墓地に眠る悲恋(2)
国境近くの駅へと着いた私たちは、そこから少し歩き、無事目的地である公園へとたどり着いた。
暖かい季節にはきっと花が咲いているのだろう、枝の巻きついた入り口のアーチを潜り抜ける。その先の広場には薄っすらと雪が積もっていた。今朝が初雪だったのか、誰に踏み荒らされた痕跡のないその真っ白な絨毯は、そこで起こった事件など微塵も感じさせることはなかった。
「この辺りももう雪が降ったんですね。防寒着で来てよかったです……寒っ」
エルフィムは両腕をさすりながらそう言った。少し先にある休憩所は、まだ時間が早かったようでCLOSEの板が扉に掛かっていた。ガラス張りの建物の中では、一人の女性がせわしなく店内の清掃をしているようだ。
開店を待つ間、私たちはしばらく広場を見て回ることにした。もはや調査に必須である仕事用の眼鏡を取り出して掛け、広場の小道に沿って辺りを確認する。その間、積雪に喜んでいたエルフィムは、広場の雪をかき集めては雪玉を作っていた。
ぱっと見、広場には異質な魔力の痕跡などが見当たらなかったため、彼女を観察していると、作っていたものが出来上がったのかこちらを向いて手を振ってくる。
「先生! 見てください、先生そっくりに作れました!」
嬉しそうに笑う彼女の足元には、雪玉が重なった雪の人形が出来ていた。確かに、見たところ私をも模して造られたのだろうそれはよくできている。
「凄いな、よくできている。自分の分は作らないのか?」
「今から作って並べますっ! 後でこっそり公園のどこかに隠しておこう……」
ふふ、と笑いながら彼女は新しい雪玉を作り始める。私はそれを微笑ましく思いながら、すこし離れた慰霊碑を確認しようと歩き出す。
公園の奥に入っていくと、その先に高い石碑が設置されていた。そこには、紛争の起きた年と、その際に亡くなったのだろう人の名前が連なって彫られている。墓守の一件が起きたらしいその墓石の前に、私が近づいて確認しようとしたそのとき、後ろから声を掛けられた。
「そこは危険です! 離れてください……っ!」
振り返るとそこには、少し背の低い、黒い衣服を着た女性が一人立っていた。私は素直に、彼女の言葉通り慰霊碑から距離を取った。先ほどまで顔を青くしていた女性は、ほっとしたのか小さく息をついた。そして、私を見上げるようにして、自己紹介を始める。
「突然大声を出してしまってすみません……私、ここで墓守をしているマーサと言います。もしかして貴女が、イヴ先生……ですか?」
名乗る前に、彼女は私をそう呼んだ。少し驚いた顔をすると、それに気付いたマーサは急いで言葉を続ける。
「その、先日いらっしゃった記者の方にお聞きしまして。不思議な事件を解決する専門家だとか……」
なるほど、エルフィムが下見に来た際に私の話をしたらしい。私が断ったらどうするつもりだったのだろう、そう考えながらも私たちは一旦広場の方へと戻った。
「専門家は言い過ぎじゃないか?」
ベンチに先程の雪人形を置いて、満足そうにその隣に座っているエルフィムに話しかける。
「あれ? 先生と墓守さん。一緒だったんですね、おはようございます!」
そう挨拶されたマーサは、丁寧にぺこっと頭を下げて挨拶を返した。外は寒いだろうからと、もうすぐ開店する店内へと彼女は案内してくれた。
私たちは店内のテーブル席へと座る。お茶を持ってくると言われ、せっかくなので朝食を一緒に注文した。
「なんでも一人で切り盛りしてらっしゃるそうですよ。まだ若いのに凄いですよねぇ」
「それは……なかなか心労も絶えないだろうな。早めに解決出来ればいいが」
マーサを待つ間、しばらくエルフィムと会話していると、店のドアが開く音がする。椅子から軽く覗いてみると、そこには一人の男性が立っていた。
彼は慣れたようにカウンター席へ座ると、私たちに気づいたのか座ったまま体をこちらに向け話しかけてくる。
「どうも、観光の方ですか? ……もし幽霊をお探しでしたら、やめておいたほうがいいですよ。面白半分で近づいたら、痛い目を見ることになります……私のように」
神妙な面持ちでそう言ってくる男性は、あっ、と一声漏らすと、申し訳なさそうに謝ってくる。
「と、突然すみません。噂を聞いて来る方が多くて、つい口が出てしまって」
そう言う彼の後ろにある厨房の入口から、マーサが銀のトレーを持って出てくる。カウンター席に座っている彼を見ると、顔見知りらしく挨拶をした。
「あら? マクレイさん、いらっしゃってたんですね。今日もありがとうございます」
「いえ、普段からデスクワークですし、一度関わったからにはお手伝いさせてください」
二人がそんな話をしていると、マクレイと呼ばれた男性がこちらに向き直して自己紹介をする。
「挨拶が遅れてすみません、私はヘンリー・マクレイといいます。ここで物騒な事が何度か起きているので、被害者の一人として手伝いに来てるんですよ」
私はふと、その名前に聞き覚えがあることを思い出す。確か、最近便利でよく使っている魔道具の製作主の名前だったはずだ。
「もしかして、魔道具技師のマクレイさんですか? 実は貴方の作ったケトルを愛用してまして……あぁ、挨拶が遅れました、私、同じく魔道具技師をしています、イヴ・ハーヴァーと申します」
私がそう挨拶すると、彼は少し驚きつつも嬉しそうに礼を言ってくる。
「私のことをご存知なんですか? あれはお気に入りの品でして、使ってもらえているようで何よりです、ありがとうございます」
私が言ったケトルとは、普段紅茶を入れるために愛用しているものだった。沸かした後のお湯の温度を一定に保つ品で、中身がなくなれば自動で効果が切れる、なかなかに便利なものだった。
「ええっと、先生と同じ魔道具技師の方なんですね。そんな方が、どうしてここに?」
マーサが持ってきてくれた紅茶とサンドイッチを頬張っていたエルフィムが、そんな疑問を口にする。それを聞いた彼は説明を始めた。
「実は……私も所用でこちらを訪れた際に、例の幽霊に遭遇したんです。その時、その幽霊に突き落とされかけたんですよ」
そう言いながら、マクレイは袖をまくって見せてくる。そこには何かが掠ったような荒い傷跡があった。
「慰霊碑の裏側に川がありまして、少し崖のようになってるんです。運良く近くにあった低木に掴まって事なきを得たんですが、その際にこの傷が出来たんですよ」
まくった袖を元に戻しながら彼は説明を終える。
「突き落とされかけた、っていう噂は聞いてましたが、貴方だったんですね。怪我もしていただなんて初耳です」
エルフィムの問いに、彼は少し申し訳なさそうに頭を搔く。
「それは、怪我のことは伏せてましたからね。それで客がパニックを起こして、大事になってしまったら大変ですから」
そう言いながら、彼はふと思い出したかのような表情で、こちらに問いかけてくる。
「そういえば、御二方はどうしてこちらに? こんな朝早くから観光、という訳ではなさそうですが」
彼の質問に、一緒になって話を聞いていたマーサが私の代わりに答える。
「実は、今回の事を解決して下さるかもしれないと、来てくださった方々なんですよ。なんでも専門家だとか」
「専門家は流石に言い過ぎですね……確かにこの手の話に詳しいのは事実ですが。とりあえずお話を聞かせてもらってもいいですか?」
私がそう言うと、早朝だからか他に来る客も居ないようで、マーサは椅子を一脚持ってくると、近くに置いて座った。
「最初から話すと長くなりますが……」
その前置きに私は頷き返すと、彼女は事件の発端――慰霊祭の前日のことから話し始めた。




