墓地に眠る悲恋(6)
意識のない間、私は夢を見た。これはきっと、ここで死んだ彼女の記憶だ。
この地域は、人口も少なく活気のある場所とは言えない。だけどそれでも幸せだった。景色は綺麗で、食べ物も美味しくて、そして何よりも、大好きなあの人がいる。
私はずっと、この幸せが続くんだと、そう思っていた。
――あの戦争が起きるまでは。
国境に近いこの場所は、それでも森に面していて、人も少ない。だから戦火からは、だいぶかけ離れていたはずだった。だが、ここを通り道として、敵国の兵士が向かってきていると聞いた。そうなってしまえば、もう安全とは程遠い。
そして、ここは瞬く間に紛争地帯へと成り果てた。もちろんあの人も、大切な場所を守るために行ってしまった。
ここは危険だからと、お年寄りや女子供は皆安全な場所へと逃がされた。私はただ、そこであの人が帰ってくるのを待つことしか出来なかった。
だから私は待ち続けた。風の日も、雨の日も、彼に伝えた場所で、ずっとベンチに座って。だけど、何度振り返っても、あの人が戻ってくることはなかった。
そして、戦争の終わりの報せが伝わった。――あの人の訃報と共に。
結果から言えば、戦争はこの国の勝利で終わった。それでも大勢の犠牲者が出て、復興には時間がかかる。私は、私たちの大切な場所がどうなってしまったのかを、見に行った。
そこは、もう前の面影など全くない、荒れ果てた土地へと変わっていた。私たちの住んでいた家も、跡形もなく焼け果てていた。私は、どうしてもこれが現実には思えなくて、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
気付けば数年という月日が経ち、私たちの住んでいた場所に霊園が建ったという話を聞いた。
私は直ぐにそこへ向かった。すると、花々が咲き誇る美しい公園がそこにはあった。奥へ進んでいけば、大きな慰霊碑が立っている。
彫られている名前を確認すると、そこには確かにあの人の名前が刻まれていた。――酷い戦争だった。それこそ遺体も残らないほどに。国からの手紙には、あの人は流れ弾が首に当たり、重傷を負ったと書いてあった。そして彼のいた野戦病院で疫病が流行り、遺体を残らず焼くしか無かったと、そう聞いていた。
けれど、ここに刻まれた名前を見て、私は思い知らされた。もうあの戦争の頃から、まるで悪夢を見ているかのような人生だった。けれど、それは夢じゃなかった。確かにあの人は、ここで死んでしまったのだ。
私はその場に崩れこんだ。――あぁ、あの人にはもう、二度と会えないのだと。そう、気づいてしまった。
気付けば、バッグの中からあの人の好きだった果物用のナイフを手に取っていた。あの人は首に弾があたって死んだのだ。
私は、ナイフの先を首へと向けた。きっとこれで、あの人と同じ場所に行けるだろう。だから、きっともう、大丈夫だ。
――ふと、私は目が覚める。気付けば芝生の上に倒れ込んでいて、その首元は血に濡れている。
こうやって死ぬのは、随分と久しぶりだった。昔、この身体のせいで冒険者紛いのことをしていた時以来だったと思う。
私は立ち上がり、周りを確認する。血痕がないかどうかを調べ、手に握っていた枝を慰霊碑の裏手にある川へと投げ捨てる。そうやって後始末をしていく中で、私は夢に出てきた彼女のことを思い出した。
「戦争の話は聞いていたが、当時は国外に居たからな……まさかこんな所で、当時の風景を見ることになるなんてな」
私は研究所を辞めたあと、しばらくの間は各地を転々としていた。この国で戦争があった時は、確か他国で暮らしていたはずだ。
隣国同士での戦争。そして勝利を収めたこの国は、敵国を統合、合併し今の大国へと変わっていった。今でこそ平和だが、当時の戦火による被害は、想像出来ないほどのものだった。
そして、傷跡を残された人々は、それこそ途方もない悲しみを背負っていた。その一人である彼女の、大切な人の後を追う程の苦しみは、どれほどのものなのか。今の私には、到底理解出来ないだろう。
――人間の寿命は、あまりにも短い。人に置いていかれるのも、置いていくのも。今の私にとっては、一瞬のことだ。
人間らしさから、随分とかけ離れてしまった私はそれでもまだ、その辛さを覚えている――覚えていなくてはならなかった。
仲間たちに先立たれるあの苦しみは、忘れてはいけない。
だからこそ、私は元に戻らなくてはいけないと。より一層、その気持ちを強くする。きっと今のままでは、彼女のように苦しむことすら出来ないのだ。
とにかく、今は前に進むしかないのだと、暗い思考を振り払う。血で汚れてしまわないようにと少し離れた場所に置いておいたバッグの中から服を取り出し、素早くそれに着替える。
――こんな方法を使うのも、もうやめなくてはならないな、と私は思う。
明日の朝にはエルフィムが家に来るかもしれない。一泊したら早めに帰ろう。私はそんなことを考えながら、今度こそ本当にこの墓地を後にした。
翌朝。列車の始発に間に合うように宿を出た私は、どうにか家へと帰りついた。もしかしたらもうエルフィムがやって来ているかもしれない。急いで裏口へ向かうと、戸口の前に立っている人物がいた。
だがそれは、予想していた金髪の少女ではなく、見たことの無い人物だった。店への客かと思ったが、それなら裏口へと来ることはないだろう。もしかしたら、アンブローズが寄越した依頼者かもしれない。私は不思議に思いつつ、その人物へと近付く。
まるで影を形にしたかのようなスーツを纏ったその男性は、私に気付きこちらを向いてくる。
「……ハーヴァーさん、待っていたよ。出来れば話をする時間をくれないか? 地方から帰ってきたばかりだろうが、何せ急いでいるものでね」
まるで、私の行動を見てきたかのように、彼はそう言った。
「貴方は……?」
私が一言だけそう問いかけると、彼は笑って答える。
「あぁ、すまない、俺はケニス。実は探偵をしていてね。とある本について調べていて、君に話を聞きたいと思っていたんだ」
口では笑みを浮かべているものの、その目は全く笑っていなかった。その様子に、得体の知れない恐怖を覚える。
「本……残念ながら思い当たる節がないのですが」
「そういえば、そうだったね。……図書館から盗まれた本、と言えば分かるかな。君もあの場に居ただろう?」
その言葉を聞いて、私は思い出す。禁書庫から盗まれた一冊の本。その事件が起きた際、確かに私はあの場に居た。だがそもそも、事件に私は何の関係もないはずだ。
「本が盗まれたことは知っています。ですが、それは私には関係がなかったはずだ」
私は彼を真っ正面から見据え、その恐怖を気取られないよう強く答えた。それに気付いているのか否か、彼は私を見返すと、小さくため息をつく。
「君は本当に、何も知らないのか。それなら仕方ない。……俺に敵意はない、出来れば警戒を解いて欲しい、詳しく説明しよう。これは君にも関係ある話のはずだ」
こちらに警戒されないためか、彼は両手を軽くあげた。私はその行動に、少し呆気に取られる。だがそれ以上に、私にも関係のある話という彼の言葉に意識が行く。
「……わかった、中で話そう」
私がそう答えると、彼はほっとしたように息を吐いた。その目に、先程までの恐ろしさは感じられない。
そうして私は、この予期せぬ事態と共に、我が家へと戻ってきたのだった。




