盗まれた知識の行方(3)
「それじゃあ先生、また来ますね。くれぐれも、もう無茶なことはしないでくださいね!」
そう言ってエルフィムは仕事の為一度帰っていった。アンブローズは、今日は帰っていいと言われた為に一日やることが無くなってしまい、しばらく私の家にいさせて欲しいと言ってきた。
「運がいいことに、仕事道具もそのまま持ち帰ってきたからね。先生に何かあったら怖いし、しばらく居てもいいかい?」
私が頷くと、そのまま彼はリビングで仕事を始め出した。私も、今回の当難事件があったからと言って何もしないというのも流石に良くないと思い、店を開く準備をすることにした。
(もし、資料を取り戻せたとして……それを閲覧させて貰えるんだろうか)
私は、取り戻せたとして、その後のことを考えた。一体誰が、どんな目的で盗んだのだろう。もしあの資料からこの呪いに行き着いたのであれば、それは相当頭の切れる人間だろう。だが、相当読み込んだとして、それが本当に分かるものなのだろうか。
それに、もしその犯人に不死になりたいなどという願いがあるのなら――それはあまりにも危険だと思った。もしかしたら、あの資料だけで結果を出すことになるとすれば、それこそあの時の研究員のような被害者が出てしまうのではないか。
「それなら余計に、早く見つけだして止めさせないとな……」
私に出来ることは、本当にないんだろうか。図書館を調べるにも、私より詳しいだろうクラウディアも気付かなかったのだ。再度調べに行ってどうなるわけでも――。
「そういえば、彼女も個人的に調べると言っていたな。……聞きに行ってみるか」
それともうひとつ、先程アンブローズが言っていた警備隊の件。それを聞いてもらえるよう頼んでみよう。
私は開けようとしていた店の準備を一旦止め、代わりに出かける準備をする。
「先生? どこかに出かけるのかい? ここ数日の出来事も考えて、あまり外に出ない方がいい気もするんだが……」
「あぁ。少しクラウディアに話を聞きに行こうと思ってな。それにお前に一つ頼みたいことがある」
私は、彼に帰るようにと言った相手に連絡が取れないか、そして本が盗まれた時の警備隊の話をして欲しいと頼んでみる。
「多分大丈夫だと思う……けどその人、王家のご子息なんだ。長男じゃなくて次男の方のね。そう考えると少し気が引けるなぁ……」
そう言いつつも、彼は連絡を取ろうと仕事用の通話機を取り出した。廊下へ出て、無事連絡が取れたのか数分後にリビングへと戻ってきた。
「無事伝えられたよ。まだしばらく調査を続けるみたいで、この話をしたらすぐに仕事に戻ったみたいでね。かなりいい情報だったみたい……なんだけど」
「だけど……何かあるのか?」
少し歯切れの悪いアンブローズに、私はそう問いかける。すると悩んだように彼は続きを口にした。
「こう、あの方はもう犯人に心当たりがあるみたいでね。流石としか言いようがないんだが……もしかしたら、かなり複雑な事になっているかもしれない。憶測でしかないんだけど」
彼はそう前置くと、覚悟したように口を開いた。
「警備隊の子達が居ただろう……? あの特殊警備隊の隊長がね、第一皇子……つまり皇太子殿下なんだ。あの方が俺の話を聞いて、妙に納得していたようだったから。もしかしたら彼がそうなんじゃないかな……」
その話を聞いて、私は流石にため息をついた。それはつまり、王家内部の問題に巻き込まれてしまったのでは、ということだ。
「それは流石に……嫌だな……」
私は思った事をそのまま口にする。それと同時に、もしかしたら私は直接関係してこない話なのではないか、という淡い期待を抱く。
「本も資料も、元々は国のものだからね。でもやっぱり、あまりにも出来すぎていると思うし……先生のその呪いが関係しているのは確かだろうね」
そんな期待を、彼は容赦なく切り捨てる。確かに、その可能性がないはずがない。関係性が明確なその二つだけを盗んでいる時点で、何かしらの意図があるはずだった。
「……仕方ない。とりあえずクラウディアに会いに行ってみるか。ほぼ確定したようなものだが、何か新しい情報が出るかもしれないしな」
私が出掛けようとすると、アンブローズは急いで仕事の手を止め、コートを羽織る。
「俺もついて行くよ。あの人……クラウディアさんに一人で会わせるのも何となく気が進まないし……それに、この一週間程で色々とありすぎた。先生の感じた視線の件もある。危険を避けるためにも、いいだろう?」
彼はどうしてもついて行くと譲らないため、私も大人しくそれを了承した。
家を出た私たちは、図書館を目指して歩き始めた。
「別に家で待っていても良かったんだが……お前は普段から休みが少ないだろうに」
私がそう言うと、彼は複雑そうな表情をして口を開く。
「……十中八九、先生が感じた視線は今回の犯人のものだと思うんだ。彼らが資料や本から不死になれる方法を見つけ出したのだとして、何故わざわざ先生を見張ると思う?」
確かに、私を見張るとしたら犯人である可能性が高い。ケニスは視線が自分のものでは無いと言っていたし、そもそも彼はアンブローズから私を特定したのだろう。そうなると、既に本を盗んでいた相手が私を見張る理由はなんだろうか。
「それは……私がその結果だからじゃないのか? 私まで辿り着いたとして……いや」
そこまで言って、私はふとある事実に気付く。
「本が盗まれたのは先週、資料にいたっては昨日の時点で紛失に気づいたんだよな。……それなら、まだその術は完成に至ってない、のか?」
元から私を見張っていた可能性や、不死の術に対する、盗難などの確信めいた行動のせいか、まだ実際に完成までには至っていないのではという考えが抜けていることに気がついた。
「そうだろうね。だからこそ、成功例である先生からその情報を引き出そうとしてるんじゃないかな……」
そうなって来ると、その犯人は随分と間が悪かったようだ。図書館で本を盗めば魔女に見つかり、資料を盗んだ後に資料庫へ入られる。
「私だったら随分と焦りそうなものだ。そのせいで下手なことをしでかさないでくれるといいんだが……」
だが、今回の犯人である可能性の高い、この国の第一皇子――グレイ・アルストロ。彼はとても優秀だと有名だった。立憲君主制のこの国で、王家はその頭脳を活かして上へと立ってきた。その中でも彼は特に特出した能力があるとされていたはずだ。
例え彼が容疑者として名を挙げられたとしても、証拠を残すようなことはしていないだろう。
「だから危ないと思うんだよ。俺もさっき気付いたばかりだけど……どんな方法を使ってくるか、さっぱり分からない。だからなるべく先生の傍には誰かしらいるべきだと思う」
それに真っ先に気付いた彼は、だからこそ頑なに私の傍を離れようとしないのだろう。
「そう、だな……一人だときっと気付けなかった。ありがとう、しばらく頼むよ」
その言葉に彼は笑って頷いた。気付けばかなり時間が経っていたようで、図書館はもう目と鼻の先にある。
ついこの間来たばかりのここに、また訪れることになろうとは。私たちは図書館の入口をくぐると、その巨大な迷路の中へと再び足を踏み入れる。
「さて、彼女はどうすれば出てきてくれるのかな」
アンブローズがそう呟く。とりあえず図書館内に入ってきた為に、彼女と出会う方法がよく分からないままでいる私たちは、彼女と初めて会った場所へと向かう。
他国語、他種族の本がまとめられている階の最奥。窓から光の差し込んでいるそのテーブル席に、一人の女性が座っていた。
「クラウディア」
私がそう呼びかけると、こちらをゆっくり振り返った彼女は嬉しそうに笑う。
「イヴ、待ってたわ。ここに来てくれるなんて、なかなか粋なことをするのね」
私は少し困ったように彼女へと返事を返す。
「会うにはここが一番都合がいいだろう。私が来た理由は……知っていそうだな」
「もちろんよ、だってあの後、貴方以外も来たんだもの。あの本について、私に聞いて言ったわ。あの子、人間じゃなかったし、確か……探偵だって言ってたわ」
彼女が言っているのはケニスの事だろう。まさかクラウディアに接触するとは、なかなか怖いもの知らずなことをする。
「それで、二人もあの本のことで来たんでしょ? 何を聞きたいのかしら」
そう彼女に問われ、私達は今回の件について話を始めた。




