盗まれた知識の行方(2)
「まず最初に、図書館での盗難事件が始まりですかね?」
彼女は一枚のメモ用紙をテーブルに置いて、そこに今まで分かっている情報を書き出していく。
「そうだな、そしてその時に盗まれたのが……にわかには信じがたいが、私の昔の研究が失敗した理由の一つ……になったものだそうだ」
「それって……ただの失敗じゃなかった、ってことですよね?」
彼女はそれを聞きながら、盗まれた本と書いてある隣に、意図的に失敗させられた可能性、と文字を書き込む。正直なところ、あの研究の術式によって私がこの体になること自体おかしいことだった。
「確かあの本の内容に、術を別のものに移すというのがあったよな。クラウディアの言っていることが本当なら、私はそれで……実験中の術式を移された、ということになるのか」
「でも、なぜそんなことをしたんでしょう……」
あの研究室に入り、術式を弄る事の出来る人間なんてそうそういないだろう。当時、あの場所を管理していたのは私で、鍵も私が基本所持していた。それにあの複雑な魔法陣に細工できる人間は限られている。
――それは、研究室の人間である可能性が一番高いのだ。
しかし、その研究員たちは皆死んでしまった。そうなってくると、自分が死んででもこの呪いをかけたかったのか、それとも予想外の結果だったか。外部の人間が仕組んだ可能性を省けば、考えられるのはその二つだった。
そこまで思い至って、私は一度考えることをやめた。当時のことを知っている人間など、もう私しかいないだろう。いくら考えても、もうわかることはない。
「昔のことは、私にはもうわからない。とりあえず続けようか」
エルフィムも、私と同じ考えに至ったのだろう。少し俯いていた顔を上げると、もう一度紙に書き込む姿勢を取る。
「そう、ですね。ええっと……その後、資料が盗まれたことが分かったんですよね。いつ盗まれたから正確には分かりませんが……本も、その資料についても、先生に関係のあるもの……強いて言えば、不死の術に関係のあるもの、です」
確かに、私たちからすればそうなるだろう。だが、あの本が使われたことも、私があの実験の結果不死になったことを知るものも、かなり限られてくる。
「そうなってくると、今回の盗難事件の犯人は限られてくるだろう。まずは本の存在を知っている王家の人間、そして私のこの身体のことを知っている人間。あとは、当時の研究員に関わりのあるもの……主に彼らの親類関係だろうが、それはないな」
「ない、ですか?」
私がそう言い切ると、エルフィムは不思議そうな顔をする。確かに私には、その確信があった。数カ月ほど前まで遡ることになるが、悪夢を見る青年――ロイ・レナードに使われていた魔術。私の作った術がどこから来たものなのかを調べていた。
その際、研究員の親族についてはほぼ把握していた。結果としては、彼に呪術をかけた夫婦は、研究員の最後の子孫だったのだ。子供のいる研究員は少なく、遠い親戚以外は皆もう死んでしまっていた。その資料もなんとか見つけ出し、手元に残っているもの以外はすべて処分した。
「そういえば、結局あの時の犯人を聞いてませんでしたが、そうだったのですね。それじゃあ……王家、国の人は置いておいて、調べるとしたら先生のことを知っている人、ですね」
確かにそこが問題だった。私のことを知っている者。まず頭に浮かぶのはエルフィムとアンブローズだが、この二人は容疑者にはならない。本音を言ってしまえば、彼らのことは疑いたくないのだが。だが情報をまとめるためにもまずは考えるところからだ。
「まずはフィー、それにアンブローズ。二人とも私と一緒に居ただろうし、まず本についてそもそも知らなかっただろう。……まぁそれを抜きにしても、二人は違うだろうな」
あとは、昨日の私の行動を見ていたケニス。だが彼はその本を探している張本人、らしい。そもそも彼について、あまりにも知らないことが多すぎるのだ。
「だが、彼も違うだろうな。そもそも犯人だったとして、その事を私に話す理由がない……はずだ」
彼の事を考えても仕方がない、また来た際に、もう少し詳しく話を聞いて見ることにしよう。それにしても、それ以外の人間が思い浮かばない為、この件に関してはこれ以上、今できることは無いだろう。
「それなら……私たちが知らないだけで、こちらの秘密を知っている人間がいるかもしれない、ってことですかね」
「そうだな、あとは……国の人間、か」
「そ、そういえば、盗まれた資料のことで。国は関係者が一番怪しいと、調査をしているみたいですよ」
確かに、それはそうだろう。あそこは特に管理が厳しい。それこそ外部の人間など、入って来れないほどに。だからこそ、資料庫へ入れる関係者が怪しいと踏んだのだ。
「そうなると、本当に私たちに出来ることって、今の所ないですよね……」
「そうだな、あとはアンブローズか……最初に資料がないことに気付いたのはあいつなんだよな?」
エルフィムは頷くと、彼は今事情聴取や研究室でのこれからの問題などに追われているらしい。そのため暫くは話を聞くことが出来ないだろう。
だが、そう思っていた矢先。裏口が開く音と共に、焦った表情をしたアンブローズがリビングへと飛び込んでくる。
「先生! 無事かい!?」
私とエルフィムがソファに座っている様子を確認して、彼はほっとしたのかため息をつく。
「アンブローズ……お前もか。二人とも同じように入ってくるな……見ての通り私は無事だ、落ち着け」
走ってきたのだろう、息を切らしながらも、彼は口を開く。
「良かった……実は、取り調べはもういい、って急に言われてね。今回の事件を筆頭に調べていた王家の人が、早く会いにいくといい、って言ってきて……もしかしたら、って思って急いで来たんだ」
そんなことを言ってくるのは、きっとケニスを雇った人のことだろう。随分と遊ばれている気がしてくるが、善意からの言葉だと思いたい。
「そうか……それなら、色々と話しておこう。きっとこれからはお前に動いてもらわないといけなくなるかもしれないからな……」
少しぽかんとした表情になるアンブローズをソファに座らせ、私はとりあえずお茶を入れてくることにした。そろそろ昼も近い。食事をとりながら今後のことを考えるといいだろう。
「そんなことがあったのか……ごめん、先生。もっと早く伝えておけばよかった」
「別にいいさ。私のことを考えてくれていたんだろうし、結果的には資料が残っていたことが分かった。あとは犯人から取り戻すだけだ」
今まで起きたこと聞いて謝ってくる彼に、私はそう答える。
「だが……もしかしたら、思っている以上に危険かもしれない。それにお前たちを付き合わせるのは……」
「そんなこと言ったら、俺達だって散々付き合わせてきたんだ。先生は自分が今までやってきてくれたことを過小評価し過ぎだよ」
「それに、ここまで来たら最後まで一緒じゃないと嫌ですよ、先生。もしかしたら、これで全部解決出来るかもしれないんですから!」
そう言われてしまうと、私はもう何も言えなくなってしまった。こんなことを言いながらも結局、私は二人にはそばにいて欲しいんだろう。
「ありがとう。……とりあえず、今のところは情報を待つしかない。ケニスが私に協力してくるように言ってきた以上、また会いに来るだろう。それまでは、とにかく危険のないようにしよう」
今回の当難事件の犯人は、それこそ厄介な人物だろう。魔女の成れ果てであるクラウディアや、国の機関すらも欺くような相手だ。下手に刺激するのは良くない。
「そういえば、本を盗まれた時、警備隊の子が来てたけど……あれはその探偵さん側からの指示だったのかな。どんなものかも分からない本を盗まれたってだけで、そこまでするんだろうか」
「そう、だな……確かに。盗まれた本の内容を、その時知っていた人間なんて私達くらいだっただろう。ケニスが来た時に聞いてみないとな」
これは、ある意味重要なことかもしれない。まるで盗まれたことを事前に知っていたかのように、彼らは嘘を吐いた。やはり国の内部の人間の仕業の可能性が高いだろう。
――それに、あの日のあの視線は。探偵である彼は知らないと言っていた。つまり、他の誰かに監視されていたのではないか。
そんな不安に、私は身震いした。
しばらくの間夜の更新になります。




