【閑話】動き出した時間
エルフィム視点のお話です。
先生が無事幽霊事件を解決した後、私たちが休憩所に戻ろうとしていた時だった。私の通話機の呼出音が鳴り響く。その文字盤には、アンブローズという名前が表示されていた。
私は珍しいなと思いながらも、三人に先に行って貰うよう頼み、通話を始めた。
「はい、こちらエルフィムです。どうかしましたか?」
「あぁ、エルフィム。よかった、今少し大丈夫かい?」
「大丈夫ですが、出来れば要件はお早めにお願いします」
「そう、だな。簡潔に話すと、資料保管庫に入れることになったんだ。だが……先生の資料だけが、無くなっていた」
「えっ、無くなったってどういうことですか!?」
「……上に聞いた話だと、資料自体は元からあったらしい。つまり、誰かに盗まれたんだ」
「それって……はい、とりあえず分かりました。今は先生と一緒に居るので、後でそちらに向かいます、詳しくはそこで聞かせてください」
「分かった、国もかなり慌てていてね。事情聴取が終わり次第、仕事も一旦切り上げることになる。その後に話そう」
「はい、また後で」
私はそう言って通話を切った。あまりにも突然の報せで、私は焦りを覚える。そもそもなぜ資料保管庫に入れたのか、先生の資料だけが何故盗まれているのか、すぐには理解できない情報が多すぎる。
するとそんな私を気にしてくれたのか、先生が戻ってくる。私は心配そうな先生の顔をみて、どうしていいのか分からなくなる。
「先生……いえ、その。ちょっと用事が出来てしまって。私、先に帰らなきゃ行けなくなりました、申し訳ないんですが、昼食はまた今度」
はっきりしない物言いになってしまった。すると先生は、危険がないように、なんて自分のことを気遣ってくれる。そんな人を、不安にさせる訳にはいかない。
墓地を後にした私は、すぐに汽車に乗ってアンブローズさんの元へ向かった。国境付近から国の中心へと向かうのは時間がかかる。すぐにでも話を聞きたかった。
夕方頃、ようやく待ち合わせ場所に辿り着いた私は、その喫茶店の一番奥の席へと向かう。そこには、私が来たことに気付かないまま、考え込むような姿勢で動かないアンブローズさんがいた。
「アンブローズさん」
「……あ、あぁ、エルフィム、待ってたよ。すまない、少し考え事をしていてね」
「それは……仕方ないでしょう。私もだいぶ意味がわかってないんです。頭を整理するつもりで教えて下さい」
私がそう言うと、彼はまず保管庫のことから説明を始めた。
「実は上がね、新しい研究を推し進めるように言ってきたんだ。多少制限はあったけど、過去の資料を確認しながら、国の政策に携わるようにと」
「それで、情報収集の為に保管庫に入れたんですね。それなら、先生の当時の資料だけ無くなっていた、というのは?」
私がその事を聞いた途端、彼は苦い顔をした。
「本来保管庫内の資料は、国の人間が徹底的に管理している筈なんだ、持ち出しも不可でね。だから、棚の中の一冊のスペースだけがすっぽりとなくなっていて、それについて聞いたところ、盗難だと分かったんだ」
その資料を管理していた人に話を聞いたら、先生が当時最後に研究していたものだと分かったそうだ。
「だけど何せかなり古いもので、この国で戦争が起きる前の資料だから。詳しくはその人も知らなかったよ」
「じゃあ何故、今頃そんな古い資料が盗み出されたんでしょう? 先生のことを知っているとは思い難いですが……」
「それが分からないんだよなぁ……でも、犯人を見つけ出さない限り、先生の呪いを解くのは時間がかかる。出来ればどうにかしたいんだけど」
しかし、徹底的に管理されているはずの保管庫から資料を盗み出すような人物だ。まず並大抵の人間では見つけ出せないだろう。
「今は国で探し回ってるから、もしかすれば見つかるかもしれないけど……」
だが今はまだ、その犯人の検討すらついていないという。盗み出された資料自体古く、動機が分からない。
「だけど、今のところは内部の人間の仕業だと言われているよ。盗み出せる可能性が高いのは、確かに権限で入れる人なんだけど」
「それなら暫くは様子見ですか……ですが、盗み出されたとなると、もし見つかっても今後の閲覧が難しくなるかも知れませんね」
私は考える。先生に聞いた話によれば、当時の研究の内容自体はそこまで危険なものではなかったという。それならば、犯人はそこに何かしらのアタリを付けて盗み出したのだ。なら、もしかすると。
「先生が、危ない可能性もありますね……」
資料の価値は、その結果を知っている人間にしかないと言えるだろう。それなら、犯人は、当時の研究の結果で不死の特性が得られると、知っているのではないだろうか。
私は嫌な予感を振り払うように、席を立つ。
「先生は今、国境近くにいるんです。帰ってくるとしても遅くなるでしょう。明日の朝、会いに行ってみます」
「わかった。俺も一旦帰されただけで、今後も取調べがあるだろうから、連絡だけでもくれるとありがたいよ」
その言葉に私は頷いた。
店を後にして、帰路につく間私は考える。この盗難事件は、本当に偶然なのだろうか。手が届きそうになった途端、こんなことが起きるなんて。まるで誰かが仕組んでいるかのように感じられてしまう。
せめて、これ以上悪いことにならないことを祈りながら、私は明日先生に会いに行くことに思考を切りかえた。
翌日、私は先生が起きてくるだろう時間に家へと向かった。裏口前に立ち、扉を叩く。取手に手をかけると、もう既に鍵は開いていた。今日は休みだったはず、それなのに鍵を開けるには随分と早い。
私は嫌な予感がして、急いで中へ入る。
「先生! ご無事ですか!?」
まずリビングへ向かった私は、ソファから立ち上がって裏口へ向かおうとしていた先生を真っ先に捉え、ほっと息をついた。
「エルフィム? どうした、そんなに焦って」
「先生……いえ、もしかしたら、先生の身に何かあったのかと」
私はそう返しながら、ふと視界に黒い影があることに気付く。まるで本当に影のように見えたその人物は、こちらを一目みると、挨拶代わりに軽く頭を下げてくる。
「す、すみません。お客様でしたか」
「いや、大丈夫だ。丁度いい、フィーにも話しておかないとな」
少し疲れた顔で、先生はそう答える。一度客人の方を確認し、口を開く。
「彼はケニス、探偵だそうだ。なんでも、盗み出された本を探しているらしい」




