盗まれた知識の行方(1)
突然の来訪者をリビングへと上げ、気疲れしていた私はソファへと座り込む。ケニスは向かい側へ座ると、早速話を始める。
「さて、どこから説明しようか。まずは盗まれた本の事だが、あれは元々俺達が書いたものでね」
「俺達?」
「あぁ、俺達の種族が、友好の証として国の王家に贈ったものなんだ」
王家との関わりがある、ということ自体驚きだが、それ以上に気になったのは彼の種族、という言葉だった。
「……貴方は人間では無いのか? これでも他種族は見分けられる自信があったんだが」
「上手く隠しているからね。人間に紛れて暮らすには徹底しないといけない」
一体どんな種族なのかを彼が話すことはなかったが、その性質として知識や魔術の探求を尊ぶそうで、代々聡明な人間の多い王家とは、良い関係を築いてきたのだという。
だがその代わり、あまり人前に出ない種族である彼らは、多くの人間にその存在を知られないため王家との関係を秘匿してきたのだという。
「それで、何故君に会いに来たのかという話だ。俺は彼らから依頼を受けて、その本の在処を探している。なんでも人間としては曰く付きの本らしくてね」
「貴方方が贈ったものなのに、曰く付きなのか」
「贈ったあとに曰くが付いたのさ。なんでも、とある研究で悪用されたらしい」
――とある研究。私はその言葉を聞いて、それが何を指すものなのかを察してしまった。
「……国内生産率増加政策案、か」
ご名答、と彼は笑う。私と関係があると言ったのは、この事だったのか。私がこの身体になった、その原因とも言える当時の研究内容だ。
「だが、その本の内容は……あの研究には関係のないものだったはずだ」
「それが残念ながら、あの研究が失敗した原因の一つだったのさ。秘密裏に接触している俺たちから贈られたその本が悪用されたとなれば、表沙汰には出来なかったんだよ」
私は、まるで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。あの研究が失敗した理由、その原因がただの失敗ではなく他にあったというのだ。突然の事実を突きつけられ、私は頭から血の気が引いていくのがわかる。
「悪用された、だと? それは……いや、その前に。お前の話す内容が事実である証拠はあるのか……?」
「それについてはこれから話そうと思っていたんだ。君に会いに来た理由の事だ。実は盗まれた当時、君があの図書館に居たから、という理由なんかじゃない」
それは、と彼が続きを口にする前に、裏口の戸が叩かれる音がする。私は彼の言葉を制止し、誰が来たのかと玄関へ向かう。
私がリビングから出るよりも前に、入口から金髪の少女が飛び込んでくる。
「先生! ご無事ですか!?」
その少女は、白い肌をさらに青白くしながらそう叫ぶ。何事かと、私は彼女を宥めるように返事をした。
「エルフィム? どうした、そんなに焦って……」
彼女は安心した表情で、私を心配していた旨を伝えてきた。だが、私の後ろのソファに座っているケニスに気付いて、申し訳なさそうに謝ってくる。
私は先程の会話を思い出し、普段から手伝ってくれている彼女にも話すべきだろうと、ソファへ座るよう促した。
「彼はケニス、探偵だそうだ。なんでも、盗み出された本を探しているらしい」
「探偵さん、ですか? 本を探しているって……盗まれた……のですか」
盗まれた、という言葉を聞いて、彼女は複雑な表情になる。何故か訝しげに彼を見ているエルフィムに、ケニスは口を開いた。
「……何か思い当たる節があるのかな? エルフのお嬢さん」
彼は何を考えているか分からないような目で笑う。
「ええ、一つだけ。ですが勘違いかもしれません、まずは貴方のお話から教えて頂けますか」
彼女は丁寧ながらも、緊張と警戒を含んだ口調でそう問いかける。
「そうだったね。何故私が彼女に会いに来たのか。それは、彼女の当時の研究資料が、同じように盗み出されたからだ。それについては、君が知っている通りだよ、ミラ・エルフィムさん」
まだ一度も告げていないはずの彼女の本名を呼びながら、彼はそう言った。
「当時の研究資料が、盗まれた……だと? まだ残っているなんて、そんなこと」
もう何度目か、知らない事実を突きつけられ、私は混乱する。そして何故か、その事を知っているらしいエルフィムが口を開いた。
「先生、それについては私が。……ケニスさん、でしたね。私たちの会話を聞いていたんですか」
「あぁ、資料がなくなったと真っ先に気付いた彼の事を監視するのは当たり前だろう?」
それを聞いて、エルフィムは深いため息を吐いた。そして覚悟を決めたように、彼女はこちらを向いて話し始める。
「先生。実は、今までお話していなかったことがあります。正確な情報ではなかったので、お伝え出来なかったんですが……でも、先に言っておきます。私たちは、先生の味方です。誰よりも、貴女のことを想っているんです」
彼女の真剣な顔に、私は頷く。隠し事なんて誰にでもあるだろうし、それ以上に私の為なのだろうそれを、咎めることはない。彼女を、信用しているからだ。
「フィー、心配するな。お前を疑ったりなんてしないさ」
私が笑ってみせると、彼女は泣きそうな顔で笑う。そして、息を整えてから、話し始める。
「私たち、いえ、資料に関しては主にアンブローズさんの管轄なのですが。過去の失敗した研究資料などをまとめた資料保管庫があることを、彼は知っていたんです。そして、もしかしたらその中に先生の当時の研究資料もあるんじゃないかと思い、アンブローズさんがそこに入る機会をずっと伺っていました」
その後、彼女は詳しく教えてくれた。アンブローズがその資料を手に入れるため、所長としてずっと機会を伺っていたこと。そしてついに、国がとある研究を推し進めるために、魔術研究所に資料庫へ入る許可を与えられたこと。そしてその際、私の資料だけが無くなっていることに気付いたのだと。
墓地でエルフィムにかかってきた電話は、その件だった。彼もだいぶ焦ったようで、その話を共有していた彼女にも連絡を寄越したのだそうだ。そして、アンブローズとの会話を、彼を見張っていたケニスに聞かれたのだという。
「なるほど……そういう事だったのか。何故そこまでして……いや。フィー、そしてここにはいないがアンブローズにも。……ありがとう、私のために、そこまでしてくれていたなんてな」
ただでさえ、彼女たちに救われてきたというのに。私が知らぬ間に、それ以上に私のことを考えてくれていたのだ。その事実に、心からそう礼を伝える。
「……良いところで申し訳ないが、話を進めさせてもらってもいいかい? そのことに関して、彼らが君のことを話していたのを聞いたからね。君のことを探りに向かったんだ。図書館に居た件もあったし、すぐに君がいた墓地まで向かったよ」
「……なるほど。それで、あれを見たんだな。かなり周りを警戒していたんだが、どう足掻いても敵わなさそうだ」
私はため息をつく。本の件も、資料の件も。あの研究の後私がこの身体になったことを知ったとなれば、怪しいなんてものじゃなく、完全に犯人の最有力候補だ。
「だが、真っ先に君に問いかけた時、本当に何も知らないみたいだったからね。それならいっそ、君にも協力して貰おうと思ったんだ」
つまり、私は随分と分かりやすかったらしい。そんなことを突然言われてすぐに嘘をつくなんて、犯人でもない限り出来ないだろう。
「素直に喜べない話だな。……まてよ、もしかして、図書館から出たあと、夕食を取っていた私を見ていたのもお前か?」
ふと、図書館帰りに食事に行った際、視線を感じたことを思い出す。だが彼は少し考え込むような仕草をすると、横に首を振った。
「残念ながら、それは俺じゃないな。……だが、視線を感じた、か。なるほど」
彼は何かに納得したように、そう呟く。
その後、何か分かり次第また来ると、彼は急いで帰っていった。そして、墓地で私が何をしたのかを問いただしてきたエルフィムにこってり絞られたあと、私たちは一度、状況を整理することにした。




