墓地に眠る悲恋(5)
「……調べてみたら、とある魔力が変質したようです。本当に、ごく稀にあることなんですが、魔力に影響を及ぼす何かがあったんでしょう。例えば台風や雷などの災害、何かしらの魔道具内の魔力の暴発等で起きる可能性があるとされています。原因はなんであれ、その変質した魔力は紛争の被害者とも言えるその女性の行動の記憶を反復しているようです」
ごく稀に、という言葉を強調して私はそう説明した。同じテーブル席に座って話を聞いていた彼女らは、私の説明に納得したようで考え込むように頷いた。
「そうだったのですね……彼女の魂を、また眠らせてあげることは出来るんでしょうか……?」
マーサは悲しそうな表情でそう聞いてくる。私はバッグの中から、とある魔道具を取り出して彼女へ返事をした。
「これでどうにか出来るはずです。私が以前、試作品として作ったものなんですが」
それを持って、私たちは慰霊碑の前へと向かった。先程までの光はもう消えてしまっていたため、もう一度取り出した粉を振りかけ直し、私は説明する。
「この赤く光っている所が、彼女の魔力が留まっている場所です。変質しているとはいえ、魔力は魔力ですから、この布でどうにかなると思います」
私はその透明な布を広げ、魔力が残留している場所へと掛けた。すると、先程までの赤い光は徐々に弱まり、遂には見えなくなった。
「それは……まるで絶縁体のようですね。布のものは初めて見ましたが」
マクレイが興味深そうにそう呟く。彼が言った絶縁体というのは、私たち魔道具技師や研究職の人間がよく使うもので、魔術式を通る魔力を一時的に絶縁、つまり通さないようにすることが出来る代物だった。
「そうですね、それと似たようなものです。あれは使用している間だけ効果がありますが、これは作動している魔力自体を無力化、霧散させるものなんです。生物などには使用出来ませんが、今回は大丈夫だったようです」
私はそう言って、その布を取った。しばらく見ていても、光が戻ってくることはない。
「これで大丈夫なはずです」
私は慰霊碑の前に歩き出た。マーサが少し驚いた顔をしたが、特に何か起こることは無い。打って変わって笑顔になった彼女は、嬉しそうに礼を言ってくる。
「まさかこんな短時間で解決出来るなんて……本当に、本当にありがとうございます……! これでもう、彼女が苦しむことはないんですね」
私は、彼女の心からの感謝に、少しだけ胸が痛くなった。私が笑顔を返すと、その隣に立つマクレイも同じようにして口を開いた。
「私からも、ありがとうございます。私ではどうすることも出来ませんでした。ぜひお礼を言わせてください」
「いえ、私に出来ることをしただけですから。ですが、暫くは様子見をお願いします。魔力は霧散させられましたが、なんでも珍しいケースですから。向こう一週間程は近づかないようにして下さい。またこちらにお邪魔させていただきますので、その時に再度確認します」
最後にそう念を押し、どうにか幽霊騒ぎは解決した。良かったらお礼にと、マーサが昼食を出してくれることになり、私たちは休憩所に戻ることにした。
日が高くなって、だいぶ雪が溶けた歩道を歩いている途中、エルフィムの通話機が鳴る。
「あれ、すみません。連絡が来たので先に行っていてください」
そう言うと彼女は通話機を取り出して会話を始めたため、私たちは先に歩いて休憩所へと向かう。だが少しした所で、エルフィムの驚いた声が聞こえてくる。
「……えっ、無くなったってどういうことですか!? ……それって、はい、とりあえず分かりました。今は先生と一緒に居るので、後でそちらに向かいます、詳しくはそこで聞かせてください……はい、また後で」
何かあったのかと、私はマーサ達を先に行かせエルフィムの元に戻る。
「フィー、どうした? 何かあったのか」
「先生……いえ、その。ちょっと用事が出来てしまって。私、先に帰らなきゃ行けなくなりました、申し訳ないんですが、昼食はまた今度」
「そうか、わかった。もしもの時は私の所に来るといい……何があったかは聞かないが、危険がないように気をつけるんだぞ」
私がそう言うと、彼女は少し困ったようにして笑って頷く。その後エルフィムは荷物を回収し、この墓地を後にした。
私は休憩所で、二人にエルフィムのことを説明した後、昼食を取り、しばらくしてから解散となった。バッグを肩にかけ直し、私は園から出る。
だが、そのまま駅には行かず、私は近場にある宿へと向かった。そこで一泊分の金額を払い、部屋へと向かう。
「夜まで暇になるな……」
私はマーサに聞いた閉店時間を確認した、時計を見る。まだ半日はあるだろう時間の潰し方を考えながら、今日のことを振り返った。
「……絶縁体を透明な素材で作っておいて良かった。彼に魔術式を見られたらバレていただろうからな」
私は今日使った魔道具を取り出して見ながらそう呟く。魔力を霧散させる道具の試作品だと言ったが、残念ながらそれは、その場を納得させる為の嘘だった。
これはマクレイが言っていた通り、ただの絶縁体だ。巨大な魔術式を扱う際に便利だと思い、通常使っているものを個人的に改良したものだった。そのため、これを外した後も暫く魔力が戻ることは無い。だが、いずれまた彼女の霊は動き出すだろう。
「フィーが知ったら、きっと怒るだろうな」
あの変質した魔力出できた幽霊は、自分の死を認識しない限り消えることはないだろう。そのため、私は今夜、休憩所が閉まり、人のいない時間にそれを対処するつもりだった。
あの霊体は、人間に乗り移る。それはマーサの話で分かっていた。それなら、私が出来ることは一つだけだ。
私は部屋の奥にある椅子へと座り、紙とペンを取り出すと、今日マクレイから聞いた魔術式を思い出しながら記載していく。
「幽霊と言うくらいだから、生死に関係していそうなものだが……今回はハズレだったか」
残念ながら今回の術は、私のこの身体に関係するものではなかった。これ自体、単純な術式という訳ではなかったが、本来であればそこまで危険性のないものだ。だからこそ、私は今回、あの方法で対処できると言える。
私は突然帰ったエルフィムのことや、マクレイの今後のことを考えながら、魔道具技師としての仕事を進める。そうしているうちに日は落ち、その時間がやってきた。
「さて……なるべく早めに済ませよう」
日もとっぷりと暮れ、薄らと光るガス灯だけが地面を照らす中、慰霊公園へと戻ってきた私は、例の慰霊碑の前に来ていた。
私は他に人が居ないかを確認し、マーサが置いたであろう人が立ち入らないようにするための鎖で出来た柵を乗り越える。そして、慰霊碑の手前へと立ち止まった。
「そろそろ、効果も切れる頃だろう……」
そう思った矢先、ふっと私の意識は途切れた。
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