかく、研究資料や今後の行動に関しても、早めに聞きに行くのは悪くないだろう。
「そうだね、ここからなら研究所も近いし早めに行ってくるよ。先生は、近場で待っているかい?」
「いや、どれ程かかるか分からないからな。お前も家に仕事道具を置いたままだろう、一旦戻って取ってくる。その後研究所に向かうから、先に行っていてくれ」
「わかった、なるべく急いで向かうよ。先生が入ってこれるよう職員には伝えておくから」
資料について、私以上に気になるのか彼は駆け足で研究所の方向へと向かっていった。私も早めに戻って、仕事道具を取ってこよう。エルフィムにも連絡しておいた方がいいだろう。
無事家に戻った私は、リビングに置いてある彼の仕事道具を片付けバッグにしまう。その後、そろそろ昼の休みになるだろうエルフィムへと電話をかけようと、部屋の隅にある通話機へと向かった。
――だが、私がそこに辿り着くことはなかった。
突然、私は立っていることすら危うい程の眠気を感じ、その場へ膝を付く。身体の不調など起こるはずもない私は、それが危険な状態だということを悟る。
耐えきれなくなって、床に崩れ落ちる私の視界の隅に、誰かの足元が映った。
そして次の瞬間には、私は意識を手放していた。




