墓地に眠る悲恋(3)
最初に幽霊が目撃されるようになったのは、慰霊祭の前日のことだった。閑散とした地域で行われる数少ない祭りということで、近くに住む人々が準備に来ていたという。
死者の魂が帰ってくるとされているその祭りでは、その年に収穫された作物などを使った食べ物やお菓子などで、霊をもてなす。この墓地でもそれは変わらず、当日に向けて装飾などの準備を行っていたという。そんな中、手伝いに来ていた男性の一人が突然叫び声をあげた。
「うわぁぁぁ……っ! 幽霊……幽霊が出たっ!」
その声を聴いた彼の友人が、何事かと様子を見に行くと、その男性は慰霊碑の前で腰を抜かしていたという。友人の姿を見ると、彼は震えた声で続けた。
「今、そこで……人が突然消えたんだ……っ」
「おいおい、脅かしてるつもりか? この時期だ、別に幽霊くらい出たっておかしくないだろ?」
大げさな彼の態度に、その友人は茶化すように笑った。だがしばらくしても震えたままの友人を見て流石におかしいと思い、休憩所で話を聞くことにした。
飲み物と軽食を腹に入れて少し落ち着いたのか、彼は見たものを話し始めた。
「慰霊碑の周りも、少しは綺麗に飾ってやろうと思ってさ。それで一人で飾りを持って向かったんだ。だけど、先客がいてな……」
慰霊碑の前には、一人の女性が立っていたという。てっきり手伝いに来た人だと思って、彼は声をかけたのだという。だが彼女から返事はかえって来なかった。よくよく見てみると、この季節にかなりの薄着で、半袖の服から覗く腕は随分と白く、血の気もなかった。
その時は、この時期にそんな服を着ているという違和感よりも前に、彼女は具合が悪いのではないかという考えが先に頭に浮かんだのだという。彼はすぐに近づいて、慰霊碑の前に立つ彼女をのぞきこもうとした。
すると突然、彼女は振り返った。まるで透き通るような白い顔で、とても嬉しそうに笑ったのだという。それと同時に、まるでノイズが走ったかのように消えてしまったそうだ。
「まるで死人のように透き通ったような肌だな、なんて思ったけど、本当に透けてたのかも……」
怯えた声で話していた彼は、その時のことを思い出してしまったのか、小さく身震いした。
だがそんな幽霊話で祭りを中止するわけもなく、慰霊祭は次の日予定通りに開催された。そしてまた、その幽霊が目撃されてしまったのだ。
日が落ち、可愛らしいランタンの光やガス灯に照らされながら慰霊祭は始まった。一体誰から漏れたのか、客たちの間では幽霊の噂でもちきりだった。そのため今年はいつもより賑やかだったらしい。
立食式のパーティが広場で行われており、円形のテーブルがいくつも並べられているその上には、お化けや動物などが模された可愛らしい料理が沢山置かれていた。
地域の人々はもちろん、観光で来ている人、家族連れの旅行者などが訪れ、各々食事をしたり歓談したりと広場は盛り上がっていた。そんな中、両親が他の客との話に花を咲かせている間、じっとしていられなかったのか一人の少年が会場を歩き回っていた。
彼は植木の隙間を潜り抜け、祭りの喧騒が少し遠くなる中、点々としたガス灯と月の光だけで照らされる公園内の歩道を歩いていた。普段は夜の道など歩かないからか、ちょっとした冒険のように辺りを見回しながら散歩を続ける。
しばらくすると、道の脇に芝生の敷かれた小さなスペースがあった。そこにはベンチが設置されており、一人の女性が座っている。
よく見るとその人はびしょ濡れで、ただ空を見上げていたという。彼女と同じ場所に目を向けても、幾ばくかの星が見えるだけだった。少年は、その幼心でハンカチを取り出し、その人の元へと駆け寄った。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
そう呼びかけるも、返事はない。
不安になった彼は、少し困ったようにその場をうろうろとする。すると突然、座っていた彼女が立ち上がった。そしてばっと後ろを振り返ったかと思うと、その場によろよろと崩れ落ちる。俯く彼女のその肩は震え、静かに泣いていた。
突然の出来事に、少年は立ちすくんでしまう。だがちょうどその時、後ろから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ごめんね、お母さんたち話に夢中になっちゃって、退屈してたでしょ?」
その声に振り返り、彼は急いで母親の元へ駆け寄った。
「ねぇママ、あの人具合悪そうなの」
そういって女性の居た場所を指差したが、そこにはもう誰もいなかった。まるで煙のように消えてしまっていて、女性が座っていたベンチは濡れてすらいなかった。
そこの話は、お喋り好きの母親の口から瞬く間に広まった。そしてこの日から、幽霊を一目見たいという観光客がよく来るようになったのだという。
「それからはもう、ご存知の通りです。面白半分に来る観光客が増えて、お店としてはありがたかったんですが……」
だが、そこからが悪かった。幽霊の目撃情報が増え、眉唾な噂が広がった。そんな中、幽霊に危害を加えられたという人も出てきてしまったのだ。
「管理者として、そういった危険を訴えられかけられてしまうと、どうにか対策を立てなくてはならなくて」
だが、本当に出るかも分からない幽霊に、どんな対策をとればいいのかすら分からない。元々崖になっている場所は危険なため、柵も立てられている。できる限りそういった場所には近寄らないよう注意喚起をしたり、危険のないよう各自安全に留意して行動するよう呼びかけているそうだ。
「私も被害にあったと言っている一人ですから、せめてこの事態が収まるよう手伝おうと思って、ここに通ってるんですよ」
マクレイも申し訳なさそうな表情でそう言った。
「そうだったのですね。お二人のように、この先命の危険がないとも限りません。早めに解決できるよう、出来る限り手を尽くします」
私がそう言うと、マーサは嬉しそうに笑った。その後私とエルフィムは、何か分かったら伝えに来ると言い店を出て、例の現場である慰霊碑前へと向かうことにした。
「さて、さっきは確認し損ねたが、今度は何か分かるだろう」
なるべく慰霊碑には近づかないようにして、私は袋から取り出した小瓶の蓋を開ける。中に入っている白い粉を、慰霊碑の前へと振りかけた。すると、その辺が赤く光って見えるようになる。
「……おかしいな、赤く光るなんて初めてだ」
この粉は、魔力を可視化させる眼鏡と似たようなもので、振りかけたところに魔力の動きがあると視認できるようになるものだった。だが本来であれば、これは青く光るはずだったのだ。その様子を見ていたエルフィムが疑問をつぶやく。
「赤く光る、ってなんでしょうか? 魔力の動きがあるのは間違いないんでしょうけど……」
「そうだな……予想だが、魔力が変質しているんだろう」
魔力の変質。過去に何度か聞いたことがある事象だ。何らかの要因で魔力の性質が変化し、本来とは別の働きをする、と言われている。その変化も、例として挙げられるものは全て人為的なことが原因だったはずだ。
「つまり、誰かが魔力を変質させるような何かをした、という事だろう」
私はそう呟くと、光っている所を避けつつ慰霊碑へと近づいた。この変質した魔力がどのような影響をもたらすのか、それこそマーサのような事になってしまうのは目に見えていた。
私は慰霊碑周辺を確認する。するとそこにはとある破片が散らばっていた。それをかき集め、パズルのように組み合わせてみる。するとそれは、私がよく見慣れたものへと変わっていった。
「この窪み、それにこの模様は……なるほど。そういうことか」
私はふと慰霊碑を確認する。そこに書かれている戦死者名の一番下には、若干彫られた時期が違うであろう名前が一つ書かれていた。私は一つのアタリをつけ、それを決定づける為に調査を続けることにした。




